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「アン、アン。この企画書はどうすればいいんだ?」
「ん、あぁ、悪い。それ、任せてもいいか?」
シャルは企画書を持ち、フェネアンの方に顔を向けたまま、固まった。彼は大人しく所長席に座って書類とにらめっこをしており、煙草の量も普段と比べていくらか少ない。
「おい、シャル? それ、任せても、大丈夫か?」
「う、あ、おぉ……なぁフェネアン、お前、具合悪かったりする? 大丈夫?」
「なんだ、藪から棒に」
「イヤだってさ、目つきに、鋭さがないし? 煙草の量少ないし? なんか雰囲気柔らかいし? お前が過去にそうなったのって、高熱だしてんのにここに来て、ぶっ倒れた時だったじゃん?」
ヒョイと立ち上がってフェネアンに近寄り、彼の額に手を乗せた。それを面倒くさそうに払うと書類をファイルにしまい、頬杖をつく。
「お前さぁ、人が素直にモノを頼んでんだ、何を驚いてやがる」
「そりゃあ、なおさら驚くわ! マジで、どんな心境の変化?」
シャルがこれほど言うのだから、どうやら自身が纏う雰囲気は随分と変わってしまったらしい。それに関する心当たりがあるせいか強く否定することも出来ず、かといって肯定してしまえば経緯から話すことになってしまう。それは色々と面倒くさい。
ひとまず自分が抱えていた企画書のうち三つほどを言葉に甘えてシャルに押し付けると、研究部に向かった。
「アムール、いるか」
「あ、所長。どうされました?」
覗いてみると目的の人物がすぐに見つかり、フェネアンは手招きをした。首をかしげながら出てくるパルフェを連れて建物の裏に向かい、人がいないことを確認すると財布の中からお札を彼に押し付ける。
「しょ、しょちょう?」
「すまん、ちょっと頼まれてくんねぇか。十五の女の子が喜びそうな物、買ってきてほしい。ちっともわかんねぇんだ」
こちらに顔を向けないようにして言い、頭を掻いていた。パルフェは押し付けられたお金とフェネアンをポカンとしたまま見比べ、ふと彼の肩が震えていることに気づく。
「所長、どうされたんです……」
「あぁいや、お前のところ娘さんがいるじゃん。だから、なにがいいかわかるかと思って。まぁ、あれだ、成り行きで見舞いに行ってる女の子がいるんだけど、その子の手術が成功したら祝いにしてやろうと思って、よ」
自然な動作で煙草に火を点け、肺一杯に煙を吸い込み、味わうように吐き出しているフェネアンに笑みが浮かんでしまった。どうやら不慣れなことをしようとしているせいで、緊張しているらしい。
「どうしましょうか。明日までには準備できると思うのですが、いつお渡ししましょう? こっそりの方が、いいですよね?」
「う、あぁ、そうしてくれるとありがたいな。そうだ、確かそっちに明日技術部に渡す書類があっただろ? それを、オレ経由にしてくれないか。適当な袋に入れてくれて構わない、今日も見舞いに行く約束を取り付けられちまったから、定時には出る」
「わかりました」
「頼んだぜ」
最近、彼から自然とこぼれるようになった『頼んだ』という言葉に、パルフェは素直に喜んだ。娘の一件以降、シャルからよく愚痴を聞いていたからだ。
「あいつは、人を頼ることをいい加減に覚えるべきだ」と。
振り返ったフェネアンに怪訝な表情をされ、自分がニコニコと笑ってしまっていたことに気が付いた。パルフェは一礼すると逃げるように場を離れ、そんな彼に対してますます、不機嫌そうに眉を寄せていく。
「なんだ、人の顔見ていい笑顔を浮かべて。……あぁ、今日までに済ませておかないといけない書類はあと三つか、トレにはシャルを手伝ってもらって、さっさと片付けよう……」
なにからどの順番で手を付けて、どれならば他の人に任せられるのか。
長く息を吐き出しながら、すっかり短くなってしまった煙草を灰皿に捨て、残っている仕事を終わらせるために部屋へと向かうのだった。




