にじり寄る悪意
「じゃあ、その『ヴァライサール』とかいう町には明日にでも向かうつもりなんですか?」
時刻はY0900頃の夕飯には些か遅い時間帯。既に集まっている人間の大半が机の上に料理の皿の代わりに酒瓶を並べているような状態の、ヴィショップ達四人が泊まっている宿屋兼酒場の一階部分で、シチューを口元に運びながらミヒャエルが訊ねた。彼はつい先程シューレとの森での材料集めから返ってきたばかりだった。
「あぁ。ここの米国人が勝手に返事をしてくれたからな」
水の注がれたコップを軽く指先で叩きながらヤハドが答える。その素振りには未だに不機嫌そうな雰囲気が残っていた。
(じゃあ、明日あたりにでも準備を進められますね)
ヤハドの返事を受けたミヒャエルは口の中でシチューに入っていた人参を転がしながら心中で呟く。そんな彼に次に話しかけたのは、太い指を器用に使ってピーナッツの殻を取り除いては口内へと放り込んでいるレズノフだった。
「んでェ? 例の別嬪さんとのデートはどうだったんだァ?」
「まだ二日目ですよ? 大した進展はありませんでした」
「んだよ、つまらねぇなァ。とっとと家に連れ込んで押し倒しちまえよ」
ミヒャエルの返事が期待外れだったのか、レズノフが面白くなさそうな声を上げる。ミヒャエルはスプーンでシチューを掬いつつ、どこか得意げな表情で返事を返す。
「何言ってんですか、一回や二回デートしたぐらいで無理矢理速攻で勝負を付けようとするのなんてですね、所詮はナンパ師止まりの下半身で物事を考えるような人間がやることですよ」
「成る程、強姦魔が言うと説得力があるが…今回はそのナンパ止まりで充分だってことを忘れるなよ?」
隣で話しを聞いていたヴィショップはミヒャエルにそう告げつつ、皿に盛られたピーナッツを一粒取ってミヒャエルの方へとコイントスのように親指で弾き飛ばす。弾き飛ばされたピーナッツは回転しながら飛んでいき、やがて伸びてきたミヒャエルの左手にキャッチされて拳の中に姿を消した。
「意外だな。お前ならてっきり取り損ねるものだと思っていたぞ」
「いやいや、どれだけ僕が運動出来ないと思ってるんですか…」
それを見てヤハドが感心したような声を上げる。ミヒャエルはヤハドの言葉に不本意そうな表情を浮かべながら、スプーンの中のシチューを啜った。
「それより、俺等は明日『ヴァライサール』に行って町長と話してくるが、お前はどうするんだ? お前も一緒に来るか?」
懐から取り出した煙草を口に咥えたヴィショップがそう問いかけると、ミヒャエルは考えるような素振りを見せずにすぐさま返事を返した。
「僕は行きません。明日もシューレさんとの用事があるので」
「おいおい、随分入れ込んでるなァ。まさか本当に惚れたかァ?」
その即断即決っぷりをレズノフがからかう。するとミヒャエルは苦笑を浮かべながら彼の言葉を否定した。
「変なこと言わないで下さいよ、レズノフさん。さっきも言いましたけどまだ出会って二日ですよ? それより、その『ヴァライサール』っていうのはどんな場所なんですか?」
その質問に答えたのはヤハドだった。
「この村の先にある町で、現状この村と最も物流の関わり合いが深い町らしい。この村で生産されたた物の他、出稼ぎなんかに出る人間も大抵はそこに行き着くそうだ。もっとも、町自体の規模は大きくないし政治的にも大して重要な土地ではないらしいがな。少なくとも『パラヒリア』などとは比べるべくもないらしい」
「何だ、じゃあ面白いものとかも別になさそうですね」
「そうだろうな。ただ、どうやらその町ではギルドが強い力を持っているという話だが」
「へぇ、ギルドが?」
その言葉に食いついたのはミヒャエルではなくレズノフだった。そして当のミヒャエルはというと、完全に興味を失くしたのかシチューを啜る作業に専念していた。
「……その通りだ。『ヴァライサール』には常駐の騎士団もなく、基本的に町の有志を募っての自警団ぐらいしか戦力が無かったらしい。その上人の流れも少なく、一度居を構えれば仕事に困ることはなくなってもまず絶対に名を売るようなことは出来ないとされて、ギルドが設立されることもなかったらしい」
