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Bad Guys  作者: ブッチ
Kinky Love
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War Whoop

「そろそろ動くか?」


 巨大な蛙の様な魔獣を撃退してから数分後、腰を下ろして休息を取っていたヤハドは顔を上げると、同じように休息を取っている他の二人に声を掛けた。


「一段落付いたところで話したいことがあったが……まぁ、歩きながらでも出来るか」

「むしろ、休み過ぎたくらいだぜ」


 水筒を片手に座っていたヴィショップ、長剣に付いた魔獣の紫色の血を拭っていたレズノフはヤハドの言葉に賛同して立ち上がる。二人が立ち上がったのを見たヤハドはハンドサインで自分が先頭を行くことを伝え、ヴィショップの魔法で光を灯してもらった曲刀を掲げて歩き出した。

 今までの休息である程度体力を回復出来たものの油断は禁物ということで、三人は些かペースを落として洞窟の先へと進む。それは会話に意識を割くのにもうってつけだった。


「それで? 話したいことというのは?」

「今回の件について、連中がどのくらいの規模の人員を割いているのか、ってとこに関してだよ」


 小刻みな起伏の多い歩きにくい道を壁に手を付いて進みながらヴィショップは答えた。


「ジイサンはどう思ってるんだァ?」

「恐らく魔獣を操る技術を持つ人間が一人か二人。多くても三人ってとこだろう」

「魔獣を操るって、あの山中で襲い掛かってきた奴らやさっきの蛙みたいな奴のことか?」


 前を行くヤハドがそう訊ねる。ヴィショップは首を横に振ってその考えを否定した。


「いや、あれは違う。あれは恐らく、『ヤーノシーク』の奴等によって操られてる、魔獣を操る力を持った魔獣によってけしかけられてきた連中だろう」

「つまり、アレかァ? あのギルドの連中とは別に、魔獣を操る魔獣が居るってのかァ?」


 怪訝そうな表情でレズノフが聞き返す。ヴィショップは頷いてそれを肯定する。


「そうだ。お前等も聞いただろう? あの角笛みてぇな音を」

「あぁ。そしてその音の直後に魔獣共は襲ってきた。となれば、『ヤーノシーク』の連中が吹いてるその角笛らしきものによって魔獣は操られていると考えるべきだろう」

「いや、あれは角笛じゃねぇ。あれは鳴き声だ」


 ヴィショップの言葉を聞いたヤハドが思わず後ろを振り返った。


「あれが魔獣の鳴き声だと?」

「そうだ。いいか、思い出して見ろ。あの音は二回鳴ったが音が鳴った直後、大量の魔獣の出現以外にも共通している点があった筈だ」


 記憶を掘り返すようにヴィショップは二人に告げる。すると、ヴィショップが言葉を発してから数秒の間を空けずにレズノフが笑みを浮かべながら返事を返した。


「化け物共相手の全力鬼ごっこ」

「黙ってろ、クソゴリラ」


 ヴィショップはレズノフのふざけた返答に対する返事として、中指を立てた右手をレズノフに突き出す。それを見たレズノフが笑い声を上げ、彼の品の無い笑い声が洞窟に反響した。


「せっかくママに口を付けて産んで貰えたんだ、もう少し生産的な使い方は出来ねぇのか?」

「口なんてもんは、食って喋ってしゃぶる為にあんだよ。俺は正統な使い方をしてるだけだぜェ?」

「あぁ、そうかよ。だったら自分のディックでも咥えてろ。無駄口叩く口も塞がって一石二鳥だ」


 もう与太話はたくさんだ、とでも言いたげにヴィショップは手を振ってレズノフとの会話を打ち切る。ヤハドが考えを纏めて閉じていた口を開いたのは、丁度そのタイミングだった。


「お前の言う共通点とは、あのデカい魔獣の存在か?」

「そうだ。山の中でもさっきの洞窟でも、あの音が鳴った前後に俺達は馬鹿でかい正体不明の存在とかち合ってる」


 やっと望む答えが出たからか、若干安堵した様な表情を浮かべてヴィショップは頷いた。


「確かにそうだが、それは山中で出会ったのとそこの洞窟の中で出会ったのが同じ存在だという前提が無ければ成り立たないぞ?」

「確かに、俺達は一度もあのデカブツの姿は見ていない。だが、あんな大きさの生き物がこの山に何体も居るとは思えない。それにあのデカブツに関しても、最初とさっきので共通点がある」

