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「――どうしましょう? フェネアンさん……」
話をするなり、トレートルは不安げに眉を寄せた。フェネアンも面倒くさそうに眉を寄せると腕を組み、低く唸る。
「マジでセントラルの連中が来た場合、確実にばれるだろうな。エトリック・アポートルの、息子。……オレは奴らのせいで研究所に押し込められてるんだ、ばれないわけがない」
「やっぱり、無茶しない方がよかったんじゃ……」
「シャルが言っていたんだが、そもそも研究所職員は乗船できないようにされていたらしい、なら遅かれ早かれこの手を使うことにはなったさ。……船が停泊するのは夜中だってこともさっき聞いた、ならその前に手を打てればいい、んだが……」
と、フェネアンはタブレットを取りだし番号を入力した。一度深呼吸をするとタブレットを耳に当て、相手の応答を待つ。
「――へい、フェネアン! この間はごめんね、きみが車を嫌っているのは知っていたのに、あんなことしちゃって……」
「グラン! よかった、へそ曲げられて電話に出ないんじゃないかと焦ってたところだ」
「ヤダなぁ、きみがファルケに勤め始めてからの仲じゃないか! あれくらいでヘソなんか曲げないよ」
電話口の声は明るく、偽りのないものだった。フェネアンはとりあえずそれにホッと息を漏らし、トレートルの隣に腰を降ろすと表情を引き締める。
「すまん、チッと危ないことになってる」
「! どうしたの? なにが?」
「今ランケ行の貨物船に乗り込んでるんだが、海上でセントラルの連中の検査が入るらしい、オレのことだ、たぶんバレる」
「乗り込んだ! 一体どうやって? ここ数日の話だよ、ランケ行の規制が厳しくなったのは」
トレートルは耳をタブレットに近づけ、グランとフェネアンの会話を真剣に聞いていた。だがフェネアンがシャルにしたのと同じ説明を彼にすると、受話器の向こうで乾いた笑いが聞こえ始め、思わずクスリと微笑みフェネアンからにらまれる。
「イヤぁ、やることがメチャクチャなのは変わらないね!」
「そりゃどうも。……今こっちは海の挙句、お前の管轄じゃないからどうしようもないことは解ってる、だからこっちのことはこっちで処理する。グランには別のことを頼みたい」
「……ボクに出来る事なら喜んで。何をすればいいの?」
フェネアンが彼に頼んだのは、たった一つ。『各研究所と連絡を取って、自分の指示がどこまで通っているか、どこまで終えているかを知らせてほしい』というものだった。それは彼がすでにセントラルのすぐそばまで来ていることを、暗に証明している。
それを察したのだろう、電話の向こうで、グランが息を呑み込む音がした。
「解った。……きみはこれから、どうするの?」
「解んねぇ。セントラルの連中がどう出るかによるな。なぁに、オレだ。心配することはねぇよ」
「連行されることになっても?」
「そんなヘマしねぇよ。……じゃ、こっちは一応警備員姿で忍び込んでるんでな、そろそろ見回りでもしに行くわ」
「まだ警備員の格好してるの? なんて不似合いな!」
今度は先ほどの笑いと違い、愉快そうな声が響いていた。プルプルと跳ねる前髪を震わせムスッくれるフェネアンはよそに、ヒィヒィと苦しそうな呼吸音すら聞こえている。
「アン、本当に気を付けるんだよ。ボクは君の事諦めてないから」
「ハッハッハ、サッサとファルケなんかクビになってお前のところに世話になった方が、楽しそうだ。じゃあ、頼むぜ」
電話を切り、タブレットをベッドの上に放り投げた。天井を見上げ、そのままの格好でトレートルの頭を撫でる。
「……トレ坊、覚悟はいいか」
「かくご、ですか……?」
「乗り込むことになるぜ」
狭い船室でポツンと呟かれた言葉に、トレートルは押しつぶされそうだった。