『ヴァヘド』において最大の民間組織の一つでもあるギルドだが、その大半は食い扶持を稼ぐことだけに仕事を留めるということはない。戦闘を初めとして専門的な活動を行うギルドは、どこにも行く当てがなくなったような連中が集まる一部のものを除けば、何かしらの明確な目的があって設立される。それは自分達の名を世界中に轟かせようとする野心であったり、国家では対応しきれない事態から誰かを救おうとする正義心からであったり、はたまた何らかの理由があって軍や騎士団等に従事出来なくなったものの、それでも戦いを忘れられないものが戦いを続ける為に集まったりなど、金への困窮からではなく何らかの強烈な欲望や感情に端を発している場合が殆どである。その為、そういった条件が満たせないような場所にはギルドが拠点を構えるようなことはなく、『クルーガ』のような国の中心にはギルドが集まったりする一方で、『フレハライヤ』や『ヴァライサール』のような国の中心から外れて変化に乏しいような場所には、いくら他に対抗馬が居らずに仕事を独占出来る状況にあったとしても全くギルドが進出してこないなどというのはよくある話だった。
「そんな中、一つのギルドがその町に設立された。名は『ヤーノシーク』といい、今では『ヴァライサール』唯一の戦力として町内でかなりの発言権を持っているらしい。実質、そいつらの手に『ヴァライサール』は落ちてると言っても過言ではないかもしれないな」
「何か含みのある言い方ですね。何か怪しげな噂でも?」
ミヒャエルの問いをヤハドは首を左右に振って否定する。
「いや、特には無い。それこそ、本気でこの土地でこのまま一生を終えようとしてるんじゃないかと思う程にな。…もっとも、拠点を置いている町自体が大した土地ではないし、何か大それたことが起こせるとも思えないが」
「そうですか。まっ、面倒事にならないといいですね」
他人事のようにミヒャエルが声を漏らす。その態度にヤハドが眉を顰めるが、結局言うだけ無駄だと考えたのか何も言わずにコップに残っていた水を飲み干した。
「明日のいつには出る予定なんですか?」
そんなヤハドから視線をヴィショップへと移してミヒャエルが訊ねる。ヴィショップはズボンの尻ポケットから懐中時計を取り出し、文字盤に視線を落としながら答えた。
「この村には馬車の一つもないみたいだからな。朝早くに出ていくつもりだ」
「そうですか。いずれにせよ、気を付けて行って下さいよ。何たって今回の依頼を引き受けたのはヴィショップさん達何ですから、その当本人が依頼に従事出来なくなっちゃしょうがないですからね」
そう言ってミヒャエルは黙々とシチューを啜り続ける作業へと戻った。ヴィショップは短く、あぁとだけ返事を返すと、加えていた煙草に火を灯して煙を吐き出した。
その翌日。先日のミヒャエルへの宣言通り朝早くに行動を開始したヴィショップ達三人は、珍しく目を覚まして着替えまで済ませていたミヒャエルに見送られて『フレハライヤ』を出立。今までの土地よりもやや厳しめの日差しの中を雑に整備された道に沿って歩き、日差しが自分達の頭上で輝く頃合いには目的地の『ヴァライサール』へと辿り着いていた。
「町っていうが…」
「こりゃあ、村だなァ、ジイサン」
ようこそ『ヴァライサール』へ、と書かれた看板を掲げるアーチの真下まで来たところでヴィショップが小さく言葉を漏らし、その続きをレズノフが引き継ぐ。
確かに建っている建物は明らかに『フレハライヤ』よりも多く密度も濃い。人の活気も『フレハライヤ』を上回っており、奥の方の広場では小ぶりな噴水を中心にバザーらしきものが展開されている。しかし所詮はそこまでで、立ち並ぶ建物の中には煉瓦造りどころか二階建てのものすら殆ど無い。空気には明確に家畜の匂いが混ざって鼻孔を突いてきており、神道具を用いた街灯らしき姿は一本たりとも見ることが出来ない。奥の方に見えるバザーを除けば一見しただけでは店らしきものも殆ど見て取ることが出来ず、あるものといえば腐って文字のいくつかが落ちてしまっている看板を掲げた食堂と、アーチのすぐ近くにあるこじんまりとした馬繋場があるだけだった。
「成る程。たしかにこりゃあ、店でも構えた日にはそのままここに骨を埋める次第になってもおかしくはねぇわな」
