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「――はぁ……?」
「あ、いえ! 無理は承知での相談なので、もちろんいいお返事がもらえると嬉しいですけれど……」
セントラルからの依頼企画書をリベレへ送り、合同企画の企画書をグランから受け取って目を通している時だった。
客人が来たということで職員に部屋まで連れてきてもらい、トレートルに茶を出してもらっている間で、客人が放った言葉にフェネアンは声を裏返した。対面のソファに座っている女性は慌てて手を振り、薄っすらと化粧をしている顔に困ったような笑みを浮かべる。
『子供たちの学校教育の一環として、研究所の訪問をさせてほしい』
学校の教師らしいその女性はソファに腰を降ろすなり、そう切り出したのだ。無意識に煙草へ手を伸ばそうとしていたフェネアンはその手を頭に運び、掌で表情を隠しながら眉を潜めて小さくため息をつく。トレートルが出してくれた茶にも手を伸ばせなかった。
前の所長は酷い堅物で自信過剰、すぐに怒鳴り散らすような人物だったせいか、そう言った話は全くなかった。だが自身が所長となってからすでに、これに近い話が三件ほど来ている。研究所から車で二十分程度の場所にある高等学校、徒歩三十分ほどの場所にある中等学校。そして、徒歩二十分程度……自宅のそばにある小学校。
実質、研究所がある街の小、中、高の学校すべてが訪問をさせてほしいと頼んできているのだ。自分が所長の中では若いせいか、または前の所長よりも話をしやすそうだと思われているのか。まさか「良い人そうだ」と思われているのではないか、と口をゆがめたように笑ってしまう。
一体どこの世界に、不良上りで、研究所に入ってからまで何人も病院送りにしてきているような「良い人」がいるというのか。
指の間から女性を覗き見てみると、どこか不安そうに、ソワソワとしているのが判った。フェネアンは感づかれない程度に細く息を吐き出し、手を剥がすと先生へ顔を向ける。
「あのですね、先生……」
「あれえ! 先生じゃないですか」
茶を出した後、いつの間に退室していたのだろう。トレートルがシャルの手を握りながら、背伸びをして所長室の扉を開けていた。フェネアンは出そうとした言葉を飲み込み、目を丸くしているシャルへ顔を向ける。
「あ、オロル君のお父さん」
「何だシャル、知り合いか?」
「あ、はい。息子の学校の、担任の先生です」
一応、立場だけで見れば自身の方が上なので、来客の前ではシャルも敬語を使う。なんとなくそれがむず痒く、フェネアンは苦い表情を浮かべながらも彼を自身の隣に呼んだ。トレートルを膝に座らせ、彼の頭を撫でるふりをしながらシャルに頭をわずかに傾ける。
「おい、こういう時は普通校長が来るんじゃないか?」
「ここの学校の校長センセは、前のハゲと似たような感じなんだよ。だからじゃね?」
「マジかよ。んで、お前んとこのガキの担任てことは、そう言うことだよなぁ」
「ま、オレのとこの息子が見学に来るかもしれない、てことだな」
随分と早口に行われたその会話にトレートルは首を傾げ、先生を見た。フェネアンは目を閉じると短く息を吐き、トレートルを抱えながら同じように先生を見る。
「実は今、ファルケ研究所付近にある中等学校、高等学校からも同じような話しが来ているんですよ。もしこの話をすんなり飲んでしまえば、ファルケ研究所管轄内にある街で、うちの学校も、私の学校でも見学を……と話が広がってしまう。全部を受け入れると時間も人員も足りなくなるし、他の学校を断ればなぜうちの学校はダメなんだ、となってしまう。それは解りますね?」
フェネアンの答えに、先生は静かに目を伏せた。そんな彼女に頭を掻くと、困ったように眉を寄せる。
「まぁ……ですがバンボルのことを知ってもらう、というにはいい機会になるでしょう。我々が当然としている知識も一般の方は知らないことが多い、ゆえにバンボルに対して、無茶なことをしてしまうこともある。その予防と、研究所の仕事を知ってもらう意味でも見学に対して自体は賛成です」




