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次の瞬間に腹部を蹴り飛ばし、床に倒れ込む所長が起き上がる前に鳩尾へ踵を乗せた。見下す表情は鬼のごとく、トレートルもフェネアンに近づかずに固まっている。
「……泣いてんだよ」
「貴様、何を……」
「ガキが泣いてんだよ。バンボル取られたと、大事なもん、無理やり奪われていったと」
仰向けに倒れている所長がわずかにでも体を動かせば、フェネアンは踵にグッと力を込めてけん制した。最初に相手をした警備員たちは流石に目を覚ましていたが、実質所長を人質に取られているようなものなので手出しを出来ないでいる。
「は……狂犬が一々、一般市民に、それも子供に同情するのか? 笑い種だな」
小馬鹿にしたような声音を出すと、足に力が込められた。不意のそれに呼吸がわずかの間止まり、激しく咳き込む。そんな彼を冷たく見据え、煙草の灰を体の上に落とした。
「同情するわけねぇだろ、あんなクソやかましい生物。耳障りなことこの上ねぇ、オレはな……ガキは大っ嫌いなんだよ!」
足をわずかに浮かせ、全身に力を込めるよう振り下ろした。それは鳩尾を大きく外して床を踏み鳴らしながら顔の横に落ち、耳をかすめたのだろうか所長は悲鳴を上げ両手で押さえている。
「ちぃっとしたことでギャーギャーピーピー泣き叫ぶわ、意味不明な行動はとるわ、力も知識も知恵もねぇくせにシャシャリ出てくるわ! あそこまでうるせぇナマモノが好きな奴の気が知れねぇな! 鼓膜潰す気か、あ!」
肩口を、腹部を、足の付け根をかすめる様に床を鳴らしていき、怯んで声も出せずにいる所長の顎をつま先で突いた。
「そんで? どうせ何してもやかましい生き物なんだからよ……同じやかましいんなら、笑ってりゃいいだろうが。バカみてぇに、ドン引きするぐらいに。アホみてぇに狂ったようによ! それをてめぇ何泣かしてんだ、オレが一番腹立ってんのはそこだ!」
靴の底を喉に当て、つま先をクッと上げた。短い呼吸を繰り返している所長を気にすることもなく、火が付いたままの吸殻を胴体に放ると再び煙草を呑む。
「さ、返事聞かせてもらおうか。……大人しく、回収しまくったバンボルを所持者に返せ。無論ウイルスは消去して外身も全部修理してからな。そんでおとなしく、オレが出している指示に従え、副所長辺りに聞けば内容は解るだろ……それとも、ここで解らせてやろうか?」
腹部に乗った煙草を払い、足をどかそうともがいている所長を見て長いため息をついた。ふと白衣の端を掴まれ、視線を下に向ける。トレートルが震え、深くうつむきながら立っていた。フェネアンは眉間に深く刻んでいたシワをわずかに緩め、震える子の頭に優しく手を乗せると体を抱えあげた。肩に座らせ、煙草を灰皿に落とし、足の力を少し緩める。
「今から五つ数える。その間に返事をよこせ、じゃあなければお前たちがバンボルにしたよう……足を砕いて喉を潰す。異論は受け付けん、五、四、三、二」
「わ、わかった! 君の言うとおりにしよう!」
唾をまき散らし、顔からはすっかり血の気を失いながら所長は叫んだ。その返答にフェネアンは低く喉を鳴らして笑い、足を除ける。
「わかりゃあ良いんだ。……おいコラてめぇら、所長様直々のお言葉聞いてなかったのか! さっさと回収したバンボルの修理とウイルス消去の作業に移らねぇか、もう一度、伸されてぇか!」
その咆哮に、成り行きを眺めていた職員たちは飛び上がり、振り返りもせずに駆けていった。その背を見て満足げに口角を上げ、未だ床に寝そべっている所長の首元を掴むと二の腕に力こぶを浮かべながら、体を持ち上げる。
「いいか、よく聞け。バンボルは便利な道具でも玩具でもねぇ……ある奴にとっては一つの思い出で、ある奴にとっては大切なもので、かけがえのないものだ。アレ一つ奪われただけで体に風穴空けて、生きる糧を失うやつもいるだろうよ。……オレらは日常的にアレに接している、から、それを忘れる。二度と忘れんな」
床に叩き付けるように手を離し、フェネアンは所長から離れた。床に座り込んでいる警備員などに蹴りを入れながら出口に向かう。
「……フェネアンさん」
「あ?」
「子供、好きなんですね」
「意味わかんねぇ」
クスクスと口元を押さえるように笑い、ギューッと頭に抱きついて来るトレートルに小さな舌打ちを漏らすと。フェネアンはそのまま研究所を後にしたのだった。




