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リコルド  作者: 夢野 幸
二部 第三章 はっ……じめましてぇえ!
56/97

3-3

 空港から研究所へ向かう間、グランは車内でソワソワと体を動かしていた。

 初めて口をきいてから今まで、画面の向こう側でしか見ることが出来なかった『面白い子』と、ようやく直接顔を合わせる事ができる。

  

 研究所に着くとグランはそのまま所長室に通され、インカムを耳に掛けるとソファに掛けることもなく、白衣のポケットに手を入れたまま所長と話し始める。リベレ管轄とは違い、少し北側にあるせいだろうか。自身にとって室内は少し寒かった。

 今回のファルケ出張、表向きの目的は『リベレ研究所の技術をファルケ研究所に伝える事』だった。……別に自身の出身がリベレだからリベレの所長に任命されただけなのだが、彼はグランが持つ技術が素晴らしいものだから、より大きな大陸の所長に任命されたのだ。と思っているらしい、そんなことにも呆れたため息しか出ないが、それが顔に出てしまわないよう笑みは絶やさない。

 そして、主な目的。それは『目つきが悪く、肩にかかるほど長い茶髪に金メッシュで、いつも煙草を吸っている眼鏡の面白い子』に会うことだ。名前はまだ知らないし、名乗ってもいない。彼から、リベレの言葉で、直接聞きたかったからだ。リベレで使っている文字と個々の発音、文字の組み合わせの発音表は早い段階でデータを渡しているので、彼ならばとっくに名前を言えるだろう。


「リベレの所長!」


 インカムを通じてではない、生の声ではっきりと言葉を聞き取ることができ、グランはノックやベルもなく開かれた扉へ顔を向けた。――そこには、画面の向こうにいた青年がいる。思ったよりも背が高く、並んで立ったら彼の目線は自身の肩辺りに来るだろう。この大陸では珍しいな、と純粋に思った。


「えぇえい! いつもいつも私の邪魔をして、あっちへ行け! 目障りだ!」

「ちょ……」


 インカムをつけているのも忘れているのだろう、ファルケの所長は青年を罵倒し、追い払うよう手を振った。青年はわずかに口を動かし、こちらを見る。何かを言いたそうに、再び唇を震わせたが、ギチリと眉間にシワを刻んで拳を握ると、勝手に、彼のトレードマークだと思っている煙草を噛みしめた。


「てめぇにゃ用はねぇよハゲ! 死ね!」

「な、今何を言った!」


 グランは思わず吹き出しそうになり、咳払いでそれをごまかすと駆けて行く背に視線を投げかける。……たった一か月で、発したセリフは褒められたものではないが、スラスラと話せるようになっているではないか。


「重ね重ね失礼します……」

「いやいや、なんてことないさ。……サッサと話を済ませちゃお」




 出張中の日程、宿泊場所などをサラリと話し合い、グランは部屋を出ると近くを歩いていた職員に青年のことを訊ねた。特徴を言うとすぐに判ったのだろう、彼の名前を言いかけたのを静止して、居場所を尋ねる。

 彼らしいというかなんというか、喫煙可能な場所、それも恐らく建物の裏辺りにいるだろうと言われ、礼を述べると足早に向かった。

 説明の通り建物の裏側に回ると、裏扉に上るための少しの段差に腰を降ろし、ぼんやりと煙草を咥えている彼がいた。思わず嬉しくなり、気づけば駆けだしている。


「はっ……じめましてぇえ!」

「うわっ!」


 思わず抱き着いて行くと彼は目を白黒させ、固まった。呆然としているのをいいことに抱きしめ続けていると、ビクリと肩を震わせ慌てて手を突っ張り、腕の中から抜け出していく。


「た、煙草吸ってるやつの正面から抱きついて来るやつがあるか! 危ないだろ!」


 と、煙草を地面に押し付け携帯灰皿に放り込んだ。グランは微笑み、青年の隣に腰を降ろすと自分も煙草を出す。すると青年も再び煙草を咥え、先に火をつけるとライターをそのままグランに差し出した、甘えるよう煙草の先端に火を灯し、浅く煙を吸う。


「さ、ボクの名前をまだ言ってなかったもんね! ボクの名前はグラン……グリアラン・リブールア。でももうほとんどの人がグランって呼ぶよ。きみは?」

「……フェネアン」


 彼は俯きながら、ポツンと、それだけ呟いた。グランはそんな青年――フェネアンの頭をクシャクシャに撫でながら、そっと顔を覗き込む。彼はうるさそうにグランの手を押し返したが、それ以上は何もしない。


「フェネアン! フェネアン、なに?」


 口を尖らせ、俯いたままフェネアンはジッと口を閉じていた。そんな彼が口を開くのを、グランは黙って待っている。


「アポートル……」

「……フェネアン・アポートル。アポートル……? エトリック?」


 その名を言葉にすると、彼の瞳が、鈍く光った。口をきつく閉じすぎて口角が震え、眉間に溝を作っていく。


「へぇー。彼の息子さんかぁ、あんまり似てないね?」

「……お袋に、似てるって言われる」

「ね、気づいてるかな、フェネアン。ボク達……インカムなしで、普通に会話してるんだよ。インカム間でなら翻訳された言葉がヘッドフォンから聞こえるけど、ボク達は生身で話してる」


 グランの何気ない言葉にフェネアンは顔を上げ、目を丸くした。そんなフェネアンの頭を再度撫でまわし、煙草を置いてある灰皿に放り投げ、きつく抱きしめる。


「よく頑張ったね! すごいよ、たった一か月で普通に話ができるなんて。ね、今からどこか食事に行かない?」

「……は? いや、でもあの石頭……所長……」

「大丈夫大丈夫! ボクが伝えておくよ、行こう」


 戸惑うフェネアンの手を握って立ち上がると、グランは研究所の外へ向かった。

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