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「……はぁ?」
「一家に一体いるのは当たり前、企業でも多くのバンボルを購入している、だがそこらの消耗品とは違い! バンボルはそう簡単には壊れない、壊れたとしてもすぐに近くの研究所へ修理に出されるか、どこかの誰かのように無許可で勝手に修理されるか! これでは我々研究所職員は、どうやって稼げという、研究所を維持せよという!」
副所長が赤面し、唾をまき散らしながら怒鳴る一方、フェネアンは自身から何かが冷えていくのを感じていた。トレートルはバンボルの群れから距離を取ろうとしているのか白衣の中にスッポリ収まってしまい、煙草の灰を携帯灰皿に落としながら背を叩いてやる。サラリと混ぜられた嫌味も、耳を吹き抜けていった。
「そう憂いていたところに、このウイルス騒ぎだ。総務局長も底辺の視察で不在、このチャンスを逃してたまるものか! 全てのバンボルを廃棄してしまえば、再び買うしかなくなる。また我々職員は稼げる……」
「ただでも一般企業より金もらってんのに、これ以上もらおうってか」
吐き捨てるような口調に、副局長はギチリと奥歯を噛んだ。フェネアンは三本目の煙草に火をつけながら眉間に眉を寄せる。
「大体、普通の会社でもらう年収は平均四百万から五百万、大企業のトップクラスで八百万から九百万。官庁でも七百万前後だぞ。それに比べてオレらがどんくらいもらってると思う? 一千、万! 下っ端職員でそれならてめぇら所長クラスだとどんだけもらってんだ。一千五百万? もっと? それでもなお足りねぇってか!」
「我々にも家族がいる、ならば仕事で稼ごうと思うのが何が悪い!」
「ふっざけんな! てめぇらの私利私欲のためにこき使われるなんざ死んでもゴメンだ、それに、家族がいる、だぁ? バンボルだって所持者にとっては家族だろうが! 他人の家族奪ってまでそのまんまの額が欲しいなんざ……脳みそ腐り果ててるな! 研究所の維持費だと? バカでかい給料削りゃあ良い話だろ! たかだかバンボル弄れるくらいで無駄に高いんだよ、給料が。それに聞いてりゃなんだ、総務局長帰ってきたら一発でばれそうなウソばっかじゃねえか!」
「貴様さえいなければこの反乱も気づかれずに済んだものを!」
廊下一杯に響き渡るフェネアンの声をかき消すよう、さらに上を行く声量で副局長は唾を飛ばし叫んだ。肩を激しく上下に震わせ憎悪を露わにする表情、血走る眼でにらみ上げているが、そんな顔は不良時代に見飽きたと呆れた風にため息をつく。そうしながらも、白衣の下で背を震わせているトレートルの背を叩くことは、止めなかった。
「私に賛同しなかった職員を皆捕え、賛同した職員一同にはセントラルの指示だとバンボルと廃棄させる、捕えた職員たちには刃向ったらバンボルを使い家族に痛い目を見させると脅していた、全ての罪は奴らに押し付けるつもりだった! そして私は反乱者に反対の意を唱え捕えられていたと、賛同者に証言してもらうという筋書きさ!」
「アホらし……。それで通ると本気で思ってたんなら脳みそが花畑になってるぜ。それにオレがバンボルを操作するパネルぶっ壊したから、人質もへったくれもなくなったわけだ。結局てめぇは、てめぇの懐を温めたかっただけじゃねぇか」
「貴様のような下っ端職員に何が解る! それも……不良上りが!」
白衣の中からトレートルが飛び出し、副局長へ向かい走った。瞬間鈍い音が自身の鼓膜を殴り、フェネアンは咥えていた煙草をポトリと落とす。副局長の手には肘下ほどの短い棒が握られており、トレートルの体が廊下の壁に叩き付けられたのだ。腹をそれで打たれたのだろう、彼は腹部を押さえて蹲ったまま動かない。
「ガキが、邪魔しやがって……っ!」
忌々し気にトレートルを睨んでいると、腹部を衝撃が襲った。廊下に背が付いたかどうかわからないうちに胸倉を掴まれ体を起こされると、今度は鳩尾に鈍痛が走る。咳き込む暇も与えられず体を持ち上げられ、壁に全身を叩きつけられ。手に持っていた唯一の武器は、無表情のフェネアンの足元に転がってしまった。