予めの情報で知っていたとはいえ、『パラヒリア』や『リーゼ・トランシバ』、『ウートポス』とは比べるべくもない町としての規模にヴィショップが苦笑を浮かべながら呟く。
「どの道、ここに長居する気はない。さっさと町長の家を見つけて話を聞いて戻るとしよう」
ヤハドはそう言うと村長から渡された地図を開いて町長の邸宅を探し始める。しかし一度地図へと落とされたヤハドの視線が再び上がるよりも速く、レズノフの指先がある一件の建物へと向けられていた。
「あれじゃねェのか?」
レズノフの向けた指の先にあったのは他の建物より一階分だけ高い建物に向けられていた。
「……らしいな」
地図とレズノフの指差した建物、そして周囲の建物との間で視線を忙しなく動かしていたヤハドがその動きを止めて地図をしまう。そして三人はレズノフが指差した町長の邸宅へと向けて歩き出した。
「そういや、例のギルドっつーのはどこにあるんだァ?」
町長の家へと歩く最中にレズノフが思い出したように訊ねる。
「探してみたらどうだ? 何でも、村長の邸宅と同じぐらい大きな建物らしいぞ?」
「マジかよ。そいつは探すのに苦労しそうだぜ」
水筒を取り出したヤハドは面倒臭そうに答えて水筒に口を付けた。一報のレズノフは軽口を口にしながら周囲へと視線を巡らせて目当ての建物を探す。
「あァ、アレじゃねぇかァ?」
やがて一軒の二階建ての建物を見つけてレズノフが声を上げた。それにつられてヴィショップとヤハドも歩きながら視線をレズノフが見ている方へと向ける。視線の先にある建物には、この町に足を踏み入れる時に見たものよりも遥かに上質な『ヤーノシーク』と書かれた看板が掲げられていた。
「みてぇだな。どうする? 帰りに少し顔でも出していくか?」
看板に書かれた文字を確認してヴィショップはヤハドに意見を仰ぐ。ヤハドは首を横に振ると、止めていた脚を再び動かし始めた。
「いや、いいだろう。この町のギルドと協力したところで特に依頼に有利に働くこともなさそうだしな。正直な話で言えば、そもそもこうしてこの町の町長とやらに顔を出しに来ているのも納得出来ないくらいだ」
「こんな辺鄙な土地に王都で名を売ってるギルドの連中が来るんだ。少しは名前を憶えてもらって帰って欲しいっていう心理も、分からないことはないさ。それに…」
歩き始めたヤハドに倣ってヴィショップも歩を進めつつ、最後に横目で『ヤーノシーク』の拠点と思われる建物を見つめた。
「どの道すぐにでも会いそうな気がするしな」
「どういうことだ?」
ヴィショップの言葉にひっかかるものを感じたヤハドが訊ねるが、ヴィショップは軽く肩を竦めるだけで答えようとはしなかった。ヤハドはつまらなそうに鼻を鳴らしてヴィショップから答えを聞きだすことを諦めると、少し後ろを歩いて居るレズノフに一声かけてから視線を前方へと向けて歩くことに集中した。
そこから先は特に会話もないまま三人の歩は順調に進んでいき、数分歩いたところで町長の家の前までやってきた。
目の前に建っている町長の家は、同じく一つの街のトップだったガロス・オブリージュのものと比べると格段に小さかった。この世界の基準で考えてもそこそこ儲かっている商人ならば普通に建てられそうな大きさで、ヴィショップ達の元の世界ならば中所得者層の人間ならば何ら難しくなく購入出来るであろう、一般的な邸宅がそこには建っていた。
無論、番兵などが居る筈も無い。三人は少し段になっている玄関前に立って扉を軽くノックしてみた。
「どなた様ですか?」
どたどたと足音が聞こえてきたかと思うと、ぽっちゃりした体型の給仕服に身を包んだ女性が扉を開けて三人を出迎える。
「アブラム・ヤハドだ。王都から依頼で『フレハライヤ』に滞在している。この町の町長から話があると村長から聞かされてきたんだが?」
「あぁ、例の魔女退治の方々ですね? どうぞお上がり下さい。町長様の所へ案内いたします」
給仕服の女性はそう告げると、身を一歩引いて三人を中に通す。三人が家の中に入ると扉を閉め、三人を先導して奥へと移動し始めた。
「町長様、王都のギルドの方々がお見えになりました」
客間と思しき、暖炉のある広めの部屋にきたところで給仕服の女性が声を上げる。
