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Bad Guys  作者: ブッチ
Kinky Love
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家を訪ねて

 その場に居る者の殆どの口が驚きによって開かれたまま動きを止めていた。そしてその視線は一人の、少年とも呼べないくらい年端のいかない男の子へと注がれている。

 一瞬で広場に沈黙の幕を下ろした張本人である男の子は、村の全人口に近い人数からの視線を一身に受けるという状況に気恥ずかしさを通り越して恐怖すら感じているらしく、その表情は不安げに歪み今にも泣き出しそうだった。


「シーザー…おお、シーザー!」

「お、お母さん…!」


 ミヒャエルの魔法を腹に受けて膝を突いていた女が、その眦に涙を浮かべて男の子の名を呼ぶ。それで男の子の方の涙腺も遂に決壊し、涙を流しながら両腕を広げる女の胸の中へと駆けて行った。

 男の子が女の胸の中に飛び込み、女が男の子の小さな身体を抱きしめる。そこで俄かに広場はざわめきを取り戻し始め、安堵の声や疑問の声などが飛び交い始めた。


「あぁ、シーザー! 大丈夫? どこにも怪我はしてない?」

「う、うん、大丈夫」

「シーザー!」


 女が男の子の髪を掻き上げながらどこにも怪我がないかを確認する。そこにミヒャエルと言い合いをしていた夫が加わわる。


「お父さん…」

「お前、今までどこに行ってたんだ! みんな心配したんだぞ!」

「そうですね、それは皆が気になっている点だと思います」


 男の子の頭を荒々しく撫でながら夫が問いかける。その直後、静かに家族三人の再開を傍観していたミヒャエルが男の子の顔を見ながら同じ質問をぶつけた。

 女とその夫の顔に浮かんでいた笑みが消える。それと同時に広場に戻りつつあったざわつきが再び引いていき、女と夫、そしてシューレを子供達の誘拐犯だと決めつけていた集団の顔に険しさが戻ってきた。


「何です? 別に何かおかしなこと言いましたか? これだけ騒ぎになったんですから、その原因を聞きたいと思うのは普通だと思いますけど? その当人も返ってきたことですしね」


 しかしそんな彼等の表情は意に介さずに、むしろ煽り立てるかのようにミヒャエルは微笑を浮かべる。そのミヒャエルの物言いに思わず夫の方が立ち上がりそうになるも、彼はそれを堪えると真剣な面持ちで息子の顔を見つめて改めて問い質した。


「いいか、シーザー。正直に話すんだ。お前は今まで何をやってたんだ?」


 普段とは違う父の態度に男の子は思わず困惑する。そして視線を父の顔から母の顔へ、そして父をそのように変えた張本人である僧衣を纏った金髪の青年の方に視線を向けてから、弱々しい口調で父の問いに答えた。


「えっと、その、遊んでたら眠くなっちゃって……それで、気付いたら干し草の中で寝ちゃってて……あの、その、ご免なさい…」


 男の子の口から最後に謝罪の言葉が出る。その言葉を引き出したのは他ならぬ、事の真相を息子の口から聞かされた瞬間に父の顔に浮かんだ、必死に恥辱に耐える表情だった。


「へぇー、寝ちゃってたんですか。まっ、子供ですもんね。そういうこともありますよ。うん、大丈夫ですよ、シーザー君。君は悪くないです。君は、ね」


 そこに嫌味っぽさを隠そうともしないミヒャエルの言葉が飛んでくる。夫と女の顔が跳ね上がり、憎々しげな視線をミヒャエルへと向ける。ミヒャエルはそれを全く怯みもせずに受け止めると、視線を彼等と共にシューレを糾弾していた連中へと向けた。彼等の表情も女とその夫の顔に浮かんでいるものと殆ど大差はなく、下手をすればすぐにでもミヒャエルに飛びかかりかねなかった。


「おい、皆、森への道なんだがあの野郎の言うと…お、り…?」


 そんな寒々とした雰囲気の広場に、先程ミヒャエルの言葉を確認しに行った男が戻ってくる。彼は慌てた様子で広場に駆け込んできたが、広場を満たしている雰囲気に気付くと段々と声を萎ませ、終いにはそっと周囲の見物人の中へと隠れてしまった。


「……まだ、他の九人の子供がいる」

「まだ言うんですか? 今しがたこんな酷い勘違いを犯しておいて? まぁ、どうしてもっていうんなら好きにすればいいです。ただし、今度はちゃんと証拠の一つでも用意してあるんですよね?」


