幼い頃の記憶 2
幾日か経ったある日。
「紅」
「なあに?甲斐君」
「俺、養子に行くことになったんだ。」
「ふーん、そーなんだ」
「この村から、出ていくんだ」
「ふーん」
(ふーんって、わかってんのか?)
すると、兄がやって来た。
「甲斐二郎、紅ちゃんお前よりも年下なんだぞ。ちゃんと説明してやらんと」
「でも兄上、なんていったらいいか......」
「まだ発つまで時間ある、荷造りは俺がしておいてやるから、ちゃんと話してやりな?大切な幼馴染だろ?」
「わかった......」
兄は俺の背中をドンっとたたくと行ってしまった。
「痛っいなぁ」
紅は地面のタンポポを触って遊んでいた。
「見て見て甲斐君!ありんこ! 」
「う、うん。ねぇ紅、ちょっと散歩しない? 」
「行くー!はいっ」
紅は当たり前というように、俺に手を差し出した。俺はその小さな手を掴んで歩き出した。
「お兄ちゃんと何話したの? 」
「ん?何でもないよ」
「どこいくの? 」
「なーいしょ」
夏の日差しが照る中を、二人はしばらく歩いていた。
ううっ...えっく...
すると、後ろから泣き声が聞こえた。
「え?紅?どうしたの? 」
「甲斐君、どっか行っちゃうの?もう一緒に遊べないの? 」
(い、今頃?)
「紅、上見て」
紅が見上げると、そこには大きな黄色い花が咲いていた。
「わぁ、大きい! 」
「この花、向日葵っていうんだって」
「ひまわり? 」
「そっ」
いつのまにか紅の涙は引っ込んでいた。
「ねぇ、紅」
「ん? 」
「俺の父上、この前の川の氾濫の時、へましちゃって、切腹したんだ。母上も俺達置いて...どっかに消えちゃった」
紅のぱっちりした目が、俺を見つめる。
「だからさ、俺は新しい父上と母上のところに行かなくちゃいけないんだ。紅とはお別れしなくちゃいけないんだ」
「やだ、いかないで」
また、紅は目に涙を浮かべた。
「紅、泣かないで。俺、紅の笑った顔が大好きなんだ、俺が泣いてた時も紅が笑ってたから、なんか元気になれたんだよ。」
「ほんと? 」
「うん、紅の笑顔はこの向日葵みたいで見てたら元気でるんだ。だから笑ってて」
「わかった」
俺は紅を肩車した。
「すごーい!!凄いよ甲斐君!!向日葵がいっぱい咲いてる。ぜんぶ黄色だよー!! 」
「向日葵畑だからな!! 」
俺は紅を見上げた。紅は両手を広げて、満面の笑みだった。
「紅......お日様みたいだ......」
俺は、いつのまにか呟いていた。
「ん?甲斐君なにか言った? 」
「なんでもないよ!さあ、いくぞー」
俺は紅を肩車したまま、向日葵畑を走り回った。
「きゃぁー甲斐君はやーい!! 」
この小さなお日様を、俺は守りたいと思った。
日が昇る前、俺は出発した。途中まで兄がついてきてくれた。
「なぁ甲斐二郎、紅ちゃんに最後にさよなら言わなくてよかったのか? 」
「まだ寝てるだろうし、起しちゃ可哀そうだよ」
「向こうでは、礼儀正しくするんだぞ。たまに会いに行くからな」
「兄上も、奉公先で頑張ってください」
「おう!まかせろ」
「......――ん」
「なんか聞こえなかったか? 」
「え?」
「甲斐くーん、まってぇ――」
後ろから、トタトタと紅が走って来た。
「紅......」
「ふぅ、甲斐君これ持って行って! 」
紅が肩で息をしながら、俺に包みを渡した。
「お弁当、作ったの」
「こんな朝早く作ってくれたのか?」
「うん、甲斐君のお兄ちゃんから朝発つって聞いて......お腹すくと思って......」
「ありがとう、ありがとうな紅」
「うん! 」
「俺、紅の料理好きだぞ!!紅の料理は村一番だと思う」
「ほ、ほんと!?」
「うん、ほんとほんと、なぁ兄上?」
「ああ、紅ちゃんの味噌汁飲んだ時は驚いたなぁ。こんな小さな子でもあんな美味しく作れるなんてなぁ......あ、俺の分はないの?」
「あ......ごめんなさい、今作って来ます」
走り出しそうな紅を、兄が慌てて止めた。
「いいよいいよ、また今度で」
「あの、褒めてくれてありがとう。私ね、もっと色んな料理作れるようになる!」
「じゃぁ、次会ったら紅の料理たくさん食わしてくれな」
「うん。あとね、私も甲斐君が冬に作ってくれたお汁粉大好きだよ」
「ああ、一緒に食ったやつか」
寒い冬の日に、勝手にうろ覚えで作ったお汁粉を思い出す。確か兄上も一緒にいたような......
「はぁ!? 紅ちゃん、あんなとんでもなく甘い汁粉がおいしかったのか!? 」
「うん、すごくあたたまったよ」
「紅ちゃんって、舌が肥えてるんだか肥えてないんだか...」
「また、食べたいなぁ甲斐君のお汁粉」
「じゃぁ、もう行くね?もたもたしてたら着くころには日が暮れちゃいそうだから」
「うん、またね甲斐君」
「さようなら紅」
(そようなら......俺の小さなお日様)