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(フェイナ、フェイナ。あぁ、どうしてこんなことに!)
(なんできみがこんな目に遭わないといけないんだ、こんな日に、おんなじ目に!)
(フェイナの行動? そんなものが今、関係あるものか! 助けろ、絶対に、絶対に!)
随分と、懐かしい名前だった。
フェイナ。自分が幼いころ、フェネアン、と言えなくて。フェナン、フェーナ、フェイナ、と変化していって。
小学校に入るくらいまでは、周囲からもフェイナと呼ばれていた。
だれが、そんな懐かしい名前で呼ぶのだろう、フェネアンは瞼をゆっくりと開いた。だが辺り一面真っ暗闇で、自身の目に何かあったのかと、体に力を入れる。
途端に、全身に激痛が走った。唇の隙間から唸り声がもれ、徐々にはっきりとし始めた思考回路に、この痛みは何ヵ所かの骨が逝っているのだと判る。
「フェイナ、落ち着きなさい! 大丈夫、きみの目は無事だよ、今は包帯で目を覆っているだけだから!」
「総務局長こそ落ち着いてくださいよ! 目も大丈夫、内臓も無事。左腕と右足の骨折に、あばら骨のヒビ! 今の意識混沌は、頭部を強く打ったことによる脳震盪を起こした直後の無茶な行動のせいだって先生も言ってるでしょうが!」
一体、何が起きているのか。焦りに満ちたシャルの声と、どうやらもう一人の人物が総務局長らしいことはわかる。
「な、あ」
「! アン、気が付いたのか。なにがあったか、覚えてるか? お前、噴水の前にいるところを車が突っ込んできて」
「総務局長……なんで、あんたが、オレのガキの頃の名を、知ってんだ」
体を起こそうにも、肋骨に入っているらしいヒビのせいで、体勢を動かすことが出来なかった。目元に触れてみると包帯の上から遮光性が高い布で目隠しをされているようで、眉間にギチリとシワが寄っていくのを感じる。
「なぁ、教えてくれよ。なんで、てめぇが知ってんだ」
「フェイナ、フェネアン」
「そもそも、どうしててめぇがファルケにいる。聞こえていたぞ、こんな日に、おんなじ目に? ……何の用でここに来てんだ、あぁ?」
それはまるで、研究所に来たばかりの頃の彼に戻ってしまったような声音だった。敵意に満ち満ちたそれにシャルは思わず背を震わせ、どうにか話題をそらせないかと冷や汗を流す。
「アン、おちつけ……」
「答えろ、総務局長さんよぉ?」
「……フェネアン。私が今、ファルケにいるのは。きみのお母さんのお墓参りに来たからだよ。だって今日は、彼女の命日だからね」
総務局長の言葉に、シャルは目を丸くした。フェネアンは息を細く吐き出し、その手を震わせている。
「研究所職員の中で、それを知っているのはオレが話したヤツだけのはずだ。あのクソ野郎が電子信号によるバンボルの軽量化を発表した日でもあるんだからな。なんでてめぇがっ」
「エトリックは私の部下だった! いいかい、フェネアン。きみは小さい頃、セントラルに住んでいたんだよ!」
取り乱しかけている総務局長の体を押さえつけるよう、シャルは彼をイスに座らせた。物を探して震えながらも彷徨うフェネアンの右手に眼鏡を乗せてやり、ゆっくりと目隠しを取っていく。
眼鏡をかけると深いクマを作りながら、フェネアンは薄く目を開いた。
「……オレが、セントラルに、住んでいた?」




