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フェネアンは少女の言葉に、僅かに眉を寄せた。車いすを動かしてやり比較的人が少ない椅子に向かうと腰をおろす。
「……近くに居ても平気って?」
「わたしね、治療のために、車いすに機械がついてるんだけどね。バンボルから出てる電波があんまりよくないみたいで、先生から近寄っちゃダメだよーって言われてるの。時々、バンボルが近くにいると具合が悪くなっちゃう」
言われ、少女の車いすの脇に着いている機械を覗いた。そのコードは彼女の腕につながっているらしく、トレートルの事をチラと見る。
バンボルとバンボルが会話をする場合、音声と同時に電波が出る。それがこの機械に悪影響だというのならば、彼女がトレートルの事をバンボルらしくないというのは当然だろう。彼は他のバンボルから影響を受けないよう、電波を受信しないのだから。
実際のところ、医療機器が発している電波とバンボルが発している電波は周波数が違うので互いに影響を及ぼすことはないはずなのだが、思い込みや極稀に起こる電波の衝突で、全くないとは言えない現状だ。
(これだけバンボルが日常にある世界で、初めて。か)
無意識に、少女の頭をなでていた。キョトンとする彼女を見て我に返り、指を痙攣させるようにして手を剥がす。クスクスと笑っているトレートルの事をジロリと睨み、ライターが入っている胸ポケットを爪先で叩いた。
「そうだな。トレ坊からはあんまりよくない電波は出てないから、お嬢ちゃんでも普通にお話が出来るぞ」
「本当? やったぁ! ねぇ、トレートル君。また来て、お話ししてくれる?」
「はい、いいですよ!」
「お前、何を勝手に返事してんの!」
病院という場所もあって、普段と比べて随分と抑え気味な声だった。ガシガシと頭を掻き毟り、この短時間ですっかり仲良くなっているトレートルと少女にため息をつく。
トレートルはバンボルだ。そして必須プログラム第三項は、虚偽の表現の一切を禁止。
つまりだ、彼が取り付けてしまった約束を破棄してしまえば、プログラムの破損を意味し、彼の廃棄または修理、整備が必要となってくる。
かといってトレートル一人を病院に行かせるには、外見上問題があるだろう。そうなれば自分が一緒に来るしかなくなるではないか。
「お前さぁ、お前さぁ……!」
「いいじゃないですか、フェネアンさん。だって、ボクなら病院に入り放題ですよ!」
パッと両手を上げるトレートルに、嬉しそうに笑う少女。
この勝負はどうやら、自分の負けらしい。
「ったくよ。ほら、そろそろ帰るぞ」
「フェネアンさん」
「サッサと仕事を片付けねぇと、来れるのも来れなくなるだろうが」
ぶっきらぼうな言葉に、二人はぱぁっと頬を染め。そんな彼らにフェネアンは舌打ちを漏らすと肩を落とすのだった。




