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「本当ですか!」
「見学、自体には、です」
自分が口を開くたび、隣で静かに肩を震わせているシャルの足の甲を踵で思い切り踏みつけ、フェネアンは涼しい表情をしながら話を続けた。今度は別の意味で震え始めたシャルのことは完全に無視だ。
「全ての学校を毎年受け入れるわけにはいきません、我々には我々の仕事がある、そんなに多くの時間は割けない。そこでとりあえず、今回施設見学を申し出てきた三校は今年だけ、全て受け入れましょう。ですが来年からは順に受け入れることにします、それはそちらで話し合ってください。もしほかに学校が増えた場合も、話し合って順にしていただければ助かりますが」
パアッと、先生の表情が晴れた。すぐにソファを立ち上がると大きく頭を下げ、そんな彼女にフェネアンも立ち上がると所長室の扉まで歩く。柔らかい微笑みを浮かべて眼鏡を軽く上げると、扉を開いた。
「決まり次第こちらに連絡をください、我々も合わせて予定を立て、学校ごとに内容を考えましょう」
「ありがとうございます、申し訳ありません、本来ならば校長が来るべきなのに一職員である私が代理で来てしまい……」
「いえいえ、気にしませんよ。お忙しいのでしょう」
未だソファに座ったままでいるシャルのことは放って置くよう、フェネアンは自ら先生を研究所の外まで見送ると即座に部屋へ戻った。腹を抱えるように体を震わせているシャルの胸倉を容赦なく掴み上げると、白い目で彼の顔を覗き込む。
「てんめぇ、人が口開くたびに笑いやがって……」
「いやいやいやいや、だってほら、お前……お前があんな丁寧な言葉使えるなんて、知らなかった……ブハッ」
「言ってる傍から笑うなこの野郎! また足踏んづけられたいか、一番気味悪がってんのは喋ってる本人だぞコン畜生!」
目の下辺りを真っ赤にしながら怒鳴るフェネアンに、トレートルもようやく机の下で行われていた攻戦の意味を理解したのだろう、口元を押さえて小さく笑った。なおも肩を震わせるシャルをソファの上にポイと捨て置き、煙草に火をつけると煙を思い切り肺へ運ぶ。
「しっかし……。独身の先生にあんな飛び切り笑顔で微笑んでやるなよ、惚れられるぞ」
「こんなのに惚れるような狂ったやつ、いねぇだろ」
と、先ほどまで先生が座っていた、シャルの対面のソファにふてぶてしく腰を降ろすと短いため息をついた。シャルはボンヤリと上を見ているフェネアンの瞳を見つめ、今まで胸にあった小さな疑問をぶつけてみようかと、深呼吸をする。
「なあ、アン」
「あ?」
「お前……その目、あ」
「目の事ならトレも知ってる。なんだ」
言いよどむシャルに軽く言い、フェネアンはトレートルを隣に呼んだ。腰を降ろしているトレートルの頭をポンポンと叩き、煙草の灰を灰皿に落とす。
「いや、今のお前から眼鏡を盗るのは命知らずだから、考えないとして……。その眼球が割れたらどうすんのかなって」
灰を落とした煙草を口に戻そうと運ぶフェネアンの手が、止まった。
それもほんのわずかの間で、すぐに煙草を咥えなおすと頭を掻く。
「その時こそ、確実に目を潰すだけさ。……もしかしたら、いつか直せるかもしれない。なんて甘ったるい幻想も同時に砕ける」
「は……?」
「直す方法だけは解ってるんだよ、後は実験を一度でもしてみれば、オレの考えは確実になる」
「はああああああ!」
思わず声を荒げながら立ち上がるとフェネアンにきつく睨まれ、シャルは手で口を押えながら座り直した。なぜか不機嫌になっているフェネアンに眉を寄せ、自身も煙草を唇に挟みながら彼へ視線を向ける。
「お偉いさん方が、人体へのバンボル使用を禁止しなければ。……オレは今すぐにでもお前かグランに頼んで、『修理』してるさ。だけど連中がそれを禁止した以上、禁忌にした以上オレはこれを直せない、オレだけならまだしもお前らに迷惑かけるからな」
と、短くなった煙草を灰皿に投げた。二本目を口に挟んで火をつけている彼の目は遠くを見ているようで、シャルは目尻を下げる。
「オレの場合、眼球がダメになっただけで神経までは死んでない。本来網膜に当たる部分に映し出されるものが電子信号により視床へ伝達される。わけだが……問題は網膜の前にある水晶部分と虹彩部分、これらが固定されてるから、代わりにこの眼鏡で調整しているのであってそこを……」
「アン、医療用語を一切使わず、解りやすく頼む」
「解った。カメラの自動ピント調節機能みたいに、固定されてるレンズを動くようしてやればいいわけだ。そんで露出補正が出来るようすればいい、今のバンボルではすでに可能なことだから訳もない技術、ってわけだ」