「共通点だと?」


 思い当たる節の無いヤハドは訝しげに聞き返した。ヴィショップは「あぁ」と返すと、その共通点が何なのかをヤハドに教えようとする。


「そうだ。その共通点っていうのは…」

「どっちの時も俺達から距離を取ってた。だろォ、ジイサン?」


 だが、それは背後から飛んできたレズノフの言葉によって遮られた。

 動きかけていたヴィショップの口が固まり、次第に苦虫を噛んだような表情へと変貌する。その背後ではレズノフが意地の悪い笑みを浮かべてヴィショップの後頭部に視線を注いでいた。


「ん? 間違ってたかァ?」

「あぁ、神様。俺ぁ、個人的にあんたは色々間違ってると思ってたが、あんたの最大の間違いが今はっきりと分かったよ。俺の後ろの馬鹿に発声器官を与えたことだ」


 レズノフの方は振り返らずにヴィショップは悪態を吐いた。その会話を前で聞いていたヤハドは、その悪態でレズノフの言葉がヴィショップの言わんとしていた言葉で間違いないことを悟り、ヴィショップに問いかける。


「ただの偶然じゃないのか?」

「どいつもこいつもヒッチコックの鳥ばりに押し寄せてきてる状況の中で、やたらデカい一体だけが離れた所で身を隠してるんだぞ? しかも二回あって二回ともだ。これがどちらも別の個体とも、ましてや単なる偶然とも思えねぇ」


 ヴィショップの言葉を頭の中で反芻しながらヤハドは口を閉じて考え込む。そしてその果てに浮かんだ新たな問いをヴィショップへとぶつける。


「しかし、魔獣に他の魔獣を襲わせるなんてことは可能なのか?」

「俺は魔獣とやらの専門家じゃないからそう訊かれると答えようがねぇんだが……あの魔獣共がとっていた行動は俺等を襲うという至極簡単なものだ。犬だって猿と人の区別は付くんだし、人間を襲えぐらいの指示なら出せそうなもんだぜ」

「だが、何故それに魔獣共が従う? それも単一の種族ならともかく、多種多様な種族の全てがだぞ?」


 ヤハドの質問にヴィショップは首を竦めて答えた。


「それこそ、あのデカブツがこの山のヌシとやらなんじゃねぇのか?」

「肝心なところは分からずじまい、か。確かにあの大きさならこの山の一つぐらい支配していてもおかしくはないが…」


 ヤハドの口が不意に動きを止めた。彼の視線の先では狭い洞穴の様な通路が終わりを告げ、スペースのある空間が広がっていた。

 喋るのを止めたヤハドはそのまま数歩先に進むと、脚を止めて周囲を見渡す。ヴィショップとレズノフもヤハドに倣って歩を止め、それぞれ魔法で光を灯した獲物を動かして周囲を照らした。その空間の広さは先程の地底湖には及ばないものの、それでも野球ドームに近い広さがあった。周囲の壁には大きな穴が開いており、日の光こそ差し込まないもののその穴から微かに風が流れ込んでいることからその穴は外に繋がっているとみて間違いなさそうだった。


「ジイサン、どうだァ、あの穴」

「そうだな…あのデカブツの大きさが分からないことには断定出来ないが、それでもこの穴を通ってここの洞窟に入ってくることは不可能じゃなさそうだ」


 大穴を眺めながらヴィショップとレズノフが言葉を交わす。

 もし二人の読み通りに何かがこの穴を使って洞窟の外と中を行き来しているのかどうかは、痕跡の有無で判断することが出来るだろう。しかし穴は天井近くに空いており、今の手持ちの道具ではどうやっても穴まで辿り着けそうにはなかった。


「しかし、広いな。まったく、こんなチンケな山の地下によくここまでの空間が形成されたものだ…ん?」


 穴を眺める二人から離れ周囲を探索していたヤハドは、曲刀から放たれる光に照らし出された白い物体を見つける。ヤハドはそれが何なのかを確かめようとその白い物体に近づいた。


「なァ、ジイサン。あの穴んとこ、何かねェか?」

「あん? あー、そうだな。確かに何か白いもんがある…」

「オイ、二人とも! こっちに来い!」


 その白い物体の正体に気付いたヤハドは、それを凝視したまま穴を見ているヴィショップとレズノフを呼ぶ。穴の中に何か白い物体があることに気付いたヴィショップとレズノフは、一度顔を見合わせると穴に背中を向けてヤハドの方に向かった。