 諦めきれないのか集団の中から小さく声が上がる。しかしそれも、返ってきたミヒャエルの言葉を受けるとたちまち霧散してしまった。

 やがて集団の中から声を上げる者がいなくなる。それでも少しの間は、まるでその場に残り続ければシューレがいつか罪を認めるとでも思っているかの様に、その場から離れようとはしなかったが、それでも誰かが「帰るぞ」といったのを皮切りに、事の発端となった家族を含めた彼等は重い足取りで広場を去ろうとし始めていた。


「待って下さいよ、まだやるべきことがあるでしょう」


 しかし、それをミヒャエルが引き留める。彼等は各々の家へと向けていた脚を止めるとミヒャエルの方を向く。ミヒャエルは全員が自分の方を向くのを待ってから彼等に告げた。


「謝って下さい、彼女に」


 その言葉の刹那、彼等の顔に呆気に取られたような表情が浮かぶ。それを見たミヒャエルは呆れた声音で言葉を発した。


「何て顔してるんですか。貴方達はシューレさんを勘違いの被害妄想から誘拐犯呼ばわりしたんですよ。普通は謝るべきでしょうが」

「あ、あの、私は別に大丈夫ですから…」


 彼等の表情から消えかけていた剣呑さがミヒャエルの言葉と共に戻ってくる。それを見たシューレは慌てた様子でミヒャエルを止めようとする。


「でもシューレさん…」

「いいんです、本当に。私は気にしてませんから…」


 ミヒャエルは食い下がろうとしたが、シューレの顔に浮かんでいる表情を見た途端に口を噤んだ。

 ミヒャエルの袖を引きながら彼の顔を上目使いに見上げるシューレの顔に浮かんでいる表情は真剣だった。彼女は真実、これ以上ミヒャエルが彼等を引き留めて言い合いを続けるのを望んでいなかった。


「分かりました…。ほら、何してるんです。とっとと帰ったらどうですか?」


 そんな彼女の表情を前にした瞬間に、ミヒャエルのとるべき行動は決まっていた。

 ミヒャエルは彼等からシューレへの謝罪の言葉を引き出すのを諦め、さっさと消え失せろとでも言わんばかりに手を振る。それを見た彼等は舌打ちをうつなり地面に唾を吐き出すなり、思い思いの行動でミヒャエルに対する嫌悪感を発露させながら広場から去っていった。

 シューレを糾弾しようとしていた集団が姿を消したのを境に、見物人として集まっていた人々も解散し始める。ミヒャエルは、いい退屈しのぎだったとでも言いたげな表情の見物人たちを冷めた視線で見送ると、自分の後ろに居るシューレに声をかけた。


「本当に良かったんですか、シューレさん。あの人達は貴女を貶めようとしたんですよ? 謝罪の言葉くらいは貰って当然だと思いますけど」

「いえ、いいんです。もう慣れましたから…。それより、ミヒャエルさんの方こそ殴られた所は大丈夫ですか?」


 言いがかりをつけてきた連中をそのまま帰してしまったことについてミヒャエルが彼女に問いかけるも、逆にシューレに先程腹に受けた拳のことを心配されてしまう。


「あれくらい、何ともありませんよ。こう見えて身体は意外と丈夫なんです」

「でも……本当にすいません、私のせいでこんな…」


 得意気な笑みを浮かべてミヒャエルが答えるも、シューレは本当にすまなそうな顔つきで頭を下げる。彼女が頭を下げるのを見たミヒャエルは慌てて頭を上げるように彼女に促した。


