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――ついに迎えた手術日、フェネアンはいつものとおり白衣で病院に来ていた。煙草の代わりに棒付きキャンディーを咥え、隣にはトレートルも控えている。
「フェネアンさん、フェネアンさん。お仕事もちゃんと終わってしまってよかったですね!」
「あぁ、そうだな。シャルはそうだけどノイとミシーが頑張ってくれたからな。パルフェも心配事が無くなったんだろ、すごい勢いで他の部署の仕事にも手を伸ばしてる」
「なんだかフェネアンさん、そのまま、いんきょをしてしまいそうですね」
「隠居できるならしてぇ……グランのところに行きてぇ」
ぼやきながら中に入って行くと、ジェナの両親はすでにそこにいた。フェネアンが軽く手を振るとあちらも気が付いたのだろう、慌てて立ち上がって頭を下げる。
「はいはい、頭を上げてください。ジェナさんはまだ病室に?」
「はい。私たちも今来たばかりで、病室に行こうかとしていたところなんです」
「そうですか。ではオレも一緒に行きますよ」
今来たばかり、というのが嘘だということは一目瞭然だった。イスに、座っていた形が綺麗に残っている。時間よりも早く来てしまうほどに彼らが今回の手術で緊張しているということであり、自分が本当に来るのかどうか、不安だったらしい。
ジェナに懐かれるのは、ほぼ毎日見舞いに行って話をしていたわけだから仕方がないとして、なぜ両親にまで懐かれてしまったのか。
不思議に思いながらも二人の後について病室に入り、ベッドの上から嬉しそうに手を振ってくるジェナに手を振り返した。トレートルも傍に近寄り、点滴を刺されていない方の手をそっと取る。
「トレ君、フェネアンさん! 来てくれたんだ!」
「おう、もう少ししたら手術が始まるんだってな。緊張はしてないか?」
「大丈夫! そうだフェネアンさん、手術が終わったら少し、お散歩しよう! 車いすに乗ったままだったら、すぐにお外に出ても良いって先生が!」
「そうですね、もしフェネアンさんさえよければ、お願いいたします」
一体なにが両親をここまで積極的にさせるのか、フェネアンはわずかに口角を引きつらせながら笑った。それをごまかすように片手で顔を覆い、肩を落とす。
「おいおい、いくら簡単な手術だって言っても、安静にしておいた方がいいんじゃないか?」
「フェネアンさん、ダメ?」
「……わかったからそんなに悲しい顔しねぇでくれるか……。無理はするなよ、終わってしまってから元気だったら、行こうか」
しゅん、と俯いてしまったジェナに、拒絶する理由もないフェネアンは彼女の頭をクシャリと撫でた。それから点滴のチューブを優しく突き、額に掌を乗せる。
「だからサッサと行って、病気、治して来い」
「うん!」
そろそろ手術が始まる時間なのだろう、病室の入り口に看護師さんが待機していた。トレートルと両親を促して病室を後にし、待合室に入る。
棒だけになってしまったキャンディーの殻を捨て、新しく咥えた。煙草を吸うわけにもいかず、喫煙所に行けるような雰囲気でもなく。何気なくタブレットを開き、シャルにメールを打ってみる。
『そっちの調子はどうだ』
不安そうに身を寄せ合う夫婦を視界の端に入れながら、トレートルを膝の上に抱き寄せた。爪先でタブレットの画面を叩き、コロコロと舌の上でキャンディーを遊ばせる。
突然の振動に思わず取り落としそうになりながらも、画面を開いた。
『心配すんな』
「は……。そうかよ」
たった一言の返事に、口の端を緩め。
フェネアンはトレートルの頭を一撫でし、目を閉じた。