「どうしたァ? 自分の母親に宛てたラヴレターでも見つけたかァ?」

「馬鹿言ってるんじゃない。いいからこれを見ろ」


 ヤハドの許にやってきたレズノフが軽口を叩く。ヤハドはそれを流すと曲刀を掲げて自分が見つけた物体を照らし出した。


「…こいつは」


 ヤハドの曲刀から発せられる光に照らし出された物体を見て、ヴィショップが信じられないものでも見たかの様な声を漏らす。

 光に照らし出されて三人の前にその全体を露わにした物体、それは薄汚れた白色の卵だった。ただし、高さは成人男性と同じぐらい、横幅は成人男性二人分はあったが。


「あァー、蛙の卵は殻なんてねェから、これはさっきの奴のじゃねぇよなァ…」

「当たり前のことを言うんじゃない。それと表面を叩くな」


 目の前の巨大な卵へと視線を巡らせたレズノフが口元を歪めて軽口を叩く。ヤハドも同じ様に卵を見つめたまま返事を返すと、コツコツと卵の表面を扉をノックするかの様に叩いているレズノフの左手を掴んで卵を叩くのを止めさせた。


「どうやらここは、何らかの生物の巣らしいな。向こうの穴にも同じようなものが見えた」

「あぁ、それも大層図体のデカい奴のな…。あのデカブツだろうか、米国人?」

「だろうな…」


 ヴィショップは返事を返すと卵に背を向けて屈みこむ。そしていくつか地面に転がる石を拾い上げると、魔法を詠唱し始めた。


「神導魔法白式、第八百二十三録“ヘイリオス”」


 ヴィショップが呪文を唱え終えると、拾い上げた小石の中の一つに光が灯る。ヴィショップはそれを後三回繰り返して合計で四つの小石に光を灯した。


「大丈夫なんだろうな?」

「くどいぜ、ヤハド。それに最悪足らなくても、ここで一晩寝れば済む話だ」


 苦笑を浮かべてヴィショップはヤハドに言葉を返すと、光を灯した四つの小石を四方へと放り投げた。

 曲線を描いて小石は飛んでいき、小さな音を立てて地面に落ちる。地面に落ちた小石から放たれる光は、その周囲に静かに佇む卵の姿を暗闇の中に浮かび上がらせた。


「何個あるんだ…?」

「ざっと見る限り、二十ぐらいだな。今見えてないのも合わせたら、どれくらいになるかは考えたくもない」


 おぼろげに照らし出された卵の姿を見ながらヴィショップが答える。ヤハドは返事を返すことなく、この空間の様々な場所に佇む卵の姿を険しい表情で眺めていた。


「……あん?」


 そんな中、レズノフが何かに気付いたような素振りを見せる。しかしヴィショップもヤハドも周囲の卵の方へと視線を向けていてそれに気付くことはない。


「何の卵だと思う?」

「さぁな…。卵な訳だから哺乳類じゃなさそうだが、この世界の獣共にそんな理屈が通るかは微妙だな」


 背後の卵へと視線を戻して会話をするヴィショップとヤハドを外に、レズノフは一言も発せずに聞き耳を立てる。

 数瞬前にレズノフが気付いたもの、それは音だった。何か、空気が抜けるような音。レズノフはそれをどこかで確かに聞いたことがあった筈なのだが、どうしてもそれを思い出せずにいた。


(何だ…確かにどっかで聞いたことあんだが…)


 空いている左手を長剣の柄へと伸ばしつつ、レズノフはもう一度その音を聞き取ろうと神経を研ぎ澄ます。しかし、先程聞こえてきたのと同じ音は聞こえてこない。だが、まるでその代わりとでもいうかのように別の音がレズノフの耳朶を打った。

 何か重い物を引きずるかのような音が。


「ジイサン、ムスリム・メン。何か居んぜ、気を付けな」


 その音が聞こえた時点でレズノフは音の正体を突き止めることを止め、二人に警戒を促す。レズノフに呼ばれたヴィショップは無言で魔弓を構え、呼び方に苦言を呈しようとしたヤハドは開きかけた口を閉じて曲刀を鞘に収め、弓を手にし背の矢筒から矢を引き抜いた。


