7-2
翌朝、フェネアンは荷物とトレートルを抱えて荷台に乗り込み、一家に礼をした。メモ用紙に数字を書き込み、それを青年に渡す。
「オレのタブレット番号だ、何かあったら電話しろ。出来る限り対応してやるよ」
「ありがとうございます! えっと、セントラルまでの道のり、お気をつけて!」
「バーカ、誰に言ってんだ。単身乗り込んで研究所襲うような奴だぞ」
喉の奥でカラカラと笑うと青年も笑い、つられるようにして家の人たちも笑っていた。父親が手綱を取ると馬たちはゆっくり歩き始め、フェネアンはトレートルを膝に座らせるよう胡坐する。パカパカと蹄が地面を蹴って行く音が、騒音に塗れている街中とは違い心地よい。
「なー、おじさん。これ、何を運んでるんだ?」
「野菜とか、町の特産品だよ。ドライフルーツなんかは割と有名なんです」
「へぇ、知らなかった。隣の大陸がデカ過ぎてオレ達みたいに小さい大陸の産品は埋もれちまうからな。また来る機会があればもらうわ」
「あっはっは、一日かけて行くんですよ、休憩しながら。是非食べて行ってください」
嬉しそうに言う彼に勧められ、フェネアンは口に煙草をはさんだ。トレートルもそそくさと馬の方へ行ってしまい、思い切り煙草の煙を肺に満たす。
「果汁酒も中々いけますよ、どうですか?」
「あー、悪い。オレ、酒は飲めねぇんだ」
「え、それだけ煙草は吸うのに?」
「……ま、こいつもほぼ、ある奴への当て付けで始めたようなもんでな。今じゃ手放せねぇけど」
苦笑すると、トレートルが微かに目尻を下げたのが見え、フェネアンはため息交じりに煙を吐き出すと後ろを向いた。流れる紫煙に目を運び、眼鏡を上げて瞼を閉じる。
「それにしてもアポートルさん、馬車でよかったんですか? 私たちのバンボルを取り返してくれたんだ、一言声を掛ければ車を出してくれる奴はいくらでもいたでしょうに」
「逆に、もしレザールまで車で行くんだったらオレは歩いてたよ。……あいつは全部奪って行く」
短くなった煙草の吸殻を灰皿に入れ、荷台の中で横になった。小さく欠伸を漏らし、背伸びをする。
「悪い、少し寝る―」
「ごゆっくり―。トレ君はどうするかい? おじさんと一緒に、馬さんを見てるかい?」
「はい、お馬さん見てます!」
元気のいい返事を耳に入れながら、フェネアンは白衣に包まるよう体を丸めると、長く息を吐き出して目を閉じた。
体を揺さぶられ、フェネアンは薄く目を開いた。瞬間に視界が歪み、慌ててきつく目を閉じると腕を伸ばす。手を取られ、掌に眼鏡が置かれたのを感じると、それをつけて目を開いた。トレートルが顔を覗かせており、心配そうに曇っている。
「フェネアンさん、大丈夫ですか? もうお外は真っ暗です」
「マジで……。今、どのあたりだ? 何時くらい?」
「明日のお昼くらいには港に着きますよー。七時くらいで、もう日も暮れて月が昇ったので、今日はこの辺で休もうかと」
紙コップのホットコーヒーを渡され、白衣から這い出るとフェネアンは体を起こした。思った以上に眠り込んでいたらしく、緩やかな弧を描く三日月へ目を細める。
「……ちょい待ておじさん、今ここら辺りで休むって言ったか?」
「えぇ、馬たちもいますし」
「あの……あのな、おじさん。宿泊施設に一言、言えばいいんだ。馬は一応、車両扱いなんだからさ……。いくらなんでもこの何にもないところで馬車一つ、野宿することはねえだろ! もっと早く、もっと早くオレを起こせ! 宿代ぐらい持つわ!」
何気なく月を見上げ、周囲に目を走らせてみると、畑や遠くに見える山、ずっと続いている道の他には一件の施設も見受けられなかった。すぐに眼鏡を調節して遠くを見てみるが、少なくとも後方に見える宿泊施設に行くまでには夜も明けてしまいそうで、前に進むにも施設がない。どうやら町と町をつなぐ道のほぼ中央にいるらしく、フェネアンは頭を掻き毟った。
「なぁ、いつもこうなのか?」
「そうですよ。ほら、町の明かりから離れて、星空が綺麗でしょう? ボーっと夜空を見上げるのが好きなんです」
湯気が立つコップを両手で包み込むように持ち、鼻の頭を赤く染めながら微笑んでいた。フェネアンも釣られるように空を見上げてみるが、首を振るとコーヒーを一気に飲み干す。喉を撫でる苦味が目を冴えさせてくれ、自分を起こした代わりに船を漕ぎ始めているトレートルへ白衣を放り投げると地面に立った。吐息は白く消え、どうせ同じ色ならと煙草を咥えて火を灯す。
「静かでいいですし。あ、もう一杯コーヒーをいかがですか?」
「サンキュ。……まぁ、たまには喧騒から離れてみるのも、悪くはないな。全部自然だ」
と、荷台の車輪に背を預けるように地面に腰を降ろし、いつか船の上に居た時と同じよう夜空を見てみた。
やはり自分には星が眩しい。




