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音声も、ひどく古いものだった。ガザガザとノイズ交じりに話す男性は杖に寄りかかるよう立っており、時折咳き込んでいる。
<彼は私の息子としてこの世に誕生した、私の人生を掛けて作った……ドール初の人工頭脳を搭載した可愛い子供だ。学習する、ドールだ>
全身の血液が逆流したのではないかと思うほどに、心臓が大きく跳ねあがったのを感じた。トレートル・セルヴォ。それは、ここまで共に旅をしてきたこの子供の名前である。
<だが彼が誕生して数年の後、ドールの技術が発達して中央管理室にあるコンピュータから各研究所へ電波を飛ばし、研究所が受信した電波からその研究所が企画し開発したドールへ電波を送れるようになった。世界がそれによってつながり、彼らが最も恐れるべき病……コンピュータウイルスも、伝染しやすくなってしまった>
自然に膝を折り、トレートルの前に座ると、フェネアンは彼の顔を見上げた。その動きを追うように視線が動いただけで、そのほかの反応は一切ない。
<もし、世界中のドールがウイルスに侵されてしまったら? 全研究所が全力で対応しようとも、人々の混乱は免れないだろう。そこで私は息子をセキュリティドールとして作り直した。管理室のコンピュータに彼の掌から発する電波を受信することで、全てのドールが初期化するよう設定をした。……トレートルも初期化されてしまうが、仕方がなかった>
「……黙れ……」
球を握る指が痙攣し、手の甲に血管が浮いた。乾ききった口からは自身が発したものとは思えないほどか細い声が漏れ、冷たい汗が頬を伝う。
<息子はドールから電波を受信できないようにした、そして世界のドールが三十体以上同時にウイルスに感染した場合のみ、起動するようにした。初期化に成功した今、彼の体内にあるエネルギーが消えると再び眠りにつくだろう。だがそれが彼の使命だ、どうかかなしまないで……>
「黙れ! このクソジジイ!」
大きく腕を振りかぶり、対面の壁へ向け、フェネアンはその球体を力の限り投げつけた。それでもその老人は淡々と話し続けており、肩を震わせながら蹴り飛ばす。
「何が……使命だ。なにが仕方のないことだ何が悲しまないで、だ! ふっざけんな!」
フェネアンの咆哮にも、トレートルは一切の反応を示さず静かに見ていただけだった。二度の衝撃には耐えられなかったのだろう、球体にはひびが入り立体映像も揺らいで消える。
思えば彼は、自分の前で食事をすることがなかった。常に自分より先に目を覚まし、夜は自身が煙草を吸いたいために先に部屋から出るので、その間に取っているのだろうと思っていた。
思えば彼は他のバンボルと口を利くことは絶対になかった。ただの人見知りなのだろうと思った、どうして中央管理室から初期化が出来ることを知っているのか不思議に思った、だが彼のおじさんがその製作に関わっているのだろうと、それならば彼が知っているのも納得が出来ると結論付けた。
――始め、自分と口を利くことなく戸惑っていたのは……己の目にバンボルが使われていたからだろうと、今なら解る。地図を見た時に持った違和感は、研究所の管轄地域が現在と違っていたことだった。
「……どっかでは気づけた、はずなのになぁ……。職員失格だ……」
弱々しい笑みからは乾いた笑いしかもれず。フェネアンは壁に背を任せ、頭を抱えるよう床に座り込んだのだった。




