7-2
初めてセントラルに来たときに比べて、より過ごしやすくなっている場所に、フェネアンは底を尽きかけている煙草の箱に触れた。どうやら残り一箱と一本は残っているらしく、咥えると火を灯し味わうように吸い込む。
あの頃のセントラルは、屋外は凍えるように寒く、場合によっては吹雪が起こるようなところだった。それが今はある程度建物の周囲まで温かくなっている。ファルケで言うところの、春くらいだ。
そこで初めてタブレットの電源を入れ、時間を見た。会議までには一時間ほど時間があるようで、中に入るよりもゆっくり煙草を吸える場所を探すために動き出す。
建物をぐるっと回ってみると、入り口の反対側に喫煙所らしき場所があった。ここに来るまでに、すでに煙草を二本吸っているのだがそんなの事はどうでもいいと言わんばかりに、三本目へと手を伸ばす。
足元に置いた荷物の中から厚手の黒い布を取りだし、目をきつく閉じると眼鏡を外した。間髪入れず目隠しをし、壁に寄りかかる。
「くっそだるい……。無理無理、二週間かけてくるのも結構きつかったのに、一週間はマジで無理……無茶」
いくら眼鏡で調節をしているからと言え、徹夜続きの目で明るいところにいるのは、いい加減堪えられないほどの頭痛を催していた。恐らく、クマも酷いことになっているだろう、それも目隠しで覆い隠すように、一切の光を遮断するように目を閉じる。
「――おや」
人の声に思わず肩を跳ね、フェネアンはそちらに顔を向けた。目隠しをしているため見えるはずはなく、首を振ると再びその身を壁に委ねる。
「……ども。同じ大陸の、ってか地方の人ッスか。綺麗なファルケの言葉だ」
「ファルケ研究所所長、だね。……きみは、あてがわれている自分の部屋には行ったのかい? 初めて姿を見るね」
「いや、なんせたった今ここに着いたんですよ。色々あって出発が遅れたもので」
気配で、その男性が自身の隣に立っていることはわかった。煙の香りが他にしないことから煙草は吸っていないらしく、仕方なく火を揉み消そうとすると止められる。
「所長会議が始まる前に、その荷物を部屋に置いて来ればいいよ。ファルケ研究所所長は廊下のずっと奥……メインコンピュータが置いてある部屋から、一番近いところを用意している」
「……そりゃどうも」
トレートルの修理のために、数えるのも嫌になるほど歩いた場所だ。それならば迷うこともなく行けそうだと、手探りで荷物を引き寄せる。
胸ポケットが震え、緩慢な動作でそれを受けた。もちろん目は塞いでいるのだから発信者は判らないが、予想はつく。
「はい、こちら――」
『フェ、ネ、ア、ン、さ、ん、のっ。バカァアアアアアアアア!』
声の主が判った瞬間にタブレットを耳から離していたが、それでもそこらに響くほどの声量で放たれた怒りの言葉だった。
『ボク達なんて言いましたっけ! 休んでてください、って言いませんでしたっけ! 何ですか帰ってきてみたらセントラルに行ってくるって書置きだけしてタブレットの電源も入れないまま全く連絡もつきませんし どれだけ心配したと思ってるんですか そもそもどうして会議まで一週間しかないっていうのに車も使わない飛行機も使わないで徒歩と船だけで移動したんでしょ 頑張っても二週間かかるって言ってませんでしたっけどうしてそんな無茶したんですかバカアアアアアアアアアア!』
「長い長い。せめてどっかで区切れ、二文くらいにしてくれ。もう途中からなんて言ってんのかわかんねぇくらい早口になってんじゃねえか……」
一息で言った、とはまさしくこのことだろう。電話口の彼が声を震わせるほどに怒っているのは判ったが、聞き取りテストのような怒号に冷静になってしまった。なおも小言を続けているトレートルにフェネアンはため息をつき、静かに通話を切る。
それでも数秒もしないうちに、再び着信があった。
『もう、フェネアンさん!』
「よお、落ち着いたか」
『……どうするんですかぁ。シャルさんもすっごく怒ってますよ、今日の小学生訪問はシャルさんに任せるんですか、どうしてせめて、ボクを連れて行ってくれなかったんですか』
「お前も知ってるだろ。ガキの相手をするよりも、こっちに来る方が楽だったんだよ。……ガキは嫌いだ」
『この大ウソつき、子供好きのくせに!』
一度チップを取りだして、プログラムを見てみようかと、本気で思ってしまった。
フェネアンは苦い笑みを噛み殺して煙草を揉み消すと、頭を掻く。トレートルから吐かれる言葉は全て、自分を思っての事であって、決して傷つけようとしているわけではないと判ってはいるのだが、ここまで言われると少し不安になってくる。
「とりあえずそっちはシャルに一任する、オレは会議が終わったら、どうしようか……一ヶ月くらいかけて、ゆっくり帰ってこようか。その間研究所は、お前とシャルに全面任せるぞ」
『……解りました。とりあえずシャルさんは今、訪問の準備で忙しそうですので落ち着いたら伝えます。……説教されても、ボクはふぉろーしませんからね!』
「へいへい……。そろそろ時間だろうから、切るぜ」
気づけば、トレートルとの電話の途中で人の気配が消えていた。今度こそ電話を切ると荷物を腕に引っ掛け、首を回す。多少は頭痛もよくなったが、仮眠を取りたいな、という淡い期待は打ち砕けてしまった。
「……とりあえず、部屋に行くか……」
目隠しを外し、眼鏡に変えると、フェネアンはそこにあった裏口から中に入って行くのだった。




