5-1
「てんめぇ何してやがる!」
「うおっ」
所長室で、近く行われることとなっている小学生による研究所訪問の企画を組み立てていると、遠くから部屋の主の怒鳴り声が響き、シャルは思わずコーヒーを吹き出しそうになった。書類を汚してはたまらないと、咄嗟に白衣の袖で口元を押さえる。
「なんだなんだ」
どうにかこうにか口の中身を飲み込むと立ち上がり、声の元へ急いだ。
聞き間違いでなければ、プログラミング室から聞こえてきたようである。
「何考えてやがる、一体どこにプログラムの入力中、機械の主電源を落とす奴がいる! てめぇが仕事を覚えたいからと、プログラミングを教えろと言って来たんだろうが! 余計なことしてんじゃねぇぞタコ助!」
部屋の中に入るとフェネアンが牙をむきながら、男性職員の胸倉を掴み、宙づりにしていた。思わず口の端を引きつらせ、頭部に角を生やす彼に近寄ると声を掛ける。
「アン、アン。被害はどれくらいだ、修復にかかる時間は?」
「あぁ? そんなヘマするわけねぇだろ。プログラマー以外の奴に教えるときはあらかじめ完成させて、バックアップ取ったうえでやってるわ」
「じゃあその辺で勘弁してやれよ、とりあえず降ろせ降ろせ」
フェネアンの腕をそっと押さえつけるよう下げていき、固く握る手の指を一本ずつ外していくと、シャルはその職員を部屋から逃がした。未だ眉間に深々とシワを刻んでいるフェネアンを見ながらも、シャルは顎に手を置き、ニヤリと笑う。
「しっかしお前、丸くなったよなぁ」
「あ?」
「イヤだって……ねぇ」
「フェネアンさーん、がいぶきおくばいたい、持ってきましたー」
と、部屋に入って来たトレートルが掌に乗せていた物を受け取ると、フェネアンは機械の電源を入れ直した。起動までにはしばらく時間がかかるため、煙草を口に挟み、長いため息を漏らしながら部屋を出ようとする。
「ほら、蹴りが出なかったじゃん。ミシー君への蹴りも打撲程度だったみたいだし?」
「教育に痛みは必要ねぇだろ、教育と躾と制裁は別だ。……あぁ、お前にやったのは」
「制裁ってか……。やべぇ、思い出したら腹が痛くなってきた」
「あれを腹痛で終わらせられるお前も、結構だよな。ガキ相手の企画は頼んだぜ、オレは別件がある」
そのままフラッと出て行ったフェネアンの背を見送り、シャルは再び所長室へ戻った。トレートルが後をついてきており、体を抱えあげると膝の上に乗せる。
「フェネアンさん、グランさんと知り合って、丸くなったんですか?」
「あ、グラン所長から話を聞いたの?」
コクコクと頷くトレートルの頭越しに書類を見つめ、時折ペンを走らせながらシャルは苦笑していた。
「いやぁ、グラン所長とあいつが知り合った時には、アンはすでに大分丸くなってたよ」
「……え?」
「イヤだって、あいつ、親父さんの話題を出されてキレなかったんだろ。相当丸くなってるわ。この研究所に入れられたころは『エトリック』って単語だけで、職員を病院送りにしたり、してたからな」
サラリと言ったシャルに、トレートルは言葉もなくポカンと口を開けていた。そんなその子に歯を見せて笑うと、ペン先で自身の胸をトントンと叩く。
「ちなみに、あいつの最初の被害者、オレな」
「えええええええええ……」
「あ、二番目もオレだし、次もオレだ。あいつ研究所来て早々、オレの事ボッコボコにしてきたっけ……」
視線は遠く虚ろで、一体どんな言葉を掛ければいいのだろうと、トレートルは必死に頭を働かせた。眉を一杯寄せ、きつく口をつぐんでいる幼子にシャルは口の端を緩めると、書類を置いて煙草に手を伸ばす。
「来て早々は、オレがあいつの名前を女っぽい、って言ったからだな。一切の加減がない回し蹴りを腹部に食らった……。そんで二回目は、あいつの前で親父さんの話をしたからで、三回目はまぁ、事故みたいなものだな」
「……事故みたいなもの、で、ボコボコに……?」
「……トレ君なら事の大きさが判ると思うけど、あいつ、嫌がらせ受けてさ。眼鏡取られたんだ」




