5-3
組み立てるべきバンボルの調整を終え、シャルは一服しようと、建物の裏側に行くため廊下を歩いていた。ドアノブに手を伸ばしかけて低い悲鳴が聞こえ、目を丸くして急ぐようドアを開ける。
「あ、お、おい! アポートル!」
フェネアンが両手で顔を覆い、体を小さく丸めるように地面へ突っ伏していた。倒れ込んでいるらしい彼に駆け寄ると体を支え、白衣でそっと顔に影を作ってやる。
「どうした、大丈夫か」
「っ……て、めぇ!」
一瞬、目の前に火花が散り、何が起きたのか判らないままシャルは地面に仰向けになっていた。きつく目を閉じるフェネアンは目尻を痙攣させ、地面に手を付けると呼吸を荒げながらシャルを「睨む」。
「オレの眼鏡……どこにやった」
「いっててて……。め、眼鏡? あ、普段かけてるやつ……」
「てめぇ、よくオレに絡んでくる奴だろ、声で判るぞ。っざけんな!」
「――な……落ち着いた? とりあえず、オレの話は聞ける?」
「……すまんかった……」
数分後、フェネアンは抱えた膝に顔を伏せ、白衣を頭からかぶるようにして座っていた。
「目は……なんかあるのか、光に敏感?」
「てめぇにゃ関係ないだろ」
「いやぁ……さっすがに、これ(・・)で、関係ないって言うのはオレも納得できないというか……」
激昂し、話を耳に入れられるような状態ではなかったフェネアンを、体型の関係上止める事が出来なかったシャルはボロボロになっていた。頭突きを喰らい、拳を喰らい。鼻には血が流れた跡が残っており、頬は赤くなって熱を帯びている。
腹部にもいくらかもらったが、出来ているだろう痣のことは考えないことにした。
「……その、すまんかった……」
言葉に詰まった後、絞り出すように出されたそれは、心の底から申し訳なさそうな声音だった。目の下に濃くクマを刻んでいる顔を上げるも、白衣を頭からかぶり、影を作っている。
「資料を見飽きて、一服ついで……うたた寝してた。んで、起きてみたら……その辺に、眼鏡落ちてないよな……」
「あー、パッと見たところないみたいだなぁ。いっててて」
「わ、悪かったって言ってんだろ! しかも不良相手と違ってお前は一般人なんだから、一応加減はしてるんだぞ!」
体を捻って地面を見てみると、腹部に鈍い痛みが走り、思わず抱え込んでしまった。その呟きにフェネアンは慌てたように言葉を紡ぎ、再び膝に顔を埋める。
「骨は折れてないだろ」
「そんなレベルで人を殴るのは、よしておこう? な?」
思わず突っ込むと、フェネアンは舌打ちをした。モゾリと体を動かしながら腕を伸ばし、宙をさまよっている手を触ってやると、きつく握る。
「……あれがないと、見えないんだよ」
「あー、目が悪いと眼鏡が必須になるよなぁ」
「見えないんだ、目を、開けられないんだ。なぁ……代わりに、探してくれよ。あれがないと、オレは、目を潰さないといけなくなる」
その姿は、研究所に来た早々、自身を蹴り倒した者と同一人物とは思えないほど小さく見えた。シャルは指の腹で頬を掻くと、フェネアンの手を掴んだまま、彼をゆっくりと立たせる。
「とりあえず、オレの部屋まで行こう。な?」
「個人の部屋があるのかよ」
「うーん、まぁ、オレこんなでも、一応技術部の副部長だし。光に弱いんなら、こんなに日あたりがいい場所にいるのも辛いだろ?」
手を引いてやると、案外大人しくついて来る彼に、シャルは歩調を合わせながら歩いた。部屋に入るとフェネアンをイスに座らせ、彼の近くに煙草とライター、灰皿を置いてやると自身は再び扉に向かう。
「お、おい」
「普段あそこで煙草を吸ってるやつらに当たってみるよ、眼鏡がないと不便なんだろ?」
そう言うとフェネアンが戸惑っているのが視界の端に入ったが、シャルはそのまま廊下へ向かった。
とりあえず先に医務室に向かい、簡単に治療をした後に技術部の部屋を回った。そこでは何の情報も得られず、研究部の部屋を覗いた後にシャルは頭を掻く。
「おいおい、いくらなんでもあんな子供相手に、ピリピリしすぎだろー」
誰もが「フェネアン・アポートル」の名を出すたび、頬の筋肉を緊張させるのだ。確かにちょっとばかり短気で一匹狼気質で、手が出るのが滅法早いが、それを気にしなければ普通の子供だろう。と、シャルはため息をつく。
「あー、でも痛いのはイヤだなぁ……おーい、ちょっといい?」
プログラミング室に着き、シャルはヒョイと顔を覗かせた。
「誰かさ、アポートルの眼鏡知らない? 裏で休んでる間に、なくなっちゃったらしいんだけど」
ほとんどの者が首を横に振る中、二人だけがわずかに肩を揺らし、顔を背けた。シャルはそれに眉を寄せる。
「お前たちは知ってるみたいだな。眼鏡、どうした?」
「いえ……」
「別に……」
そう言い、困ったように眉を寄せるも、その目は嫌に笑っていた。シャルはプログラミング部部長に許可を取ると彼らを連れ、自室に戻る。