「何でシューレさんが謝る必要があるんですか。悪いのは勘違いの暴論で責め立てたあいつらであって…」

「しかし、私と一緒に居たからミヒャエルさんは…」

「シューレさんと一緒に居るのは僕が選んだことです。だから、貴女が気に病むことなんて何もありませんよ」


 ミヒャエルは優しげな声音でそう訴えるが、それでもシューレの気は収まらないらしく、おずおずとミヒャエルに切り出してきた。


「あの…お詫びとしてどうか受け取って下さい。こんなものしか用意出来ませんけど…」


 そういってシューレは小さな袋を取り出してミヒャエルに差し出した。

 彼女がその袋をミヒャエルに差し出した際に袋の中から聞こえた、微かな金属同士のぶつかり合う音で、ミヒャエルはその袋の中身が何なのかを即座に理解した。


「そんなお金なんて要りませんよ」

「そう、ですか…。しかし、これ以外にお渡しできそうなものは…」


 ミヒャエルはそっと差し出された袋を押し戻す。シューレは素直に袋を懐にしまうと、困った様な表情を浮かべて他に何か渡せそうなものがないか考え始めた。

 ミヒャエルはそんなに気付かれないように微笑を浮かべると、一つの提案を彼女にぶつけた。


「そうだ、ならシューレさんの手料理をごちそうして下さいよ」

「私の…手料理、ですか…?」

「えぇ。僕の連れは今この村の外に出てていないし、今夜はどうせ一人です。だから、出来たらシューレさんの家で一緒に食事でもしたいなぁ、なんて」


 ミヒャエルがそう切り出した瞬間、シューレの表情がはっきりと強張った。


(…下心まで読まれちゃいました?)


 その表情の変化をミヒャエルは逃さず捉える。そして些か強引だったかと思って心中で後悔するも、すでに状況は動き出しており、選択肢は押し進むか諦めるかの二つしかない。もっとも、わざわざ仕込みまでして手に入れたチャンスをふいにするなんてことは出来ない以上どちらを選ぶかは決まり切っていたが


「私の手料理なんか…」

「いえ、きっとおいしいですよ。それに、意味が有るのは気の許せる人と一緒に食事が出来るという点なんです。一番重要なのはそこなんですよ」

「でも…」


 シューレの言葉を遮ってまで言葉を重ね、ミヒャエルは彼女を説得しようとする。シューレは戸惑いながらも何か言葉を返そうとするが、それに合わせたかのように再びミヒャエルの言葉が重なった。


「お願いします、シューレさん。これも人助けだと思って」

「あぁ、ミヒャエルさん、そんな…」


 終いには頭まで下げだすミヒャエルに、いよいよおろおろと慌てだすシューレ。しかしミヒャエルは頭を上げようとはしない。


「……分かりました。では、今晩だけ」


 結局シューレはミヒャエルが下げた頭を上げさせることは出来ず、小さく溜息を吐いてミヒャエルの提案を受け入れた。


「本当ですか!?」


 シューレの返事を受けたミヒャエルが弾かれたように頭を上げて聞き返す。その相貌はまさしく喜色満面という言葉が相応しい状態だった。そしてシューレが困惑しつつも「えぇ」と返すと、ガッツポーズまでしてみせる有り様だった。


「そんなに…嬉しいんですか?」

「もちろん!」


 ミヒャエルが至って嬉しそうに返事を返す。シューレはやはりどうしたらいいのか分からなそうな表情を浮かべていたが、そこには先程までとは違い僅かに笑みが浮かんでいた。


「あっ、そういえば…」

「どうしました?」


 そんな折にふとシューレが思い出したように呟く。ミヒャエルがそれについて訊ねると、彼女は手にしていた籠をミヒャエルの方に差し出して見せた。


「今日お渡しする筈だった薬なんですが…どうしましょう」


 『フレハライヤ』に到着するなりの騒動で完全にシューレの頭から抜け落ちていたが、村に足を運んだ理由は村人に依頼された薬を渡す為である。

 本来ならば適当に家を巡って渡していき、代金を受け取ればそれで済んだ話だった。しかし、先程の騒動の後にいつまでも村に残って家々を訪ね歩くというのはあまり良い判断とはいえなかった。しかもシューレの記憶の限りでは、訊ねるべき家の中には先程の騒動の際にシューレを誘拐犯として糾弾しようとした側に立っている人間もいた。


「あー、そういえばその為に来たんでしたよね。でも、流石にこれから家を訪ねて回るっていうのは…」


 その上ミヒャエルの手によって最終的な結果はシューレを誘拐犯扱いしていた方が恥をかかされるだけ書かされて終わるというものになってしまっている。もしも律儀に家を訪ね歩けば、今度こそシューレに直接的な被害が及ぶ可能性の考えられた。

 シューレの手に握られた籠を眺めながら、ミヒャエルはどうしたものかと首を捻る。このままシューレと共に『フレハライヤ』から去るのが賢明だが、薬を売るのが彼女の唯一の収入源である以上もし薬を売るいい方法があるのならば是非ともやっておきたかった。


「あぁ、お二人とも、お怪我はありませんでしたか?」


 二人がこれから取るべき行動について考えを巡らせていると、不意に声が掛けられる。その声に反応して振り返ってみれば、村長がミヒャエルの方に歩いてくるところだった。


「いえ、私は大丈夫です村長さん」

「僕も特には」


 シューレが返事を返したのに続いて、ミヒャエルがシューレの時と比べて見るからにどうでも良さそうな口調で返事を返す。しかし村長はそんなミヒャエルの態度に気付くことなく、二人の目の前まで来ると頭を下げた。


