第1章(1)
そろそろ夏の暑さが迫ってきて、日本列島全体が汗だるみになりそうな季節に差し掛かった7月のことである。
ピピピピピピピピ――
「ふぁあ――」
朝。それは、俺の極楽安眠タイムから毎日変わらず続く登校という一日の恒例行事、いわゆる現実へと俺を引きずり落とす苦痛の時間である。
この時間に思うことといえば、「眠い」「辛い」「面倒くさい」の苦痛三拍子だ。
「もうひと眠り……」
そうぼやきながら、俺、津路康介はジリジリとうざったく鳴り響く目覚まし時計を止め、今一度極楽安眠タイムへと舞い戻るべく布団にくるまった。
「康介、いつまで寝てるの。はやく降りてらっしゃい」
母親に急かされてしまった。
俺は、眠気でぼうっとしたまま機能停止状態の頭をなんとか働かせながら部屋の扉を開け、すぐ目の前にあるリビングへと続く階段の最上段に足をかけ、母親の待つ一階へと降りようとした。
その時、俺は不意に俺の部屋の隣の戸、つまり妹の部屋の戸が少しばかり開いていることに目が止まった。
なぜ、そんなことが目にとまったのか。始めに言っておくが、俺が妹の部屋に興味深々でいつも眺めていたので目にとまった、とかではない。 ただ、普段開いているはずのない部屋の扉が開いていることに少し驚いただけだ。
ひきこもりの妹は学校にもほぼ通っておらず、外にも出ない。しかも、家の中ですら滅多に出歩かないのであるから、そんな妹の部屋の扉が開いていることなどということは、何の変哲もない普通の高校二年生である俺がオリンピックで金メダルを偶然取っちまうほどに驚くべきことだ。
そして、つい魔が差してしまったんだろうな。俺は降りようと階段に足をかけていたのをやめ、寝起きのおぼつかない足でゆっくりとその扉の前に引き寄せられた。
目の前には、滅多に開くはずのない妹の部屋の扉。別名『開かずの間』(命名、俺)。
その『開かずの間』の隙間から微かに内部を垣間見ることができた。
覗きではない。ただ、目に入ってしまったんだ。その内部にある驚きの光景が。