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「結論から言いましょう。体力面でも、体調面でも、手術は可能です。あとはこちらに署名をいただきますが、よろしいですか」
ホイシュレッゲに着いてから二日後に、手術の担当医から言われた言葉だった。パルフェは緊張した面持ちでコクリとうなずき、誓約書らしきものを読み進めていく。ファルケの言葉で書いてあるところを見ると、やはり各地方から患者が集う有名医なのだな、と頬を緩めてしまった。
この二日の間、とうとうフェネアンと電話が通じることはなかった。タブレットに何度かけてみても通話中、通信機に直接つなげようとしてもそれも使用中で、ついにつながることはなかったのだ。これから始まる娘の手術と、所長と連絡がつかないことに口内が荒れるほど胃が痛んでいたが、自分が不安がっていては、妻はますます不安だろうとそれをただ隠す。
署名を終え、娘の髪を撫でてやり、パルフェは妻を連れて待合室へ向かった。絶対に大丈夫だ、手術は成功する。と言われていても、二、三時間がまるで一日、二日のように感じてしまう。
そしてその間にも、一度だけ、所長のタブレットへ通話をしてみた。
――結果は、やはり、不通。
「所長……」
「あなた、大丈夫? やっぱり、所長さんには電話がつながらないの?」
心配そうに声を掛けてきた彼女に、小さく頷いた。
モウェイル先生のところへ行った時から今まで、とうとう、自分が万引きをしてしまったために所長から家に帰されたこと、本当は家に待機していて自分への処遇を聞かなければならなかっただろうことを話すことは出来なかった。
そのこともまた、自身の胃を痛めている原因だろうことは容易に想像できたが、それでも、これから職を無くすかもしれないなんて、言えるわけがなかった。
(手術が終わって、ファルケに戻って、どうすればいい?)
膨れ上がっていく不安を断ち切るように、待合室の扉が開いた。入って来る看護師と先生の表情を見て、少しでも心が軽くなるのを感じる。
時計を見てみると、待合室に入ってからとっくに三時間が経過していた。
「手術は成功いたしましたよ。……あなたは本当に、いい上司をお持ちになった」
「先生」
零れ落ちた担当医の言葉に看護師が棘のある口調で彼を呼んだが、パルフェの耳にはしっかりと届いてしまっていた。肩が震え、思わず後ろに下がってしまう。
「じょう、し。ですか」
「おやおや、彼には秘密にしておくよう、頼まれていたんだけれど。つい口にしてしまったねぇ」
何の悪びれもなく笑っている彼に、パルフェの体は緊張していくばかりだった。隣にいる妻もなぜか硬直しており、そんな二人に先生は柔らかく笑う。
「そう、きみの上司。ちょっと目つきが悪くて、きみの大陸では珍しく背が高くて、一部からは不良とも呼ばれている彼さ」
「先生、あまり話されては、睨まれてしまいますよ」
「なに、彼の話はリベレの研究所所長から良く聞いているから大丈夫。それに何もわからないままここまで来ているんだろう、少しくらい不安を取り除いてあげてもいいさ」
いたずらに成功した時の子供の様に笑いながら言葉を交わす二人を前に、パルフェはただ、その場を走り出してしまっていた。残された妻も先生と看護師を前に震え、そんな彼女を落ち着かせるように先生が背を優しく撫でる。
「しばらくは入院しないといけないけど、そのまま宿泊しているホテルにいるといい。その分も踏まえて、彼は料金を払っているはずだからね」
「っ……ありがとう、ござい……!」
深く頭を下げ、声を詰まらせるように呟かれた言葉に。
先生と看護師の二人は、柔らかい笑みを零すのだった。




