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フェネアンは壁際に敷かれている簡易布団を頭からすっぽりかぶってしまい、体を小さく丸めるようにして眠っていた。煙草を吸った跡もないようで、シャルは二人を適当に座らせる。
「ほらー、部屋の中でも平気でスパスパ吸うようなヘビーが一本も吸わず困ってるだろ。さっきの反応で、知らないとは言わせないぞ」
普段の、のほほんとした口調ではなく、厳しかった。確かフェネアンより二年か三年先輩である二人は顔を見合わせ、口の端を歪める。
「副部長もこいつには、散々やられてるじゃないですか。今だってそうでしょ?」
「……は?」
「新人の癖に生意気なんスよ。エトリックさんの息子か何か知らないけど自分勝手だし、でも仕事だけはきっちりこなしていくし。ちょっとした悪戯じゃないスか」
厭らしい笑みを浮かべている彼らに、シャルは表情すら厳しいものにした。そんなことにも気づかないよう、二人は下卑た会話を続けている。
「部屋でもオレらに口出しするし、何でもわかってるような面してさ」
「腹立つよなー。新人は新人らしく大人しくしてろってーの」
「お前ら、ふざけてんのか!」
思わず胸倉を掴み、片方の職員を立たせていた。その声に目を覚ましたか布団がモゾリと動くが、気にせず続ける。
「口出しされたくなけりゃあ、今より知識をつけろ! なんだ新人は新人らしく、大人しくしてろって。それで嫌がらせなんて小学生並みか、それ以下じゃねぇか!」
部署が違うとはいえ、上司に胸倉を掴まれて怒鳴られるのは恐ろしいものなのだろう。先ほどまでの顔とは一変し、青ざめ唇を震わせている。
「ほら、眼鏡を返せ。んでアンにちゃんと謝れ! アンが仕事しないで無茶苦茶なことやってんならまだしも、仕事はきっちりやってるんだろ! 慣れない環境にいきなり放り投げられて、不安にならない奴がいるか、ほら謝る!」
手を放し、眉間にギチリとシワを刻みながら布団に胡坐をかいているフェネアンの前に二人を座らせた。腕を組み、見下ろしていると、二人はおずおずと謝る。
「んで、めーがーねーは?」
「こ、ここにありますよ……。さすがに壊したら、弁償ものですし」
白衣の内ポケットから取りだし、それを恐る恐るフェネアンに差し出した。シャルがフェネアンの手をそっと握り、眼鏡まで案内してやる。
眼鏡を鼻に乗せると、フェネアンはゆっくり目を開いた。目前に座っている先輩二人をギロリとにらみ上げる。
「アン、お前もちょっと落ち着けよ。手が出るのが早いんだから」
拳を握った彼をけん制するように言うと、きつく口を閉じ、視線を逸らした。それからシャルは二人を部屋から出すと、煙草を勧める。
「おい、その、アンってーのは何だ?」
「ん? フェネアンだから、アン。なんか愛称っぽくって良くない?」
言いながら煙草を咥えているシャルに、フェネアンは苦い顔をした。それでも先端に火を通し、シャルの煙草へ火をつけてやりながら、頭を弱々しく掻く。
「その、助かった……」
「いーのいーの。でもこれからは少し落ち着いて、無茶はしないようにするんだぞ?」
いたずらっ子のように笑いながら言うシャルに、更に苦い表情を浮かべながら。フェネアンは煙草の煙を吐き、髪をかき上げるのだった。
「――それからだなぁ。口のピアスを取って、ちょっと落ち着いたの」
企画書の見直しを終えたのだろう、シャルはペンを置き、ソファの上で背伸びをした。吸い飽きた煙草はポケットにしまい、トレートルに入れてもらったコーヒーに口をつける。
「まぁ相変わらず、手が出るのは早いんだけどな。前ほど重くはないし」
「……え、まだ殴られるんです……?」
「違うよー。見てれば判る、かな。まぁ、ただあいつ、所長になった時「副所長と書いて、使いッパシリと読む」とか言いながら、オレを任命して来たけどな。うん」
苦笑いしながら言っているが、フェネアンにとって、近くに置いていて一番安心できたのが彼だったのだろう。トレートルはそう思い、小さく笑った。
「シャル、そっちの企画はどうだ?」
「お、調度終わったところだよ。そっちはどうだったんだ?」
「大した被害もねぇし、またあいつには日を改めて教えることにするわ。まっさか主電源を切られるとは思わなかったがな……一台だけなら、一人でどうにかなる。トレ、どうした?」
頭を掻きながら部屋に入って来たフェネアンは、なんとなく楽しそうに、フワフワと笑っているトレートルを見て、首を傾げた。トレートルは彼の問いかけに首を振ると足元に駆け寄り、手を伸ばす。
「何だ何の話をしてたんだ? 随分と嬉しそうじゃないか」
「秘密です!」
「お前……ウソ吐けない代わりに、厄介な単語覚えやがって」
肩に座らせてやりながら元気よく返事をする子供に、思わず口角を痙攣させ。煙草を咥えると火を灯すのだった。
(フェネアンさんばっかりボクのことを知っているようで、なんとなく悔しかったけど、たくさんフェネアンさんのことを知ることが出来て良かったです)
頭に抱き着きながら幸せそうに微笑む子供の心は、誰も知らない。