「姿は見たのか?」

「いやァ、音だけだ。音的に地面を張ってるみてェだぜ」


 ゆっくりとレズノフとの距離を詰めたヴィショップが彼に問いかける。レズノフは返事を共に自分の視線の先を顎でしゃくって見せた。その素振りを見たヴィショップとヤハドは、それぞれの武器の矛先をレズノフが示した方向へと向ける。

 武器を構え暗闇と対峙したまま時間は少しづつ過ぎ去っていく。レズノフが二人に呼びかけてからまだに十秒と経っていない。それにも関わらず三人にはそれ以上の時間がとうに過ぎ去ったように感じられていた。


(しかし…なんだァ? あの音は一体何だったんだァ?)


 視線を音の聞こえた方へと向けながらレズノフは最初に聞こえた音について思考を働かせる。

 あの時に聞いた音は空気が何かから抜けていくような音だった。そしてその音をレズノフは確かに聞いた憶えがあるのだが、いつどこでどんな状況の時に聞いたのかを思い出すことが出来ない。記憶を片っ端から掘り起こしてみるものの、ピタリと当てはまるような答えは一向に出てこなかった。

 しかし、追憶は不意に終わりを告げ、レズノフが求めた答えは拍子抜けする程にあっさりと脳裏に現れた。そうなるに至った理由は、先程レズノフが聞いたのと同じ音が再び彼の耳朶を打ったのと、


「……あァ、そうだ。こりぁあ、蛇だ」


 暗闇の中に、一本の巨塔を連想させる巨大な影が姿を現したからだった。

 ゆっくりと頭を擡げた巨大な影は天井近くまで伸びたところで動きを止める。その影の先端では黄色い光を宿した二つの瞳が暗闇の中で光っていた。視線を周囲に動かしてみれば、先程放った小石から発す光に照らされた胴の一部を見ることが出来たかもしれないが、魔獣を目の前にしている三人には当然そんな余裕はない。


「蛙の次は蛇、か…。B級のパニック・ムービーじゃあるまいし…」


 魔獣の発する音とその巨大なシルエットによって他のレズノフ以外の二人が魔獣の正体に気付くのに時間は掛からなかった。天上近くまで上がった二つの黄色い瞳を追って顔を上げながらヴィショップが軽口を叩く。彼の表情にはその口ぶりとは裏腹にひきつった笑みが浮かんでいた。


「呆けてる場合か、米国人!」


 そんなヴィショップを叱咤するよにヤハドが声を上げ、矢を番えて弦を引き絞り、鏃の先端を暗闇の中に浮かぶ二つの目玉の内の片方へと定める。

 だが、三人に相対する巨大な蛇の魔獣の方もそれをただ傍観していた訳ではなかった。

 蛇の魔獣は依然として暗闇から姿を現さずにじっと三人を見つめている。しかしその一方で魔獣の尻尾の方は闇の中をゆっくりと蠢いており、ゆっくりと持ち上げられていく尻尾の先端部分をレズノフは見逃さなかった。


「オイ、仕掛けて……」


 レズノフは警告を発しようとするが、それは突如として三人の耳を劈いた轟音によって遮られる。

 空間が一瞬にして、鼓膜を破かんばかりの大音で満たされた。その余りの音の大きさに三人は思わず構えと解くと、堪らず両手で耳を抑えて少しでもその音から逃れようとする。


「クソッ、こいつは…!」


 すぐ間近に飛行機のエンジンでも置かれているのではないかと錯覚しそうな爆音にヴィショップは顔をしかめる。しかしその渦中においてヴィショップは、その音が確かに二度聞いたことのある音であることに気付いていた。一度目は山中で、二度目はこの洞窟の中で。

 視線を動かしてヤハドとレズノフの顔を見て見ると、どうやら二人も同じことを考えていたようだった。二人とも両手で耳元を塞ぎ表情を歪めながら、暗闇の中に輪郭として姿を捉えることが出来ている、気でも違えたかの様に乱舞するいくつもの瘤ができているかのように歪な形をした蛇の魔獣の尻尾の先端へと視線を向けていた。

 今この空間の大気を震わせ、三人の鼓膜を引き裂かんばかりに鳴り響く轟音。それは紛れもなく、魔獣の大群が現れる前に鳴り響いていた角笛の様な音、そのものだった。


「この音…どうやらこいつが、他の魔獣共をけしかけてた野郎みてぇだな…!」

「お前の考えが当たっていれば、だが…」


 得心のいったような声音でヴィショップが呟く。そして隣に立つヤハドが軽口を叩いた直後、蛇の魔獣の尻尾は唐突に乱舞を止め、洞窟の壁を微かに震わせる程の大音もぴたりと止んだ。

