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「ところでフェネアンさんはファルケ研究所の方なんですよね。見たところインカムも何もつけていないようですが、見えないくらい小さなイヤホンでもつけているんですか?」
「いや、全大陸の奴らがそろう……それこそ研究所同士の会議だったりならさすがに着けるが、個人でブラブラ大陸を渡る時には着けてねぇんだ」
何気なく放たれた一言に、おじさんは目を丸くしていた。逆にフェネアンは何でもないような表情で煙草の煙を吐き、目を緩く閉じる。
「言葉を覚えるのにもいいしな」
「ど、どこの研究所職員もそんなものなんですか? この世界、いくつ言語があるかわからないのに……」
「各大陸、地方の標準語だけ覚えればどうにかなるさ。ほら、おじさんもオレが『標準語』を話してるから、同じように標準語で話すだろ。……インカムなんて不安定なもんに頼ってて、職員をよくやれるな、とオレは思うぜ」
注いでもらったコーヒーを今度はチミチミと口に入れながら、フェネアンは長く息をついた。顔の前を踊る煙は、吐息なのか煙草のせいなのかわからない。
「あれ、どれだけ調整をしても訛りが入ったら誤翻訳をしたり、訳が分からない文章を流したりするからさぁ。それなら、こんな役立たずな道具なんか使えるか、なら自力でどうにかしてやろうじゃねぇかと。丁度大陸の言葉を勉強するのに、協力してくれた人がいたしな。他の連中は知らねぇよ」
おじさんの感嘆の声を耳に入れながら、フェネアンは小さく欠伸を漏らした。昼間に散々寝たはずだが、さすがに三夜連続の徹夜による疲れは、早々取れてはくれないらしい。
「いつもこのあたりで休むのか?」
「マチマチですねぇ。もっと手前だったり、進んだところだったり。ここら辺りで休むのは初めてです」
コーヒーにホッと息を入れ、星を眺めるようにしておじさんは言った。そんな様子にフェネアンは苦笑し、車輪に寄りかかったまま眼鏡を頭の上に置くと目を閉じる。
「アポートルさん、毛布は……」
「おじさんが使ってろよ。じゃあなければそのガキにでもかけてやってくれ、オレがその白衣使うから」
「白衣一枚じゃ寒いですよ、息が白いくらいですし」
「あー……研究所って結構変人が多くてさ、実はこの白衣にも仕掛けがあるんだ」
トレートルが丸まっている白衣を剥ぎ取り、おじさんから受け取った毛布を代わりに掛けてやりながらフェネアンは苦笑した。
「殺菌、自浄と保温作用がある。それなのに通気性も抜群だから夏場には涼しいとか言う訳の分からない代物だ。ちなみに作ったのは研究部の奴らな、本当いい意味でも悪い意味でも気持ちが悪い連中だわ……」
「……えっとぉ……今、結構研究所のお話を聞いているんですが、いいんですか? シュランゲ研究所の方々は絶対に、そういう話をしてくれないのですが……」
「いいんだよ別に。バンボル関係の深いところに突っ込みさえしなければこんなもん、知られても何の支障もないだろ。じゃあおじさん、明日も頼むぜ」
「はーい、じゃあアポートルさん、おやすみ」
「……おやすみ」
ふんわりと微笑みながら言うおじさんの言葉に、フェネアンはどこかぶっきらぼうに、照れくさそうに返事をすると白衣に丸まり、車輪に体を任せるのだった。




