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「……それって……」
「調べてみると今から三十年前、ガキが生まれて二十年後。まだバンボルがドールと呼ばれている頃……同じようにウイルス騒ぎが起きていた、こんな世界規模のものでもなく、一部地域で起きた事だったみたいだから、今では覚えてるやつの方が少ないんじゃないか? セントラルの奴も協力して、その地域にだけ電波を飛ばしたようだしな。その時にもオレと同じよう中央管理室へ向かい、初期化をした奴がいた。……三十代の、一般人の男だったらしい。どういうことか解るか」
フェネアンの問いに、シャルは素直に首を振った。間髪入れない行動にフェネアンはわずかに呆れた表情になりながらも、止めていた足を再び動かして廊下を歩く。
「あのガキが言っていたおじさん、ってーのは恐らくそいつだ。……だとすれば完全に初期化はされず、どこかにデータが残っているはず。型が古いからチップだけでは補えないところもあっただろう、そう思ってあの中央管理室を調べていたら人工頭脳を開発した資料があって、頭脳の役割を担うコンピュータがあって……その中のデータを全部洗って。五か月もかかっちまった、あいつの場合……完全な初期化、ではなくて、上書き保存に近いものだったんだろうよ」
と、フェネアンは扉の前で止まった。新調した白衣は相変わらず膝下まであり、ポケットに手を突っ込むと顔を上げる。
「なぁ、アン。どうするんだ?」
「……とりあえず黙ってたことについて、一発殴る。そんで……どうしようか、所持バンボルにでもしてやるか。久しぶりにバンボルを持つのも、悪くない」
クツクツと笑う彼は、柔らかい雰囲気に包まれていた。企画、研究。そしてプログラミンが順調に言っているのだろうと想像でき、シャルも同じように微笑む。
部屋の中に入ると中央の台に、トレートルが眠っていた。フェネアンは目を閉じるとポケットに突っ込んでいた手を引き抜き、中にあるチップ……中央管理室で彼の人工頭脳を司る機械から複製してきたデータを入れているそれを、額にそっと埋め込む。
(大丈夫。これできっと、大丈夫だ)
台に眠る子供の瞼が、ゆっくりと開いた。彼は体を起こし、ぼんやりと周囲を見回し。その瞳にフェネアンの姿を映すと、キョトンと首をかしげる。
「よぉ、ガキ。……解るか」
煙草を咥えたまま、疲れた表情で、問いかけた。返答はなく、首を傾げ続ける子供にフェネアンは深く俯いてしまう。頭を掻き毟るその顔にシャルは不安げに彼を見上げた。
「やっぱり……初期化されたドールは、バンボルは……バックアップなしじゃあ、中途半端なデータじゃ……」
「ふぇね、あん、さん?」
小さな声が、耳に届いた。勢いよく顔を上げると台に座る彼は精一杯腕を伸ばし、嬉しそうな笑みを顔いっぱいに浮かべている。
「フェネアンさん!」
「トレートル……。このガキ、このオレに手間かけさせやがって、いい度胸だ! この野郎!」
フェネアンは伸ばされた手を掴み、体を引き上げると肩に座らせた。そんな二人の顔面にシャルは小さく笑うと部屋を後にする。
ファルケ研究所所長に所持バンボルが出来た。と言う話を聞くのは、そう遠くはない未来になりそうである。




