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廊下を歩きながらいくつかドアを開いてみたが、特に誰がいるわけでもなくフェネアンは歩き続けた。警報機が鳴っている様子もなく、怪訝な表情を浮かべる。
「フェネアンさん、どうしたんですか?」
「職員が少なすぎる、ファルケみたいな管轄区に街や集落が三十ほどしかない研究所でさえ五十人近くいるんだぞ。なのに研究所を統括しているセントラルでこんなに少ないわけがない、挙句に不在の総務局長。何が起きている?」
「あ、フェネアンさん! 何か聞こえます!」
フェネアンの言葉にかぶせるように言ったトレートルは、耳に手を当てていた。緩く瞼を閉め、集中している彼にフェネアンは足を止める。
「……むこーうの方から……」
「案内出来るか」
「頑張ります!」
ビッと、指をさされている方向へ、フェネアンは歩き始めた。
指の通りに歩いて行くと一つの扉の前に行き当たった。トレートルはなおも指を指しており、フェネアンの耳にもやっと物音が聞こえるようになった。扉を見てみるも特別に複雑な鍵はかかっていないようで、扉自体も木製である。
それを確認するとフェネアンはトレートルを肩から降ろし、少し離れた。
全身をバネにして扉を蹴破ってみると、だだっ広い空間に多くの白衣姿が見られた。彼らは蹴り開けられた扉に背を震わせて怯え、振り返った。そんな彼らの手首に掛けられている物に、フェネアンは眉を寄せる。
「ここで一体何が……」
「きみはどこから来た職員なんだ!」
「今バンボルのウイルス騒ぎはどうなっている、他の研究者たちは!」
「総務局長はまだ戻られないのか!」
フェネアンがセントラルの職員ではないと解ったのだろう、手前にいる職員たちが詰め寄ってきた。それぞれ違う大陸の言葉で叫ぶように話しており、フェネアンはその中で白衣にインカムのマイクをつけている職員へ目をつける。
「おい、ちょっとそれ貸せ」
「! き、きみはランケの職員なのかい?」
「違う、お前がランケのマークをつけてるからランケの言葉で話しただけだ。一々別の言語で同じことを繰り返し話す手間省きたいからそれを貸せっつってんだ」
奪い取るようにインカムのマイクを取るとそれを分解し、室内にある放送用のスピーカーへコードをつないだ、一言、二言話してみると無事に部屋いっぱいに響いているようでフェネアンは息をつく。
「オレはファルケ研究所プログラマーだ、ファルケ、オイレ、メーヴェ出身の奴、またはインカムを持ってるやつらは後で他の連中に事情を話してやれ。セントラルの中央管理室にあるコンピュータからバンボルの初期化が可能だと知って、ここまで来た。……セントラルで今何があってんだ? てめぇらの出身地の公用語で話せ」
フェネアンの言葉に、彼らは思い思いに起きた出来事を話し始めた。トレートルはフェネアンの白衣の裏側にすっかり隠れてしまい、そんな彼の頭をポンポンと叩いてやる。
総務局長が不在の理由は、底辺の研究所の視察に行っているからという事。ウイルス騒ぎの発端はたった一体のバンボルの、プログラムのエラーによるものだ、という事。そして一部の職員たちが総務局長の不在をいいことに『反乱』を起こし、ウイルスに感染した全バンボルの廃棄を命じ、それを止めようとした職員たちをここに閉じ込めていた、ということ。彼らの話を聞き、解ったのはそれくらいだった。
「底辺の研究所の視察? 総務局長様自らかよ」
「……きみ達一般職員が底辺の研究所についてどんな話を聞いているかは分からないが、底辺と言うのは『最低の研究所』ではなく、惑星の底辺……磁場がここから流れ落ちる方向のことを言っているんだ。だからあそこにも我々セントラルの職員はいる」
「は……。オレら職員がセントラルの施設、まして中央管理室に入ろうものなら底辺の研究所に送られる、って聞いてるぜ? もしくは職員カードの剥奪、バンボルへの干渉の一切の禁止か」
「そんなことはない、よほどな禁忌を犯さなければそんな処罰は与えない! だが……まだセントラルほど開発はされていないから生活は不便だ、船もここから年に二便、半年をかけて行くしかない。だから総務局長も視察の半年間は不在になるんだ、通信網もなかなか、そろわなくて……もしかするとそのせい……?」
「トンでもねぇ噂話だな、そりゃあ」
それならば、総務局長がわざわざ視察に行くのもなんとなく納得が出来た。ふと白衣の下から上着をグイグイと引っ張り下げられ、フェネアンは隠れる幼子を抱えあげ肩に座らせる。
「まあいい、反乱を起こした奴らの目的は解らないのか」
「解らない……きみはこれからどうするんだ」
「奴らの目的がどうあれ、やることは変わらねぇよ。あと悪いな……さすがにこの人数じゃ、枷、外してやれねぇわ。お前らで頑張りな」
なおも彼らは口を開こうとしていたが、フェネアンはそれ以上耳に入れようとはしなかった。




