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リコルド  作者: 夢野 幸
二部 第三章 はっ……じめましてぇえ!
55/97

3-2


「気が乗らないなぁ……」


 その日、グランは通信室に入ってから何度目になるか解らないため息をついた。

 ファルケ研究所所長から、リベレ研究所の技術をこちらへ教えてほしい、出張費はこちらが持つのでこちらの大陸に来てほしい。と常々要望が来ており、グランはそれをのらりくらりと避けていたのだが、とうとう痺れを切らしたのだろうファルケの所長から、こちらに連絡をよこしてほしいと留守番メッセージが入ったのだ。

 それを無下にするわけにもいかず、こうして通信室に足を運んだのだが今一つボタンを押せずにいる。

 しかし、いつまでもそうしているわけにもいかず、インカムを耳に掛けるとついに通信ボタンを押した。出来れば部屋に不在であってほしいと思いながら。

 しばらく通信コールが響き、ひそかに拳を握った。所長は不在かもしれない。


 しかし、その期待もむなしく、ディスプレイが光った。


<“%*+#”%&$!>

「え……」


 耳に届いたのは全く聞き取れない言葉で、画面いっぱいに映っているのは所長ではなく青年だった。肩に届くほどの長さの茶髪に金のメッシュが入っている彼は、丸眼鏡の奥で青色の瞳をぎらつかせ、目の下にクマを刻みながらこちらを睨んでいる。唇には短くなった煙草を挟んでおり、歪む口の端から何かを怒鳴ったのだろうことは解った。

 それも少しの間で、すぐに目をいっぱいに開くと口を一文字に閉じてしまった。表情に焦りが浮かび、コクリ、と息を呑む。頭の上に『?』がたくさん浮かんでいるように見え、グランは小さく笑った。


「えっとぉ……あぁ、そうか」


 緊張した面持ちの青年に、自身の耳に着けているインカムを指さしてみせると、察したのだろう彼はキョロキョロと辺りを見回した。左耳に着けている十字架のピアスが揺れるのが髪に隠れて見え、ファルケにはこんな職員が務めているのかと思わず苦笑する。


<こ、で話……のか>

「そうそう、ボクはリベレ研究所の所長、ファルケの所長さんはいるかな」

<しんね、人を呼び出すのみ呼び出しして、どっか行っておくが>

「ん、んー……いないってことかな?」

<現在言った>


 どうやらインカムを使うのが初めてらしい彼の言葉は、地域の訛りに塗れているせいか上手く翻訳することが出来ず、一応通じるのだが妙な言葉になっていた。額に掌を乗せると眉をハの字にし、引きつった笑みを浮かべる。


「えっとね、きみの訛りがすごくて、インカムでうまく翻訳できてないんだ。出来ればファルケの標準語で話してくれるかい?」

<……はぁ? 研究所で言うインカムって、要するに翻訳機だろ、訛りがあったらダメとか使い勝手悪すぎるんじゃねぇの。普通の奴が使ったら会話出来ねぇじゃん>


 今度はしっかりとした標準語で答えてくれたが、怪訝な表情で煙草を皿に放り投げ二本目に火をつけていた。インカムを突き、耳から少し離し、マジマジと見つめている。


「ま、まぁ全部の言語に対応できるわけじゃないし。所長さんどこに行ったか解らない?」


 声を掛けたのはよかったのだが、青年はまだインカムを耳に戻していなかった。それどころかどこか寂しげな表情になっており、思わず画面に身を乗り出す。


「どうしたんだい……?」


 彼は何も言わず、インカムを握り締めると背後のソファに向け投げつけた。

目を点にしていると指をカメラに突き付け、ゆっくりと動かし、画面の端に移っている煙草を指す。


「……煙草?」

<たばこ>


 それは単なる、オウム返しだった。それでも彼はキチンとした発音で単語を口にし、今度は耳、正しくはピアスに指を向ける。


「ピアス、イヤリング」

<ぴあす、やーりんぐ>


 始め見た時には、とんでもない奴がいたものだ。と思っていたのが、面白い子もいたものだ。と思うようになっていた。彼はインカムを使わず、言語を覚えようとしている。

 まだ所長が戻ってくる様子もなかったため、青年が望むまま、彼が指さす物を言っていった。どうしても手間取っている発音は、二度三度言ってやると、すぐに自身の物にしてしまう。自分の口角が緩んでいくのが判り、どんどん言葉を教えていった。


「じゃあ、ボクの名前だよ。ぐら……」

<&&#&#*$!>


 せっかく楽しくなってきたところなのに、イヤな奴が帰って来た、とグランは眉を寄せた。彼の部屋だから戻ってくるのは当然なのだが、もう少しタイミングを見計らって欲しいと首を緩く振る。

 彼は青年を怒鳴りつけ、部屋から出ていくようジェスチャーをしていた。インカムをつけていない所長の言葉は一切わからなかったが、見る間に歪んでいく青年の表情と震える拳、部屋に吐き捨てられる煙草に、ドアを蹴破らん勢いで出ていく様子。それだけで、何かイヤなことを言われたのだろうことは想像できる。

 所長はソファに投げられていたインカムを耳に着けると、画面の前に立った。

 ……彼の、「自分は所長である」といった、変に威張っている態度が気に食わない。


<どうも、うちの若造が飛んだ失礼を!>

<そんなことはないけど……。それじゃ、話を始めましょうか>




「……その後も、彼は所長室に侵入しては、ちょくちょく連絡を取ってくるようになってね。しまいにはリベレの言葉で、所長に用がある。なんてボクを呼び出すようになったの。もう、早くファルケに出張して来たくて、ウズウズしてたよ。それで、最初に彼を知ってから……どれくらいだったかな。一か月くらい? やっと、出張の下準備が終わって、こっちに来れたの」


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