「有難う、ベス。君は下がって、お茶の用意を」
客間には二人の人間が上質な素材で作られた木目のテーブルを挟んで座っていた。一人は金髪を七三分けにした平々凡々という言葉が似合いそうな三十代前半の男性。そしてもう一人は茶髪の髪を後ろに撫で付けてオールバックにし、綺麗な琥珀を填め込んだ指輪を人差し指に填めた、手足の長い細見の三十代後半から四十代前半ら辺の男だった。
「初めまして。本日はお呼び立てして申し訳ありません。この町の町長を務めております、セグ・ロイシュと申します」
「『蒼い月』のアブラム・ヤハドだ。…そっちのは?」
給仕複の女性に下がるように告げた平凡そうな男が立ち上がってヤハドの前に進み出てきて、右手を差し出す。ヤハドは差し出された右手に応じて自らの名前を名乗りつつ、未だに腰かけたまま動こうとしないもう一人の男へと視線を向けた。
「彼は…」
「ブルゾン・ヴィルレイザー。『ヤーノシーク』の棟梁だ」
「ほう」
セグの言葉を遮ってオールバックの男が名乗る。その男の、両袖の無い毛皮のロングコートを裸の上半身の上に羽織り、踵にまで届く裾の長いズボンに薄汚れたブーツという、凡そ町長の家には相応しくない恰好に疑問を抱いていたヤハドだったが、彼の口から自身の生業が出ると納得が言った風に小さく頷いた。
「お前の予想が当たったな、米国人」
そして町長の右手から自分の手を離すと、ヴィショップの方に僅かに顔を向けて呟く。ヴィショップは微笑を浮かべると視線をセグへと向けた。
「同じく、ヴィショップ・ラングレンです」
「ウラジーミル・レズノフ、右に同じ」
「あ、ヴィショップさんにウラジーミルさんですね。初めまして」
ヴィショップがセグに挨拶してレズノフがそれに続いた。挨拶された本人のセグはどこか落ち着きのない態度で返事を返すと、ブルゾンの隣に腰を下ろす。腰を下ろす直前にブルゾンの方をチラチラと見ていたことから、恐らくヤハドがブルゾンの挨拶に殆ど関心を示さなかったことに彼が不満を抱いているのかが気がかりだったのだろう。事実、ブルゾンが特に表情を変えずに三人が座りのを待っているのを見た途端、表情に一瞬だけ安堵の色が浮かんでいた。
「どうぞ、お掛けになってください」
腰を下ろしたセグは自分達の向かい側にある、優に四人は掛けられそうな長椅子に座るように三人を促した。ヴィショップ達はその勧めに素直に従って長椅子に腰を下ろす。少しすると先程引っ込んだ給仕服の女性が再び現れ、三人の前に湯気の上がるカップを置いた。匂いからして中身は村長の家で出されたのと同じものだろう。
「貴方方の噂はかねてから耳にしています。何でも今では『蒼い月』のトップメンバーでいらっしゃるとか」
「そんなことより、この場に呼び出した意図は何だ? こちらにも仕事があるんだが」
カップが三人の前に出されたところでセグが口を開き始める。ヤハドは彼の口から出てくる世辞には興味を示さず、さっさと本題に入ろうとその世辞を遮った。
「えぇ、今回の件は申し訳ありませんとこちらも思っています。ただ…」
「もう一人はどうした?」
一瞬言葉に詰まりつつもセグは何とか話を続ける。しかしそれはまたしても横から割り込んできた声によって遮られてしまった。
「何だと?」
「もう一人だよ、もう一人。聞いた話ではあんた等は四人でパーティを組んでるって話だろ?」
眉を微かに動かしてヤハドがセグの言葉を遮って当人へと視線を向ける。その視線には少なからず見据えられた者を威圧する鋭さを孕んでいたが、ブルゾンは全く意に介した様子は見せずに返事を返してみせた。
「『フレハライヤ』に待機させている。それが何か問題か?」
「ふぅん。……いや、別に。話を続けてくれ」
ヤハドが答えると、ブルゾンは含みのある口調で呟いてから話の主導権をセグへと返却した。セグは目の前に置いてある自分のカップの茶を一口飲むと、ブルゾンに言われた通りに話を再開させる。
「今回お呼び致しましたのは他でもありません。貴方方の仕事についてこちらから提案があってお呼びしたのです」
「提案?」
ヤハドが聞き返すと、セグは首を縦に振った。首を縦に振った彼の顔には大して暑くもないのにいつの間にか汗が滲んでいた。
