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ドアノブを捻る音に両親の体が跳ね、フェネアンもトレートルを抱えたまま顔をそちらに向けた。にこやかな先生の表情は手術が無事に終わったことを伝えており、頬の筋肉を緩めてしまう。
「先生、娘は」
「麻酔が切れるまではしばらく、不明瞭な言葉を発したり唸り声を上げたりするでしょうが、問題なく終わりましたよ。あと三十分もすれば起きるでしょう」
柔らかく言われた言葉に、体の緊張が解けたのだろう二人は深くイスに座り込んでしまっていた。 どうやら自分も多少は緊張していたらしく、ふと抜ける手の力をごまかすよう煙草へ手を伸ばし、トレートルを膝から降ろして立ち上がる。
「あぁ、アポートルさん。ジェナさんがあなたとお散歩に行きたいと、しきりに言っていましたよ。両親よりも早く、一緒に行きたいそうです」
すれ違いざまに言われ、フェネアンはフィルターを緩く噛んで頭を掻いた。
「オレもまた、随分と懐かれたもんだ……。煙草を吸い終わったら病室に行くと、伝えてください」
「わかりました、確かに伝えておきますよ」
「トレは先に行っててくれ、そっちのほうが安心するだろ」
「了解です!」
トレートルを先に部屋にやっていれば、ジェナも両親も自分が帰ってこないのではないか、なんていう不安もなくなるだろう。
元気よく手を上げている彼の頭を一撫でし、先生と話をしている二人を置いてフェネアンは先に部屋を出るのだった。
煙草を二本、のんびりと吸い終わり、病室に向かった。程よく麻酔も切れているようでジェナが体を起こし、立ち上がろうとするのが見えて慌てて近寄る。
「バカ、危ないだろうが!」
「大丈夫ですよ、アポートルさん」
「フェネアンさん、ちゃんと手術終わったよ! 元気になったよ! 今日は車いすに乗ってだけど、お外に行っていいって!」
あれよあれよという間に自分で車いすに座り、慣れた手つきで車輪を回してフェネアンの前に来たジェナの事を、両親も先生も微笑ましく見ていた。そんな彼女にヒョイと肩を竦め、ハンドルを持つと後ろから押してやる。
首をかしげたジェナに、乾いた舌打ちを漏らした。
「手術終わりたてのガキに、自分で車いすを操作させるほど鬼じゃねぇよ。どうするんだ、どこに行きたい? 病院から離れるのは却下するからな」
「じゃあ、噴水に行きたい! いつもね、病院の中から綺麗だなーって思って見てたから!」
視線を向けてみると、にこやかな笑みを浮かべられた。どうやら了承らしい。
(どうにもあそこは、車の量が多いから……あんまり好きじゃあない場所なんだがなぁ)
それでもそれを言えず、行きたいと言うのであれば着いて行ってやろうか。
そう思ってしまっている甘い自分に苦笑しつつ、トレートルには留守番を頼み、ジェナの車いすを押して病室を後にするのだった。




