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リコルド  作者: 夢野 幸
二部 第九章 縁起がよろしくない日にち
85/97

9-3


『――はいこちら、リベレ研究所……って、へいフェネアン?』


 所長の顔をしていたグランは、フェネアンの姿を見るとひとりの普通の男性に戻ってしまった。フェネアンはひらりと手を振り、口の端からのんびりと煙草の煙を吐き出していく。


「よ、グラン。こちらメーヴェ研究所より、ファルケ研究所所長、フェネアン・アポートル。ってね」

『どうしたんだい、会議でもあったの? それにしては、随分と顔色がいいね』

「会議は会議だ。この大陸でならどこ作のバンボルでも、自分のところの研究所で修理をして良いように、な。今日はちょっと、聞きたいことがあってさ」


 と、フェネアンは書類の束を取り出すとそれをカメラに突き付けた。グランはその書類を覗き込むようにして見つめ、目を細める。


『今度出す、底辺の作業用バンボルの設計書、みたいだね?』

「総務局長の意図って、これでいいのか?」

『そう……だね、うん。ファルケは対人サポート型のバンボルが担当だったでしょ? 緩くだけど、トレ君と似たようなプログラミングもするんだ』

「対人になったらどうしてもな、応用が出来た方がいいだろうし。どうせあれも、それを見越してオレにこの依頼をよこしたんだろうよ」

『あれって、きみねぇ……』


 吐き捨てるように言うフェネアンに、思わず口の端を痙攣させた。セントラルでの会議以降ますます総務局長の事を嫌悪しているようで、苛立ちの表情を隠さないまま煙草のフィルターを噛みしめている。


「そりゃあ、送りまくった辞表を突っ返してきてたやつの顔を見たんだ。イヤにもなる」

『きみも、十年近く、よく諦めずに送ったよねぇ。確かにボクもファルケを辞めちゃいなよなんて言ったけど』


 クツクツと喉の奥で笑い始めたグランに、フェネアンも少し眉間のしわが戻った。通信を始めて三本目になっていた煙草をもみ消し、頭を掻く。


「そのうちまた、飯でも食いに行かねぇか。お前と食べる飯が一番うまい」

『おやおや、きみから嬉しいお誘いだね。なにかお疲れ?』

「いろいろあってな。慣れないガキのお守をしちゃってるわけ、今度その子が手術をするから、立ち会ってほしいだとよ。……あんまり、オレが好きじゃない日付に」


 少しだけ目を丸くし、目尻を下げ、グランも煙草を咥えた。少し離れたソファにストンと腰をおろし、柔らかく微笑む。


『そっか。それじゃあきみの方が落ち着いてからでも、食事に行こうか。一日ゆっくり休暇を取って、のんびりするのもいいね』

「いいな、それ。またお前のミートパイを食べたい気分だ」

『じゃあ、腕によりをかけないと。……あんまり気負わないようにね、いい結果になるよう、祈るよ』

「さんきゅ」


 緩く手を振ると通信を切り、書類をしまった。メーヴェ研究所所長に礼を言うと、すでに陽も暮れようとしているにも関わらず研究所を出ようとする。

 仕方なくフェネアンを引き留め、仮眠室に放り投げてからメーヴェの所長は帰っていった。


 曰く、夜にきみのように強面、長身の男がうろついて不審者として通報でもされたら研究所の権威に関わる、と。


「人の事をなんだと思ってんだ……不良か。そうか不良か」


 不服にため息を漏らしながらも、せっかくだからとタブレットを取り出した。ワンコールでトレートルが応答し、翌朝メーヴェを出る旨伝える。それが良いとトレートルからも言われ、ジェナの様子も好調のようだと報告を受ける。

 そして、机の上にあった仕事も少しずつだけれど、シャルの指示の元崩れていっていると聞き、苦い表情を浮かべた。


「そうかよ。余計なことしやがって、ったく」

『でもフェネアンさん、声はどこか嬉しそうですよ』

「言ってろよ」


 通話を切り、あくびを漏らした。最近は規則正しい生活を送らざるを得なくなっているはずなのに、疲れが取れきれていない気がする。

 それだけ今まで、無茶をしてきたということだろう。ジェナの手術を無事に終えたら少し、ちゃんとした休暇を取ろうか。今のあいつらならば何の心配もなく、仕事を任せられる。

 布団に横になり、眼鏡を外して目隠しをすると、食事もとらないようにして眠ってしまうのだった。


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