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リコルド  作者: 夢野 幸
二部 第一章 オレは! サッサと! 辞めたいの!
49/97

1-2

 フェネアンは一か月に一度、各部署の状況を報告するように指示していた。研究部の報告書が部屋に届けられ、今日がそうだったかと顔を上げる。机の上に広げていた、続々と入る依頼書を払いのけるとそちらに目を通し始めた。灰皿に詰まれる吸い殻の山に再び煙草が積まれ、トレートルはそっと、それをゴミ箱に入れる。


「企業からの依頼が多いな……。今月は特に工業系、運搬に特化したバンボルの設計企画が多い、今度は一般家庭向けの企画を持って行ってやるか……」

「所長、失礼します」


 書類を見ていると、プログラム部の副部長が入って来た。フェネアンはそちらにチラと視線を向け、再び報告書に目を向ける。


「手にしているのはなんだ」

「え……今月の、報告書に」

「やり直せ」


 副部長は思わず、唖然とした。フェネアンは報告書の内容を一切見ないどころか、「それ」に手を触れようともせずに門前払いにしたのだ。

 機嫌悪そうに眉を寄せるフェネアンにトレートルは苦笑しながら、彼が払いのけた依頼書をまとめる作業を続ける。


「それ、誰がやった」

「わ……私、です」

「部長は今、メーヴェに出張中だったな。報告書に関しての話は」

「じ……自己、判断です……」


 ジロリと睨み上げるフェネアンの瞳に、彼はビクリと背を震わせた。


「解った、なら教えておいてやる。報告書は、全て、手書きで出せ。外部記憶媒体による提出は一切認めねぇ、明日まで待ってやる、やり直し」

「アン! リベレの所長が来てるんだけど、お前何か話聞いてない?」

「やべ……向こうの大陸からの依頼、合同でやるから話し合おうって言ってたっけ……」


 シャルが部屋に飛び込んでくると、フェネアンは口角を痙攣させるよう薄い笑みを浮かべた。研究部からの報告書を机の上に置き、煙草を灰皿に押し付けると慌てて立ち上がる。


「いいな、明日まで延ばしてやる! 絶対手書き!」


 ドタドタと所長室を後にしていくフェネアンに、シャルは首を傾げ、直立不動なプログラミング副部長に目を向けた。彼が手に記憶媒体を持っていることに気が付くと苦笑し、ポンと肩へ手を乗せる。


「大体これは、部長がするものだからな。仕方がないさ」

「……報告書を直筆でやって、何か良い事なんかあるんですか、副所長」


 ムスくれるような口調に、シャルは苦笑した。トレートルも書類をまとめ終えるとフェネアンを追いかけるように部屋を出て行っており、シャルは部屋のソファに彼を座らせると部屋の中を漁って勝手にコーヒーを淹れる。


「こちらの方が圧倒的にやりやすいし所長も目が通しやすいはずです。文字には各々癖があるけど、データではそんなことありません。提出しやすくて、保存も簡単で、それなのになぜ紙にこだわるんです? 嫌がらせですか」

「お前、それ、本気で言ってんの」


 子供のように口を尖らせ、視線を落としている彼にシャルはわずかに声を尖らせた。散らかり放題散らかっているフェネアンの机に顔を向け、短くため息をつく。


「アンだってデータで報告書を受け取った方が楽に決ってるさ、保存だってコンピュータに入れれば終わり、だけどあいつがそれをしないのは……二年前のウイルス騒ぎがあるからだ」

「……あの、騒ぎですか?」

「あぁ。あの時はバンボルの騒ぎだったが、研究所のコンピュータでウイルス騒ぎが起きないとも限らない、その時にこの報告書がコンピュータの中に入っていたら? もし漏出したら? ……それはバンボルに関する情報が、外部に漏れることと同じ。あれ以上の大事件が起きる」


 シャルの真剣な面持ちに、対面する彼は姿勢を正した。シャルは胸ポケットから煙草を取りだし、机の上にある灰皿を自分の前へ持ってくると浅く煙を吸う。


「あの時に一番苦労したのは誰でもない、フェネアンだ。誰よりも真剣に問題に向き合ったのはあいつだ、紙面の報告書は……提出する側よりも、全てに目を通し、保存しているアンの方がよっぽど大変さ。三部の報告書を毎月、あいつとトレートルでまとめてるんだぞ」

「シャルさーん! フェネアンさんが呼んでますー、いんかむ、つけて、早く来いってー!」

「おー、解ったー! すぐ行くー」


 精一杯背伸びをしながら所長室の扉を開けているトレートルに、シャルは軽く手を上げて応じると立ち上がった。神妙な表情になっている副部長に微笑みかけ、ポンポンと頭を叩いて顔を覗き込む。


「大丈夫だって。あいつも、きみが部長から何の話も聞いていないって確認を取ったから、期限を延ばしてくれたろう? 悪人面だし仏頂面だし幾分短気な奴だけど、みんなが思うほど怖い奴でもないから。気を楽にしろよ」


 シャルの言葉に、僅かに表情を緩め。しっかり頷いたのを確認すると部屋を後にするのだった。

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