「申し訳ありません、うちの村の連中が迷惑をかけて…」

「いえ、間違いだったということはもう分かりましたから、そんなに謝らないで下さい」


 村長が深々と頭を下げる。ミヒャエルはそんな村長とシューレのやり取りをじっと眺めながら心中で呟いた。


(そういえば村長さんはシューレさんの母親だったかに助けられたことがったんでしたっけ)


 ヴィショップが村長と会話を交わして返ってきた後に教えてくれた話を思い出して、ミヒャエルは先程の騒動の際に村長がシューレを擁護していたことに納得する。

 そんなことを考えている間に村長は頭を上げてミヒャエルの方に向いていた。


「エーカーさんも申し訳ありません…わざわざ王都から来て下さったというのに…」

「王都?」


 村長が上げた頭を再び下げてミヒャエルに詫びる。しかしミヒャエルの関心はそんなことよりも、シューレが村長の発した一つの単語に反応した方に向けられていた。

 ミヒャエルはまだシューレに、自分が『フレハライヤ』に来た理由を話していないのだ。それは彼女の行動の端々に見え隠れする警戒心故の判断であった。村の大半から自分が誘拐事件の犯人でないかと疑われている状況で、自分に急に近づいてきた人間がその誘拐事件を解決する依頼を受けて王都からやってきた人間だと知った時、それがにプラスに働くとは到底思えない。それが常に警戒の糸を数本張り巡らせているような女性ともなればなおさらである。


(話すとしても、二人きりの時の方がいいですね)


 私事の際にはミヒャエルの頭は実に早く回転する。それは今回も例外ではなく、聞き返してきたシューレに村長が答える前にミヒャエルは打開策を打ち立てて行動へと移していた。


「そうだ、村長さん。一つお願いがあるんですよ」

「お願い、ですか?」

「えぇ。今日シューレさんが渡して歩く筈だった薬、代わりに村長さんが渡しておいてはくれませんか?」


 そう言ってミヒャエルはシューレの持っている籠を指だ指し示す。

 流石に先程の騒動に関わっていた人間であり、なおかつシューレの味方の人間であるだけあったミヒャエルがどうしてそんな頼みごとをしてきたのかを村長はすぐさま理解し、特に理由を訊ねたりすることなく村長は首を縦に振った。


「分かりました。薬に関しては私が責任を持ってお届けしましょう。代金の方は、今度村に寄って下さった時にでもお渡しします」

「でも…」

「いいんです、ヴィレロさん。今日は貴女に大変な迷惑をかけてしまいましたし、これはそのせめてものお詫びです」


 村長はそう言って手を差し出す。シューレは村長の言葉に負けて、申し訳なさそうに薬の入った籠を渡した。


「このお礼は…」

「いいんです、お礼なんて。では、私はこれで失礼します。今日は本当に申し訳ありませんでした」


 シューレが頭を下げようとしたのを遮ると、村長は彼女から渡された籠を手に去っていった。

 ミヒャエルは遠ざかっていく村長の背中を見送ってから、村長との関係についてシューレに訊ねる。


「村長さんとは長い付き合いなんですか?」

「あの人は…私がこの村に来た当初から、色々と良くしてくれました。何でも私のお母さんに恩があるとかで…」

「つまり、この村の中にもシューレさんの味方はちゃんと居るってことですね。それは良かったです」


 シューレの話を聞いたミヒャエルはそう発すると、先程取り付けた約束に関しての質問を彼女に投げ掛ける。


「ところで、これからどうしますか? まだ夕食には時間がありますけど」

「…では、一端別れましょう。私は一度家に戻って準備をします。夕暮れ時に森の入り口で待っていて下さい。迎えに行きますから」


 考える素振りを見せた後にシューレが答える。ミヒャエルの本音としてはこのままシューレの家に行きたかったが、流石にそこまで押し切るのは止めておくことにした。


「分かりました。じゃあ、取り敢えず森の入り口まで送っていますよ」

「いえ……じゃあ、お願いします」


 ミヒャエルの申し出を一回は断ろうとしたシューレだったが、すぐにどう言ったところで彼が自分を送るのを諦めないであろうことに気付いて、その申し出を受け入れた。

 シューレの返事を受けたミヒャエルは満足気な笑みを浮かべる。そして二人は歩き出し、村を離れて森の入り口へと向かった。そしてシューレと今日のディナーについての話を交わしながら彼女を森の入り口まで送り届けて、二人は一端その場で別れた。






