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フェネアンは自身が通すべき資料をザッと眺め、処理すべきプログラムを入力、削除してしまうと、シャルから預かったチップを白衣のポケットに放り込みサッサと荷物をまとめてしまった。周囲の人間はそんな彼に白い目を向けているが、フェネアンがジロリと一瞥すると、何事もなかったかのように視線を外してしまう。
そんな同僚に聞かれない程度舌打ちを零し、部屋を後にした。
(しかし、基本的に今あるプログラムは全部上層部が作り置きしているモノを使っているわけだから、別にプログラマーなんて必要ねぇよなぁ……)
家に着き、チップを自宅用のコンピュータに専用のコードを使って繋ぐと、画面いっぱいにアルファベットや記号の羅列が表示された。プログラミングの知識を持たない人がそれを見れば、意味のない、ただの文字化けした文章のように見えるのだろうが、フェネアンはサラッと目を通すとすぐに破損しているプログラムを修復する。そうしながらも手は自然と煙草に伸びており、無意識に火を灯すと、目を薄く閉じた。
(オレ達プログラマーがやる仕事なんて、研究所を総括してる連中が作り置きしてるプログラムに基づいて、研究部の奴らが企画して技術部の奴らが作った機械仕掛けの人形……バンボルに埋め込むチップに、記号の羅列を入力するだけだ。プログラミングの基礎知識さえありゃあ誰でも出来る)
プログラムを書き終えたチップを机の上に適当に放り投げ、白衣を床に脱ぎ捨てるとそのままベッドの上に体を任せた。衝撃でわずかにずれた眼鏡を片手で元に戻し、ベッド脇に常備している灰皿に灰を落とす。長らく掃除をサボっているせいだろう、煙草の山が積まれた皿から灰がこぼれ、フェネアンは舌打ちした。
「……ま、バンボルからチップ取り出すのと、チップとコンピュータ繋ぐ専用のコードが必要になること考えりゃ、やっぱ専門職と施設がいるか。不可欠データもあるしな」
だからと言って、自分をいつまでも無意味に拘束しないでくれ。
呟こうとした言葉は、声にはならず。不意に襲い来る睡魔に従うがまま、煙草をもみ消すと眼鏡を放り投げた。
翌朝、勤務開始時間ギリギリに研究所にたどり着いてみると、入り口に人の群れが形成されていた。フェネアンはそれに眉を顰めながらも、職場に入るためにはそこを通るしかないので渋々近寄る。
そこには人間のほかに、バンボルも群れていた。その中の一つにフェネアンは目を止め、グイと腕を掴み上げる。突然のそれに驚いたのだろう、ネコ型のバンボルの持ち主と思われる男性はフェネアンの服をきつく掴んだ。
「み、ミーアに何をするんだ!」
「るせぇ、オレはここの職員だ。こいつの手に着いているこれ……血か」
鋭く放たれる単語に、男性はサッと青ざめると数歩下がった。ネコ型のバンボルはキョトンと首を傾げたままフェネアンを見上げており、煙草に伸ばしかけた手を痙攣させるように止めると、ミーアを下におろす。
「バンボルにチップを埋めるとき、必ずプログラムされる条件がいくつかある。……その第一は、何があっても人間に危害を加えないこと、だ。バグったのか」
フェネアンは躊躇いなく、自身の白衣の裾を引き裂くと、ミーアの手を拭ってやった。それから持ち主に訊ねることもなくミーアの後頭部に手を伸ばし、部品を外す。
「何を……」
「おい、お前ら。持ってきたバンボルの型と容姿、出た異常を今から配る白紙に書いて行け、お前ら自身の名前と連絡先も忘れんなよ。おっさん、このチップは持っていくぞ。このバンボルが怪我させたのは誰だ」
「……オレの、息子だ。だ、だがミーアは良い子なんだ! 頼む、廃棄だけは」
「一般的に、バンボルを持つ者の義務として。条件の一つでも欠損しているモノ……第一の条件はさっき言ったな。第二にバンボル同士でのプログラムの修復、改ざんの禁止。第三に虚偽の表現の一切を禁止。それらの一つでも欠けたバンボルを所持するのは違法とされ、本来ならば問答無用で廃棄しなければならない」
男性が口を開きかけたのを、フェネアンは止めた。バッグの中から白紙の束を取り出すとそれを半分に引き千切り、この場にいる人々に適当に配っていく。
「……まぁ、お前ら、幸運だと思えよ。なんせお前らが最初に会った研究所の職員がこのオレだったんだからな」
視線を走らせるとフェネアンは白衣の胸ポケットから煙草を取りだし、火を付けた。口の端を吊り上げて笑うと、集まってくるメモ用紙と共に彼らのバンボルを自分の元に集めていく。夫婦でバンボルを連れてきたり、友人と来ていたりしていたのだろう。集まっている人間の数に比べ、バンボル自体の数は少なかった。




