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フェネアンから頼まれた仕事を早々に終わらせてしまい、机の上に山積みにされている書類へと手を伸ばしていると、コーヒーが置かれてシャルはキョトンとしてしまった。
「あれ、トレ君はお留守番?」
「はい。フェネアンさんだけでオイレまで行っちゃいました。一人の方が、早く行けるからーって」
本当はもう一つ理由があるのだが、それを話してしまうと後々フェネアンに恨まれそうな気がして、トレートルはシャルと一緒に書類を片付け始めた。納期が短いものから順番に山を積み直し、自分でも出来るものと自分では触れないものに分けていく。
「オイレでの会議の後はメーヴェに寄って、そこで通信機を借りてグランさんと今度提出しないといけない書類の確認をするそうです。本当は総務局長にちょくせつ聞くのがいいんでしょうけど、フェネアンさんににらまれちゃいました!」
「あー。あいつがここに来た当初、半年に二回以上出してた辞表をことごとく突っ返してきてたからなぁ、総務局長……。それが五年も続けば、イヤにもなるだろうよ」
苦笑し、分けられた山を更に、研究部、プログラミング部、技術部の書類に分けていった。それから研究部、プログラミング部の書類をクリップではさみ、技術部の書類はサッと目を通す。
「……なぁトレ君、この書類の山ってさ」
「そうです。フェネアンさんが、こっそり、自分で片づけようとしていたお仕事です」
「いち研究所の所長にしておくにも、能力を殺し過ぎだ。……あいつ自身に出世欲があって、研究所に居ることが苦になっていなければ、今頃総務局長になってても可笑しくないのになぁ」
フェネアンの机の上に今まであった山は、彼が依頼を受け、彼が一人で回し、片付けていた物だったらしい。長く深いため息をもらすと入れてもらったコーヒーをグッと飲み干し、トレートルの頭を優しく撫でる。
「ありがとうな、トレ君」
「どうしたんです?」
「最近、トレ君があいつを定時に連れて帰ってくれるだろ? おかげで顔色も良いみたいだ。それに、二年前のあの一件以来、あいつ、また丸くなってさ。周りを攻撃することしか知らなかった元不良だなんて、思えないくらいだ」
そう言うシャルの目は、父親の様だった。三種類の書類を脇に抱えると頭を掻き、目を伏せる。
「トレ君はこっちの書類をお願いしていいかな。こっちはオレ達が手分けをしてやるよ、個人個人ではあいつには遠く及ばなくても、各部署に別れてみんなでやれば追いつくだろ」
どこか悲しそうに、それでも普段通りの人懐っこい笑みを浮かべながら、シャルは所長室を後にしていったのだった。
フェネアンはオイレまで行く道中、何度も足を止め、タブレットを覗き込んでいた。火がついていない煙草を唇に軽くはさんだまま、小さなため息を漏らす。
「よりにもよって、この日に手術、か。……うまく、いくといいけどよ」
コンコンと、タブレットの画面を爪先で突き、煙草に火をつけようとして思いとどまり。オイレまでの道を、会議が始まる前にはたどり着けるよう足を進めていく。
会議の三十分前にはたどり着き、メーヴェの所長とも合流をすると会議自体は一時間もかからずに終わってしまった。決めたことはたった一つ。
『この大陸で起きたバンボルの故障は、どこの研究所の管轄であろうと修理を依頼されたらそれを修理して構わない』
フェネアンが所長になってからも何度か問題になっていたのだが、あまりにも『管轄外で勝手に』修理されるバンボルの数が多かったのだ。研究所によってチップの埋め込み場所が違っていたり、少しずつ組み立て方も違うはずなのに、全く持って問題なく修理できる職員がいてしまった。
それまでは一般職員であり、非公式に行われていた修理だったので大きな問題にはなっていなかったのだが、これが所長となれば話は別だ。
「丸二年、放置しっぱなしだったものが、ようやく解決しましたな?」
「悪かったですって。研究所に対する反抗心の塊だったんですって。そして思ったよりも件数が多かったことに私も驚いているんですって」
「反抗心の塊なのは今でも変わらないでしょう。これであなたのところでも修理できるようになったのだから、非公式ではなくキチンと研究所を通して修理をすることです」
同じ大陸の二人の所長からにらまれ、さすがのフェネアンも小さくなってしまった。そそくさと帰る準備をしながらも、メーヴェの所長に声を掛けて通信機を貸してもらえないか交渉する。答えは了承、睨まれた後だったのでなぜだか安心してしまった。
「では今日はこれで、解散といたしましょう」




