5-2
――さかのぼる事十一年前。ファルケ研究所に、戦慄が走っていた。当時の所長の隣に立つ、新しく研究所に入って来る職員の風貌が、あまりにも職員らしくなかったのだ。
バサバサの、茶色に金のメッシュが入っている髪を肩口までだらしなく伸ばし、左耳には髑髏を模したピアス。そして唇の端にもリング型のピアスをつけている青年はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、前に並ぶ先輩職員を眼鏡の奥から睨みつけていた。
すでに人を殺したことがありそうなほど鋭い青年の眼光に、脂汗を浮かべ、乾いた笑みを漏らし。そんな先輩方に、彼は盛大な舌打ちをする。随分と猫背だが、まっすぐにすればここに居る誰よりも背が高いだろうことは、一目瞭然だった。
「彼は今日から、ここで務める事となった。さ、自己紹介を」
所長が青年の肩に手を置こうとすると、彼は手の甲を鋭く払った。ポケットからクシャクシャになっている煙草の箱を取り出すと唇に挟み、ライターを取り出して堂々と吸い始める青年に、苦言を漏らせる者もいない。
「気安く触んな。殴られてぇか」
「す、すまないね。では改めて、きみの名前を」
「フェネアン、これで満足かよ。名前がきけりゃいいんだろ、あ?」
「フェネアンって、柔らかい響きだなー」
のほほんとした声に、所長もフェネアンも、そして職員たちも一斉にそちらを見た。
「なんかさ、女性に居そうな名前だよな!」
何の悪気もない笑顔を浮かべ、頭の後ろで手を組みながら体を揺らす職員がいた。タダでも凶悪な表情を浮かべていたフェネアンは更に眉間にシワを刻み込み、青筋を立て、「先輩方」を押しのけるよう彼へ近づく。
次の瞬間。笑顔だった彼の体は、くの字に曲がり、背から床に叩き付けられていた。ざわめきが周囲で起きるが気にする様子もなく、フェネアンは腹部を抱えて横たわる彼の体を、つま先で突く。
「次、言ったら、病院に送るぜ」
「う、うん……?」
「次に女っぽい名だと言ったら、病院に送るって言ってんだ! 返事!」
「ウイッス!」
腹を押さえたまま脂汗を浮かべ、思わず元気よく返事をしていた。フェネアンはそれを確認すると周囲を威嚇し、黙らせ、歩き始める。
とんでもない奴が来た。言葉にせずとも、思うことは皆同じだった。
フェネアンが研究所に入って一週間ほど経ち、ようやく彼と言う人間像が見え始めていた。
彼は元々不良をやっていて、何かの騒動を起こしたことでセントラルのお偉いさんに目をつけられ、ファルケの研究所に来たのだということ。
目をつけられた理由、それは彼の名がフェネアン・アポートルであり――バンボル技術を飛躍させた研究者兼技術士、エトリック・アポートルの息子であったからだ、ということ。
それから、エトリックの名を言い終らないうちに、全体重を掛けんばかりの蹴りが飛んでくることも研究所に来た翌日にはシャルの犠牲のもと解っていたので、誰もフェネアンの前で彼の名前を出すことはしなかった。室内でも平気で煙草を吸ったりするが、吸い殻は携帯灰皿に律儀に入れていたり、文句を言い周囲を威嚇しながらも、やるべき仕事は何気なくこなしているため、真面目なのか不真面目なのかはいまいち解らない。
そして、何をするにも眼鏡だけは絶対に外さないこと、触れられるのを嫌うこと、強い光を避けていること。それらも、解ってしまった。




