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予想外の事態だったとはいえ、次の大陸への船が出ている都市にまで送ってくれたのには感謝を覚えた。だがこの広い大陸で、いくら研究所職員専用の高速移動用道路が設備されているとはいえ、四つ隣の研究所の管轄へ一晩で移動したのかと思うと背が凍るのを感じる。一体どれほどスピードを出していたのだろうか。
船の便を見てみるとすぐに乗れるようで、フェネアンは職員カードを探した。だが受付の男性が妙な表情をしており、眉を寄せる。
「なんだ」
「今……シュランゲへ渡るのはお勧めしません」
「は?」
「あちらの大陸には、二つの研究所があることはご存知かと思います。その……今回世間を騒がせているバンボルのウイルス感染の対処法で、もめているようなのです」
どうやら、セントラルでの会議通りバンボルを問答無用で廃棄するか、フェネアンの指示通りにするかで酷い対立が起こっているらしい。職員カードが使えるのもここの大陸までらしく、フェネアンは舌打ち交じりに腕を組む。
「一応、クレジットも持ってきててよかったな……。セントラルに直接出る船は出てないのか」
「それが、中央管理室の方に命じられて、現在運航を停止しております。ランケへの船も休航中で……」
申し訳なさそうに言われると、小言を言う気も起きなかった。首からかけている球体を触り、トレートルの背を軽く撫でると眼鏡を軽く上げる。
「シュランゲへ行くしかねぇのか。どちらにしろ向こうの大陸には渡らないといけないんだ、そこへなら船は出るんだろ?」
「はい。……くれぐれもお気を付けください、研究所職員となれば……」
「フェネアンさん、だめですよ?」
「るせぇよ、さすがに見境なく噛みつかねぇよ」
フェネアンが何を言う前に肩に腰かけているトレートルに言われ、苦い表情で煙草を咥える代わりに飴玉を一つ、自身の口に放り込むのだった。
以前の渡海とは違い、大陸同士の距離が近いせいか二日も波に揺られると陸地が見えてきた。プカプカと煙草を噴かせながら手すりに寄りかかり、同じように手すりに腰を降ろしているトレートルのインカムを自身の耳に着けると再び弄っている。
「フェネアンさん」
「どうした」
「えっと……フェネアンさんは、フェネアンさんのおとうさんが……きらい? なんですか?」
「死してなおぶち殺してやりたいくらいには」
自身の周囲を氷点下に追いやり、地を這わせながら間髪入れずに放たれた言葉にトレートルは思わず苦笑した。なおもインカムを弄っている彼は、トレートルに煙草の煙が行かないよう体を捻っている。
「でも、どうしておとうさんのお名前を使っているんですか?」
「……んだよ」
「え?」
「両親、どっちも、アポートルなんだよ……」
調整を終えたのだろう、トレートルの耳にインカムを引っ掛けながら、フェネアンは煙を吐き出した。帰ってきた答えにトレートルは再び苦笑し、体を捩ると甲板へ降りる。
「ド畜生、滅多にいねぇ名前同士でくっつきやがって。勝手に名前を変えるわけにもいかねぇし、戸籍上問題が出てくるからな。ならもう面倒くせぇからそのままにしてるだけだ。一々こんなもんに振り回されてたまるかよ」
話をしているうちに船が港にたどり着いたらしく、船体が揺れると放送が流れた。フェネアンは甲板に降りていたトレートルをヒョイと肩に乗せると荷物を取り上げ、陸地に足をつける。




