8-3
半月の間は、普段通りに出勤し周囲から目を丸くされながらも定時には帰宅。トレートルに急かされながら私服に着替え、少女を訊ねて病院へ、彼が話をしている間自分は喫煙所で煙草を堪能する。という流れだった。
だが。今のこの状況は一体なんだ?
「解せぬ……」
「どうしたんです? フェネアンさん」
「トレ君いいなぁ! いつでもフェネアンさんのお膝の上に座れるなんて!」
今日はズルズルと引っ張り込まれるように病室へ連れ込まれ、いつの間にか椅子の上に座らせられ。バンボルで知りたいことがあるからと言われ質問攻めにあっていたら、トレートルが膝の上に座り、少女までそれをねだり。
なぜか二人が仲良く膝の上で自分の話を聞いている。
「ねぇねぇフェネアンさん、トレ君は人工頭脳を持ってて、他のバンボルとは違うっていうのはわかったけど、他のバンボルも勉強するよね? どう違うの?」
「あ、あぁ。トレートルの場合は、経験を活かすことが出来るんだ。他のバンボルは経験から学ぶことは出来ても、それを応用させることが出来ない」
「たとえば、ジェナさんがボクの事をトレ君と呼んでます、だけど他の人はトレートルと呼んだり、トレ坊と呼んだり、ガキと呼んだり。他のバンボルだとこれはあなたの事です、と教えないといけないんですが、ボクの場合は教えてもらわなくても自分の事が呼ばれているんだ! とわかることができるんです!」
「最後二つを言うのはオレぐらいだろうが」
コツンと頭を小突くと、トレートルはわざとらしく頭を抱え込み、少女――自分は初めて名前を知ったがジェナというらしいその子が酷く大げさに彼の事を慰めた。膝の上で行われる茶番に、思わず盛大なため息が漏れる。
「へいへい、ぼーりょくはんたーい。ってやつですか。そーですかサーセンした」
「フェネアンさん、すばらしい棒読みです」
「すごいなぁ。わたしも早く、外に行けるようになりたいなぁ」
と、ジェナは羨ましそうに言った。トレートルは眉を下げ、フェネアンは目を細める。
個人情報により詳しい病名は教えてもらえなかったのだが、この少女は随分と幼いころからここにいるらしい。物心がついたころには病院で生活をし、車いすで移動をしていたと。
決して治らない病気ではないらしいのだが、何分幼い体。手術するにも体力が持たないだろうと、それならば手術に耐えうる年齢になるまで投薬治療で繋ごうというのが病院の判断らしかった。それは偶然会うことになった彼女の両親からも聞いている。
そして現在、ジェナ、十五歳。ようやく手術ができる年齢になったという。
「よくよく考えりゃあ、初めて会ってから今まで、あの子。で話しが通じ続けてたのはすげぇよな」
「……フェネアンさん、そう言えばジェナさんのお名前を聞くの、初めてです?」
「フェネアンさんひどいー!」
独り言を拾ったトレートルにジェナが悪乗りをすると、膝の上で足をバタバタと揺らし始めたジェナの体をヒョイと抱えあげてベッドの上に乗せた。頭を掻きながらトレートルの胴に腕を回し、抱え上げながら立ち上がる。
「ほら、今日はこの後両親が来るんだろ。オレはもう帰るぜ」
「むぅー。ねぇ、トレ君、フェネアンさん。明日も来てくれる?」
「フェネアンさん……」
「あぁ、わかったわかった。来てやるよ」
不安そうな瞳と、乞われるような瞳で見上げられ、フェネアンはため息を漏らした。どうにも泣き出しそうな目で見られると、断れるものも断れない。
「だからちゃんと休んで、手術の日程なんかも話があるって言ってたし。キチンと治療するんだぞ、外を歩きたいんだろ?」
「うん! 車いすじゃなくて、腕に点滴も何も刺さないで、自分の足で外を歩きたい!」
もぞもぞとベッドの中に潜りながらフェネアンを見上げ、まっすぐに言った。グイッと小指を立てた腕が突き付けられ、思わず眉を寄せる。
「やくそく!」
「……明日も来て。って言った時には、ちゃんと来てるだろ?」
「うん。でもでも、やくそく!」
これは恐らく、彼女が望む通りの約束をしないとこのまま腕を突き付け続ける。
もはやあきらめに近い表情で、ジェナと同じように小指を立てるとそれを絡めてやった。ゆびきりげんまん、などと嬉しそうに歌う彼女にため息しかもれず、クスクスと笑っているトレートルをジロリと睨む。
「じゃあオレはもう行くからな。ちゃんと病院のセンセと、親の言うことを聞くんだぞ」
「はぁい」
口を尖らせながらも、今度こそキチンとベッドの中に納まっていくジェナに口の端を緩めてしまい。
トレートルをヒョイと肩に乗せるとそのまま病室を後にしたのだった。




