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出かけていたのはほんの三十分ほどで、戻ってくるとフェネアンは通信機の電源を入れた。そうしておきながらかかってきた電話に応答し、それが終わると自身が別のところへ電話をかけ始める。
聞いてみるとそれは、ホイシュレッゲの言葉だった。
「失礼いたします、私はファルケ研究所の、フェネアン・アポートルと申します。実はこちらの職員が夕方にそちらの空港に着く予定なのですが、大体の時間で構いませんのでタクシーを呼んでいただいてもよろしいですか。面倒を掛けます、はい」
「アン、企画書出来たから目を……おっと」
何のアクションもなくドアを開き、入って来たシャルは、電話をしているフェネアンと足元で彼を見上げているトレートルを見比べ、静かに後退した。だが所長からギロリと見られ、仕方なく中に入って来る。
「ちょっと、すみません。……トレ、向こうで企画書もらって、確認してくれ。ガキ相手のならオレが見たってわかんねぇ」
タブレットの通話口を押さえ、声をひそめながら指示を出した。
――うまい具合に理由をつけることが出来た「人払い」だということに気づかないほど、トレートルは幼くなかった。それでも彼がそう指示を出すのであれば、聞かれたくない話なのだろうと渋々頷く。
シャルだけならば追い出されることもなかったのだろうが、自動的に外部の言葉を翻訳して聞き取ることができる自分がいるのは不都合だったらしい。
「なぁトレ君、あいつなんか忙しい感じ?」
「ボクにも解らないんです。何も、話してくれなくて」
企画書を受け取りながら口を尖らせ、ムッと眉を寄せるトレートルに、シャルは微笑みかけた。ワシワシと頭をなでまわし、視線を合わせるように膝をつく。
「どうせまた、何かしらのおせっかいをしてるだけだって。そういう時には決まって、何も話さないのがあいつさ。だからオレ達で出来ることはオレ達で片づけようか」
そう言われると、トレートルにはこれ以上なにも言うことが出来なかった。渋い表情をしながらも伸ばされているシャルの手を掴み、所長室から離れていく。
一体彼が何を抱え込もうとしているのかわからないまま、胸のモヤモヤがはれないまま。
『ヘイ、フェネアン! どうしたの……本当にどうしたの』
通信機のモニターに映ったのは、グランだった。フェネアンからの通信に高いテンションのまま応答するも、電話をしている彼に思わず口を手で覆う。
グランが応答したのをチラと見て、フェネアンは早々に電話を切り上げた。申し訳なさそうに眉を下げながら、緩く口の端を上げる。
「悪い、グラン。こっちが昼の間だけでいいんだ、通信を繋げっぱなしにさせてくれないか」
『え? まぁ構わないよ、きみが繋げてるのボクの部屋のだし』
「オレのところも部屋を増やして、通信室を別につくろうかな」
不思議そうに首をかしげながら、とりあえず特別な要件はないんだろうな。ということを察したグランは、ゆるりと腕を組んだ。目を細めればフェネアンはバツが悪そうな顔をし、頬をかく。
「ちょっとな、辛気臭い声を聞きたくねえだけだ。少なくとも三日か四日、もう少し長いかもしれねぇ。お前くらいしかいないからさ、こんな無茶きいてくれるの」
『どうせきみのことだから、何かおせっかいでもしてるんでしょ。一日中つけっぱなしでもいいよ、ボクは通信室の通信機を使えるし』
クスリと笑いながら言い、グランは腕組を解いた。ホッと息を漏らしているフェネアンに向けて腕を伸ばすと、画面から出てくるはずもない手を咄嗟に避ける様、肩をすくめる。
『あんまり無茶はしたらいけないよ、さっきのはホイシュレッゲの言葉かな?』
「あぁ、無茶はしない、つもりだ。あ、悪い」
背を向けながらタブレットを耳に当てているフェネアンを見て、遠慮をするようにグランは画面から姿を消した。視界の端にそれが映ったのか、苦い笑みを口の端に浮かべてしまう。
「はい、ファルケ研究所のフェネアン・アポートルです。あぁ、そうですか! あいつ、無事につきましたか。ありがとうございます、はい、えっと支払方法は――」
「……大丈夫だと思います! シャルさん、もしかしてオロルくんに訊ねながらさくせいしたんですか?」
「ばれる―? まぁ、ほら、子供が何を知りたいか。っていうのが判った方が、企画も作りやすいじゃない?」
シャルが持ってきた企画書を一通り確認し終え、トレートルは所長室に向かっていた。頭を掻きつつ苦笑いをしている副所長に笑いながら、ふと眉を寄せる。
「フェネアンさん、大丈夫でしょうか」
「そんなに心配しなくてもいいって、もしぶっ倒れた時には、それこそグラン所長にでもチクッて、説教してもらおう」
「それはいいかんがえですね!」
たどり着いた所長室を開いたとき。
フェネアンの姿は再びそこにはなく、通信機のモニターに無人の部屋が映し出されていただけだった。




