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リコルド  作者: 夢野 幸
二部 第四章 ボクはアポートルの名はいらない
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4-3

 一服を終えて中に戻ると、低いうなり声が聞こえ、グランはビクリと体を緊張させた。薄暗い室内を見回して耳を澄ませ、どこから聞こえてくるのかを探る。

 それは、フェネアンの部屋からだった。

 ドアに手をかけてみると鍵はかかっていなかったようで、グランはそっと開けた。フェネアンはベッドの上で小さくなるよう丸くなり、眉間に深く溝を刻み込んでいる。


「フェネアン! 大丈夫、起きて」


 揺り起こしてみると彼は瞼を痙攣させ、目を開くことなく体を起こした。グランは立ち上がり、部屋の明かりをつけようと壁際に歩き出す。


「点けんな! 点けんなよ、止めろ!」


 気配を察したのだろう、フェネアンは怒鳴り、ベッド脇の棚へ手を伸ばした。額には脂汗が浮かんでおり、グランは棚の上に置いてある眼鏡をフェネアンの掌に乗せてやる。それを鼻の頭に乗せると、彼はようやく目を開いた。


「うなされてたよ」

「……火、貸してくれよ」


 フェネアンは唇に煙草を挟み、グランにライターを借りると深く息を吸った。震える指先で髪の毛を軽く掻き上げ、灰は棚にある灰皿へ落としていく。

 一本を吸い終えるとようやく、フェネアンは顔を上げた。目の下に刻まれたクマは酷く、目尻が時折痙攣している。


「夢見が悪かっただけだ。……起こして悪いな」

「ううん、まだ寝てなかったから平気。……目は、何かあるの? 光に弱い?」


 グランの問いに、フェネアンは緩々と首を振った。隣に腰を降ろすと背を向け、そっぽを向いてしまう。


「……ガキの頃の夢だった」

「子供の頃?」

「お袋が車に轢かれて……潰されて、死んだ夢。オレもそこに居た……」


 それからフェネアンは、自身の目の事、父親が嫌いな理由、研究所が嫌いな理由。車が恐ろしいということ、目を弄られた時、機械に負担がかかるからと涙腺を奪われ、涙が出せなくなってしまったということを、ポツポツと話し始めた。丸めた背を震わせ、言葉を詰まらせながらも言葉を紡ぎ続けたフェネアンに、グランは目尻を下げる。


「なんでかな……なんで今更こんな夢見たんだろうな。しばらく、見てなかったのに」

「……フェネアン、ファルケなんか、サッサとクビになっちゃいなよ」


 自身の背に、トンと寄りかかられ、フェネアンはわずかに振り返った。グランが背合わせになるよう腰を降ろしている。


「うーんとね、ボクがリベレに欲しいって言ったのは……きみにファルケを辞めてもらいたいな、と思ってのことなんだ」

「……は? どういう」

「ボク達研究所職員は、所長クラスの場合大陸を越えての異動はありえるけど、普通は大陸内での異動しかないんだ。つまりボクがきみを欲しいと思っても、普通にはリベレに来てもらえない」


 目を丸くしていくフェネアンの髪の毛を、彼の正面に回り、バサリと掻きあげた。長さが微妙に足りないらしい前髪の一束を除いて、全てを後ろで結う。キョトンとしている彼に微笑み、体を抱きしめた。


「もう一度言うよ、ボクの周りにはいなかった。いかに自分の評価を上げるか、えらくなって権力を得るか、楽に給料をもらうか。みんなそればかりでバンボルのことは道具として見てた、ボクはバンボルが好きで研究所に入ったから……嫌だったよ。

 でもきみはそうじゃなくって、どれだけ調整しても不安定になっちゃうインカムに頼らず言葉を覚えようとして、専門じゃない研究部や技術部の仕事にも興味を持って勉強して。バンボルのことが、大好きだ」


 なんとなく、抱きしめられるのがむず痒くてその腕からモゾモゾと抜け出そうとするも、結局そのままグランの腕の中に落ち着いていた。一括りにされた髪を何気なく弄り、ピョコンと跳ねる前髪を引っ張る。


「でも、きみがバンボルに関わりたいと思ったら、研究所に勤めるしかない。言っちゃあ悪いけど、こんなところにいたんじゃきみの力は殺されるよ。きみが何を言われようときみらしくいられるのであれば、話は違うかもしれないけど……。非正規職員でもいいんだ、ボクはきみに、リベレに来てほしい、いつかね」

「……いいのかよ。オレは元々、不良やってたんだぞ。学校だって中等学校までしか行ってないんだぞ。オレはオレの……この姿勢を変えるつもりは全くないぞ」

「もちろんさ!」


 フェネアンはどこか照れくさそうに、どこか嬉しそうに。小さく、頷いた。


「わかった、いつか絶対こんなところ出てやる。……お前のところの方が、面白そうだ」

「その時はボクのうちで一緒に住もうよ。ボクの奥さんもきっと、きみの事気に入る、子供はもう独り立ちして家を出て行っちゃったから、彼女、寂しがってるし」

「オレはガキじゃねぇ」


 モゾモゾと呟きながらも。フェネアンはそのまま、グランの腕の中で瞼を閉じていくのだった。


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