第1章(6)
呼ばれた俺は、再び今朝のファンタスティックルームへと恐る恐る足を踏み入れた。今度は合法的に。
部屋の中は相変わらず、ファンタスティック。
フィギュアやそのポスターや本、ゲームなどがゴロゴロある。
俺が以前この部屋に入ったのは多分一年以上前――美咲がひきこもる前の話だ。
そのころのこの部屋は、至って普通の女の子の部屋って感じでこんなファンタスティックな世界が広がってはいなかった。
それが、この一年でこの変わりよう。なんだっけ? アニメのフィギュアとか集めてる奴。確か――オタクって奴なのか?
俺はそういうのには全く疎いので全くわからんが……。
「んで、話ってのはなんだ? この部屋のことか」
「……まあ、それも含めてなんだけどね」
そう意味ありげに呟くと、美咲は大きく深呼吸をし、
「――実は私、オタクなのっ! その中でも一番ハマってるのが『ハルカな彼女』っていうライトノベルで、人気作なの。今じゃ、アニメ化・ゲーム化もされるほど。その中でも私の一押しはやっぱりハルカちゃん! あの愛くるしい目、あの可愛さはいいわね。さらに――」
「……うん」
高性能マシンガンのように話し続け、止まる気配のない美咲に俺は唖然とし、あっけない返答を返すことしかできなかった。
とにかくコイツは、なにやら知らないがオタクで、その中でも『はるかな彼女』という学園ラブコメSFストーリーなるものにハマっているらしい。内容も話していたが、その時の俺にはさっぱり理解できなかった。
「何か感想は……! 何かないの? 驚いたとか、びっくりしたとか、驚愕したとか」
「……うん。それ、全部同じ意味だね」
「で、どうなの」
「……驚いた。驚いたよ。だって、一年前はこんなもんなかったし」
「それだけ?」
「ああ、そうだな」
「……そう。それだけなんだ」
そういうと、美咲は安心したようにうつむいた。
「でもな。学校に行かずにひきこもってんのには、俺は反対だ」
「だって……」
「お前な、将来どうすんだよ。このままじゃ大学も行けないし、仕事だってできないぞ。 学生の仕事は勉強だろ。お前今なにしてんだ」
「……自宅警備員」
「うん。確かに仕事名だな。でも、それ却下」
「にゃふっ……」
「あのな。せっかく俺と同じ高校に入学できたんだからよ。一緒に登校しようぜ? 楽しいこともあるぞ。友達もできるって」
俺はその言葉を言った瞬間に美咲の目から涙がこぼれ落ちていることに気がついた。
「……んじゃあ、友達がいるなら学校行く」
「え?」
声が小さかったので聞き返した俺に、美咲は泣いて真っ赤になった頬を膨らませ、大きく息を吸い、
「友達をつくってくれたら学校行く! だから、お兄ちゃん学校行くの手伝ってよ」
「――お兄ちゃんに任せとけ」
俺はそう言い放った。自信満々に。
その瞬間に美咲は泣くのをやめ、「そう……」と一言だけ呟いた。