プロローグ
「――今日から当研究所でお世話になります、ノイと申します。よろしくお願いします!」
「おー、ノイ君か。よろしくな」
ピシリとした白衣に身を包んだ青年が深く頭を下げ、コンピュータを操作していた者、資料へ目を通していた者たちはみな顔を上げた。それからふと周囲を見渡し、首をかしげる。
「あれ、プログラミングに入って来るのは二人だって聞いていたけど……来ているのはきみだけ?」
「あ、いえ。もう一人の奴は別の部屋に行っています」
「そうか。まぁ……うちの研究所には狂犬がいるから、気を付けておきなよ」
狂犬、という単語に、ノイは首を傾げた。彼に話しかけた男性以外の職員は苦々しい表情を浮かべながら仕事に戻り、話しかけた男性はノイに近づく。
「そそそ、この研究所の奴なら部署が違ってもみーんな知ってるやつ。ま、普通にしてたら被害を受けることはないんだけど、絶対に言っちゃいけない言葉が……」
ドッ、ズガアアアン、ガラガラガラガラ。
何かが壁に衝突し、続いて物が崩れ落ちる音が部屋の中に響いてきた。廊下の向こう側がその音の発生源ようで、ノイは何事かと目を丸くして部屋を飛び出す。
「ど、どうしたんです! なにが……」
「……やっちまったかぁ……」
ため息のコーラスと共に、各々頭を抱え、肩を竦め、緩々と首を振る、先輩たち。その反応にノイは直感的に、一体何者がその音を発生させたのか理解した。
「……狂犬……どんな人なんだ……?」
新人の背には、冷や汗しか流れない。