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――所長会議から一ヶ月が経った頃。パルフェはようやく職場に復帰することができ、シャルとトレートルにこってりと絞られ、強制的に仕事を奪われていたフェネアンも仕事を手にすることが出来るようになってきた頃。
ファルケ研究所ではまた、騒ぎが起きていた。
「なぁトレ、オレのところの研究所は呪いでも受けてんのか」
「フェネアンさんは、信じているんです?」
「いまなら信じろって言われても、納得するかもしれねぇ」
今度はプログラミングの職員が入院をしたのだ。彼の家族はメーヴェの外れに住んでおり、こちらに来るまでに時間がかかるからとフェネアンが代理を頼まれたのである。
「しっかし盲腸って……。職場で腹を抱えて悶絶し始めた時には焦ったぞ」
「ずっと、調子が悪いのを我慢していたようで……。でもしゅじゅつをすれば三日ほどで出られるーって」
「用心のために五日くらいは病院に突っ込んどけ。まぁオレが出来る事って言ったら病室の関係と入院の手続きくらいだし、あいつの家族が来たら早々に身を引くさ」
トレートルとたどり着いたのは、ファルケにある市民病院だった。そこそこの大きさがある病院で、玄関の前には噴水まで置いてある。その周りをぐるりと回って駐車場に進むようになっており、フェネアンはなんとなくイヤな顔をしながらも中に入って行った。
とりあえず入院中に必要になるものを買い揃えてやり、心の底から申し訳なさそうに眉を寄せている職員の額を小突き。入院日数と費用、どれほどで職場に復帰できるのかを確認した。それが終わるころにようやく彼の両親がファルケにたどりつき、医者から受けた説明をそのまま話し、メモ用紙にまとめてやると病院を後にしようとする。
「……あ? そういや、トレートル?」
必要な物の買い出しの後から、姿が見えなかった。仕方なく病院の中を歩き回り、連れバンボルの姿を捜す。
喫煙所を探し、売店を覗き、病室に向かってみたがトレートルの姿はなかった。それから病室がある三階のロビー、二階と降り、やっぱり見つからず一階のロビーに戻ってくる。
と、車いすの少女の前に、探していた姿を見つけた。
「おい、こら、ガキ!」
「あ、フェネアンさん!」
「あ、すみません。トレートル君の所持者の方ですか?」
車いすの少女が動こうとすると、トレートルが腕を精一杯伸ばしながら代わりに車いすを動かしていた。フェネアンはそんな二人に近づいて行き、トレートルの頭に軽く拳を乗せた後、少女に視線を合わせるように座る。
「おぉ、オレがこいつの所持者。ファルケ研究所のフェネアン・アポートルだ」
「わたし、バンボルをこんなに近くで見るの初めてなんです! ごめんなさい、つい長話をしちゃった」
色白でニット帽をかぶっているその少女は小さく頭を下げ、フェネアンの事を見上げるように覗き込んだ。慣れているのだろう車いすを巧みに操って適度な距離を取り、トレートルの頭をなでる。
「車いすの車輪が段差にはまって動けなくなっちゃったところを、トレ君が助けてくれたんです」
「フェネアンさん、あそこです!」
そう言ってトレートルが指を指したのは、廊下とロビーの間にある数センチの段差だった。段差と言ってもそこにはスロープが設置されており、はてなんで動けなくなることがあるのかと、首をかしげる。
「あのスロープ、段差を全部埋めてくれていればいいんですけど、真ん中だけがスロープになってるでしょ? あの隅っこに引っかかっちゃって……」
「あぁー、どうにもならなくなったと。トレートル、お前よく気づいたな」
クシャリと頭をなでてやると、くすぐったそうに微笑んだ。それに釣られるよう、女の子も笑っている。
「トレートル君って、バンボルなのにバンボルじゃないみたい。だって、近くに居ても平気なんだもん」




