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プログラミング室のコンピュータをフル稼働させバックアップを取ってしまうと、フェネアンはトレートルの手を取り廊下を歩き続けた。正面に重々しい扉が見え始め、副局長の職員カードを手にする。
扉の隣にあるパネルにカードで触れると、音もなく横に開いた。室内を見て唖然とし、カードを落としそうになるのを慌てて拾い上げる。
管理室の中は小奇麗で、小さめの機械が三つ、四つポツンとあるだけだった。むき出しになったコードだけはゴチャゴチャと床を這っており、足を取られないよう気をつけながら進む。
「ここが、中央管理室……? 随分古い……あ、トレートル!」
突然フェネアンの手を放し、トレートルが走った。彼は一番奥に置いてある機械の前で立ち止まると、簡単な鍵で止めてあるプラスチック板を遠慮なく剥がして放り投げ、くぼみをジッと見つめる。そのコンピュータの上部には地図が映し出されており、フェネアンは首にかけている球体を外しながら目を細めた。
「これは各研究所の所在と……管轄、か? でも、なんか……」
「フェネアンさん、これで初期化が出来ます」
トレートルの、どこか凛とした声に、フェネアンは視線を落とした。トレートルは手を伸ばしており反射的に肩の上へ座らせてやる。すると頭にきつく抱きつき、言葉なく、深呼吸を繰り返していた。
「おい、どうした」
「……ありがとうございました」
ポツンと呟き、肩から飛び降りたトレートルは窪みに手を乗せた。その窪みから閃光がコンピュータを這うように上へと駆けて行き、眩しさにフェネアンは咄嗟に顔を腕で覆う。目を庇いながらも薄く目を開き様子を眺めていると、閃光は天井を突き抜けていった。連動するように別のパネルが点灯して外の様子を映し出す。
セントラルに来た時、あまりの寒さに建物へ飛び込むよう入ったが、そう言えば建物の屋上に設置してある巨大なパラボラアンテナが、チラと目に入っていた。点灯したパネルにはそれが映し出されており、閃光がそれに到達する。
それ以上ことは起きず、フェネアンは眉を顰め、部屋の中を見回した。自身が探した物が背後にあり、飛びつくように腕を伸ばすと荒々しくキーボードを叩く。真っ先に画面に映ったのは、嫌悪を催す、毛が薄くなりつつある後頭部だった。
「てめぇはお呼びじゃねぇんだよハゲ!」
『! アポートル! 貴様っ、いきなり通信を繋いできておいて一言目がそれか!』
「なんでうちの研究所は所長室と通信室が合併してんのかねコン畜生が! 今日ほど怨めしく思った日はねぇや、シャル出せシャル!」
牙をむきながら怒鳴るフェネアンに所長も頬を震わせ、口を開きかけた。だが顔面に手が置かれ、引き落とされるように画面からログアウトしていく。
『あぶねぇえ! 所長が館内放送マイクをオンにしててよかったあ! お前、今どこに居るんだよ! タブレットはどうした!』
新人二人が所長を引っ張るようにして部屋から連れ出し、シャルが画面の前に座った。フェネアンは背後のトレートルの様子を気にしながら頭を掻き、目を細める。
「事情その他はまとめて話す、今はセントラルの中央管理室だ、タブレットはぶっ壊した。バンボルはどうなった!」
『一応町の人たちにも事情を話してたから混乱はしてないけど、全部プログラムの初期設定に戻ってるよ! 成功したんだな!』
シャルの言葉に、フェネアンは長く息を吐き出した。無意識に煙草を唇に挟むとライターに手を伸ばすが、それを止め、苦笑する。
「帰るのは、もう少し遅くなるぜ」
煙草をしまうと、白衣のポケットに手を突っ込んだ。自宅を出た頃は膝下まであった服は太ももの半ばほどになっており、狭い室内を見回す。
「じゃあ。……今度はデータを持ち主に返すのが大変だろうが、頼んだ」
『ちょ、おい、アン……』
慌てているシャルをよそに通信を切り、フェネアンはトレートルの元へ向かった。トレートルは未だに窪みへ手を置いたまま動いておらず、頭を掻くと体を抱えあげる。
「トレ、お前のおじさん……。……?」
トレートルの顔に、表情はなかった。怪訝に眉を寄せていると、いつ落としてしまっていたのだろう、例の球体から立体映像が現れた。腰が極端に曲がり杖を突いている白髪の男性の口元が動き、フェネアンはトレートルを降ろすと球体を拾い上げる。
<トレートル・セルヴォをここまで連れてきてくれた者よ、感謝する>