 だが、それは決してヴィショップ達に対する敵意を解いたが故の行動ではなかった。むしろ、その逆と言うのが正しいだろう。何故なら音が鳴り止んだ直後、ヴィショップ達は頭を後ろに引いて胴体をS字に曲げて力を貯める蛇の魔獣のシルエットを目の当たりにしたのだから。


「ッ!?」


 ヴィショップには未来予知染みた相手の行動の先読みの技術がある。だが、単一の要素によって築き上げられたものではない。殺意の察知、相手の予備動作、視線等の確認、今までの経験から導かれる予測、勘。そういった様々な要素が絡み合って成し遂げられているものである。故に、それらの要素が欠ければ欠ける程、ヴィショップの行動の先読みその鋭さ、正確さを失っていく。特に今回の場合のように相手が一度も対峙した経験の無い大蛇なばかりか、視界に大幅な制限まで掛けられた状態では、例え動きを読めたとしてもその攻撃を回避するだけの余裕を生み出すことは難しかった。

 現に、ヴィショップが蛇の魔獣の動きを察知したのは、蛇の魔獣が大口を開けて暗闇を食い破り、ヴィショップに喰らい付こうとする一瞬前のことだった。


「米国人ッ!」


 ヴィショップが自らに振りかかる運命を悟るのに時間は必要なかった。長年引き金を弾き続け、彼の殺意を具体的な形にして然るべき人物達に与えていた右手の人差し指はこの瞬間においてもきちんと為すべきことを無意識の内に為していた。しかし、一発の魔力弾で目の前の脅威をどうにかすることは出来ない。精々が小さな牙を一本圧し折るぐらいだった。蛇の魔獣の上下に大きく開かれた口が魔弓から放たれる光によってぼんやりと浮かび上がった頃には、ヴィショップは次の瞬間には自分の身体は目の前の大蛇の腹に収まることになるのだと頭の隅の方で考えていた。

 しかし、そうはならなかった。引き金を弾いた直後の状態で硬直していたヴィショップの身体は、不意にかけられた真横への力によって右へと押し飛ばされる。その結果、ヴィショップは右の肩口から地面に倒れ込み、蛇の魔獣は何者も口内に収めることが出来ぬままヴィショップが立っていた場所を物凄いスピードで通過していった。


「これで貸しは一つ返したぞ」


 ヴィショップを押し倒したヤハドが、地面に手を突いて立ち上がりながらそう呟いた。ヴィショップは一瞬、間の抜けた表情を浮かべて言葉を失っていたが、やがて苦笑を浮かべて立ち上がった。


「見殺しにするもんだと思ってたぜ」

「借りを返し終ったらそうしてやるさ」

「意外だな、お前にも貸し借りを気にするだけの義侠心の欠片染みたものは残ってたのか」


 立ち上がったヴィショップがからかう様な笑みを浮かべてそう告げると、ヤハドは舌打ちを打って「見捨てればよかった…」と呟く。


「アツアツっぷりを見せてもらってるとこ悪いんだがよォ、これからどうすんだァ? また逃げんのかァ?」


 そこにレズノフが後ろからやってきて問いを投げかけた。ヴィショップはレズノフに向かって中指を立てると、意見を仰ぐようにヤハドに視線を向ける。

 ヤハドは顔を動かして、再び暗闇の中に身を顰めた蛇の魔獣を目で負った。より離れた所に移動したのか今では輪郭すら見えないものの、全速力で地面を這いずりまわる際の音が居場所をヤハドに教えてくれていた。ヤハドは少しの間蛇の魔獣の居る方角を眺めた後に答えを出した。


「尻尾を巻いて逃げるのは、正直趣味じゃない。そろそろ反撃に転じる時間だ。そうだろ?」


 その言葉を聞いたヴィショップは微笑を浮かべるとヤハドに告げた。


「じゃあ、これで貸しがまた一つ増えるな」

「随分と器量の狭いジジイがいるものだ」


 ヤハドはそう言って苦笑を浮かべた。そしてそれを刹那の内に戦士の表情へと作り変えると、右手に持った弓を構えた。

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