「ふん、ふん、ふん、ふふ~ん~」


 『フレハライヤ』で起こった騒動から数時間後。日は地平線に沈みかけ真っ赤な日差しが大地を照らす、約束の夕暮れ時に、ミヒャエルは機嫌良さ気に鼻歌を歌いながらシューレに指定された通り森の入り口に立っていた。

 来ている服装こそ昼間の時と変わらない僧衣だったが、騒動の際についた汚れは根こそぎ落とされ、半ば新品同様にまで磨き抜かれている。そして身体にはどこで手に入れたのか香水まで振りかけられている他、髪は丹念に櫛を通してあったり、殆ど目立たないぐらいに生えていた僅かな髭もきっちり剃ってあったりする等と云った様々な点に彼の気合いの入れようが垣間見えた。


(さて、ここまでは余裕でしたね。問題はここから先です)


 ミヒャエルはそう心中で呟くと、シューレがどんな格好で出迎えてくれるのかを妄想しつつ彼女が現れるのを待つ。


「すいません…お待たせしてしまいましたか?」


 シューレがミヒャエルを迎えにその場に現れたのは、彼が脳裏に思い描いた彼女に髪の色と同じドレスを着せていた時だった。

 ミヒャエルは掛けられた声に反応して閉じていた目を開く。目を開くと、いつも通りのフード付きの外套を着込んでランプを手にしたシューレの姿が飛び込んできた。もちろん、頭をすっぽりと覆うフードももちろん被っている。


「でも、その姿もやっぱり魅力的です」

「はい?」


 いきなり飛んできたミヒャエルの発言にシューレが訝しげな声を上げる。ミヒャエルは「何でもないんです」と返事を返すと、シューレに歩み寄った。


「待ってなんかいませんよ。丁度僕も今来たところです」

「毎回そう言いますけど、毎回貴方は私より速く来てませんか?」

「女性を待たせないのが僕の美点です」


 ミヒャエルはそう言って、冗談めかしたウィンクをしてみせる。それを見たシューレは小さく口角を吊り上げて笑うと、森の中へと歩き出した。


「家は遠いんですか?」

「森の奥にあるので、少し」

「なら、村に行くときは大変でしょう」

「もう慣れましたから」


 入ってすぐに沈みゆく日の光すら殆ど届かなくなる。そんな森の中をミヒャエルとシューレは他愛の無い会話を交わしつつ進んでいく。そして三十分程の道のりの果てに、ミヒャエルはシューレの自宅へと辿り着いた。


「これが、シューレさんの家ですか…結構、大きいんですね」


 ミヒャエルの眼前にあるのは、三つの円形の建物がくっついたようなデザインの建物だった。中心に位置する屋根から煙突の生えた比較的大きな建物と、それにくっついている小さ目の二つの建物。中心のものだけでも大きさは『フレハライヤ』の村長宅ぐらいの大きさはあり、他の二つの建物を合わせると一人で生活していくには充分過ぎる程の広さがあるだろう。


「薬の調合などでどうしても者が多くなりますし…それに昔は村への影響力も大きかったようですので」

「そうなんですか。でも、これだけ大きいと一人で暮らしていて寂しくなったりしませんか?」

「その…私はひ…」


 彼女の家をまじまじと見つめながらミヒャエルはシューレに問いかける。シューレはその問いに答えようとするが、それを遮るかのように家の扉が荒々しく開けられた。


「…………えっ?」


 ミヒャエルの視線が扉の方へと向かい、シューレの家の扉を開けて現れた人物を見た瞬間、ミヒャエルの視線と思考が固まった。

 シューレの家の扉を開いて出てきた人物、それは一人の子供だった。歳は九、十歳程で、整った中世的な顔つきで判断は難しいが徐々に身体に表れ始めた成長の兆しが男であることを物語っている。瞳はミヒャエルの真横に立つ女性と同じく宝石を連想させる紫色、髪の色はそれとは対照的に無骨さを感じさせる茶色だった。

 シューレの家の中から現れた子供はその紫の目に警戒の色を滲ませながら、瞬時ある可能性を導き出して茫然としているミヒャエルを睨みつけると、彼に向かって問いかけた。


「お前だな? 母さんが言ってた客っていうのは」

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