セグは少しの間両手を組んだまま指を忙しなく動かしながら口を閉ざしていた。だが、やがて隣に座るブルゾンが彼に視線を向け、セグが横目でその視線を確認すると彼は小さく深呼吸をした後にその提案とやらをヤハドへと打ち明けた。
「率直に言います。今回の依頼からは手を引いてはいただけませんか?」
その言葉が吐き出された瞬間に三人がとった態度はそれぞれ異なった。ヤハドは眉を顰めてセグを睨みつけ、ヴィショップは表情を動かさずにカウボーイハットの下から覗かせる双眸だけをセグとブルゾンの間で動かし、レズノフは面白そうな表情を浮かべて暖炉の上の剥製へと向けていた顔をセグとブルゾンへと向ける。
セグの身体が強張り、思わず息を呑む。隣に座るブルゾンは三人の態度が変化した瞬間、崩していた体制を改めて右手を机の下に回した。
そしてそのまま、誰一人として何の動きを見せることも言葉を吐き出すこともないまま時間が過ぎていき、部屋の中に沈黙の帳が徐々に落ちていく。
「無論、タダでとは言いません。貴方方が貰う筈だった報酬をこちらで負担させて頂きます」
沈黙に耐えきれなくなったセグが無理矢理に笑顔を浮かべてそう告げるが、それに反応するものは誰もいなかった。彼が何とか絞り出して表情に張り付けた笑みは言葉を全て言い終えた直後から曇り始め、すぐに跡形もなく消え去ってしまった。
「理由はなんだ?」
やがてヤハドが口を開く。
「簡単な話だぜ、兄弟。ここいらの問題は俺達で解決する。余所者に引っ掻き回してほしくない。たったそれだけの、簡潔でシンプルな願いだ」
答えたのはセグではなくブルゾンだった。答えた時の躊躇いの無さから、恐らくこれ以上セグに“自分の意見”を代弁させる気はないのだろう。
「九人が消えたのに対策の一つも練れてないお前等に出来るとは思えないな。それよりむしろ、これ以上恥の上塗りをする前に俺達に任せるのが英断だと思うがな」
「これから始めるところさ。それにこれは親切で言ってるんだぜ、兄弟? こんな田舎町でせっかく手に入れた栄光や一つしかない命を失うのは嫌だろう?」
互いに視線を交錯させて挑発を交わすヤハドとブルゾイ。二人が発している言葉とは裏腹に、二人の態度は冷静そのもので落ち着き払っていた。
だがそれでも、ブルゾンと睨み合うヤハドに向けられたヴィショップの視線は冷ややかなものだったが。
(何を嗅ぎ取ったのかは予想が付くが、すぐに熱くなりやがる…)
そう心中で呟きながらも、ヤハドと交わした約束がヴィショップに横から口を出すことを憚らせた。もっとも、もしこれが失敗すれば二度とやり直しの聞かない類の依頼だった場合、彼は迷うことなくヤハドとの約束を反故にしただろうが。
「ま、まぁ、お二人とも落ち着いて。…ヤハドさん。ヤハドさんのお考えも分かりますが、こちらにも事情があります。ここは互いに言葉を交わして、妥協点を探り合っていきましょうではないですか」
二人の睨み合いを止めたのは意外にも先程から口を閉ざしていたセグだった。立ち上がって二人の会話に割り込むと、無理矢理に話の主導権を取り戻して何とか交渉を行おうとする。
「いいや、これ以上言葉を重ねる気はない。こちらの答えは決まり切っている」
だが、ヤハドは彼の言葉を一寸の迷いも無く突っぱねると、セグの隣でヤハドを見上げているブルゾンに向けて言い放つ。
「俺達は依頼を放棄する気はない。例え、何があろうとな」
「……なら好きにしな。ただ、言っとくがここはあんたが考えてるよりずっと恐ろしい土地だ。変に脚を突っ込めば根本から食い千切られちまうぜ」
「脚を食い千切る暇など与えずに、心臓を抉りだしてやるさ」
ヤハドはブルゾイにそう告げると、踵を返して客間から出て行った。ヴィショップは溜息を吐いて立ち上がり、それに続く。セグとブルゾンは黙ってそれを眺めていた。
「面白いことになってきたなァ、ジイサンよォ」
玄関近くまで来たところでレズノフがそう耳打ちしてきた。首を動かしてレズノフの顔を見ると、その言葉に違わず唇の端が楽しげに吊り上っている。
「面倒臭いことの間違いだろうが」
ヴィショップは視線を前を行くヤハドへと戻してレズノフにそう返すと、ヤハドが抜けた後の扉を潜ってセグの邸宅を後にした。




