刹那の攻防
『クルーガ』最悪と謳われるギルド、『蒼い月』。そこは今、集まったギルドメンバー達の歓声によって、本当にギルドかどうかを疑いたくなる状態になっていた。
机という机は部屋の隅に寄せられており、窓口に目をやれば受付の女性以外のスタッフまでもが出揃って賭け事の話で盛り上がっていた。ギルドメンバーと思しき、武装した面々は揃いも揃って部屋の隅へと移動し、隅に寄せた机をひっくり返してその裏に隠れていた。
そして何より特筆すべきなのは、それら全ての人物の視線が二人の人間に注がれているという点。部屋の中心に佇む、黒いカウボーイハットに黒い外套姿に、似たような格好の男二人を侍らかせ、ややはだけた外套から腰のホルスターに納められた二挺の白銀の魔弓を覗かせる、無造作に伸ばされた黒髪を携えた男。そして、動きやすさを重視した、カウボーイを彷彿とさせる格好に、巨大な漆黒の魔弓をホルスターに収め、隣に似たような顔立ちの男を侍らかす、短い金髪の男の二人へと。
「で?そんなに簡単に乗っかって良かったのかよ?」
シリンダーを開き、装填された魔弾の状態を確認しているヴィショップに、レズノフがニヤニヤと笑いながら訊ねる。
「ああいう手合いは、断っても無駄だ。まっ、適当にあしらうさ」
ヴィショップはつまらなさそうに答えると、改めて魔弾を籠め直し、ガシャッという重厚な男を立ててシリンダーを戻す。
そこで視線を上げて、勝負を持ち掛けてきた男の方を見ると、男が同じように魔弾を装填し直し、シリンダーを戻す光景が視界に飛び込んできた。そして丁度行為を終えた男が視線を上げ、ヴィショップの視線と交錯する。
(フン…負ける気がしない、ってツラだな…)
そしてヴィショップは、フレンドリーながらも底の知れない笑みを向けてきた男に対し、小さく鼻を鳴らす。
と、丁度その瞬間、ヴィショップに指示されてギャラリーの話を盗み聞きしていたミヒャエルが戻ってきた。
「ヤバイですよ、ヤバイですよ…!やっぱし止めた方が良いですよ…!」
「そうか。取り敢えず、解るように話せ」
戻ってくるや否や、顔色を悪くしながら説得に入ったミヒャエルに、ヴィショップは冷静に対応する。
「何でも、あの二人組、どっかの騎士団とやらに追われてる程ヤバイことやらかしたらしいんですよ…!昨日も、あの『水面の月』とやらで四人程殺したみたいで…!」
「死体はどうなった?」
「へっ?」
浮き足立ちながらも何とか説明するミヒャエルの言葉を遮って出てきた、予想外のヴィショップの質問に、ミヒャエルの口が動きを止める。
ヴィショップは、質問の答えを語ろうとしないミヒャエルに視線だけを向けると、もう一度同じ質問を告げた。
「死体は、どうなったんだ?」
「えっ……何でも、店の方で始末したそうですよ…?ほら、例の噂の…」
筆舌にし難い圧力を伴ったヴィショップの問いに、ミヒャエルは思わず萎縮しつつも、ヴィショップが求めた答えを告げる。
「……そうか」
ヴィショップは一言だけ、漏らすようにして告げると、魔弓を手元でくるりと回してホルスターに収め、勝負をふっかけてきた男の方に向けて歩を進めようとする。
「おい、米国人」
「何だ?」
それを止めたのはヤハドの言葉。ヴィショップは足を止めて、言葉を返す。
「ちゃんと勝つ算段は付けているんだろうな?」
「当たり前だ。まぁ、見てろよ」
短く返事を返し、ヤハドが二の句を告げる前に歩き出す。
背後の三人から飛んでくる声は無い。ヴィショップはそのまま歩き続ける。視線の先では、相手の男も同じようにヴィショップに向けて歩を進めていた。
二人の距離が充分に近づくと、一拍置いてから両者がほぼ同時に右手を動かす。
「ヴィショップ・ラングレンだ。よろしく」
「ゴルト・ウォーマッド。で?勝負の形式はどうする?」
そして互いに差し出された右手をしっかりと握り、名前を告げる。
それは傍から見れば、何の変哲も無いやり取りに過ぎない。だが、ヴィショップにとっては違った。何故なら、彼の両目はしっかりと捉えていたからだ。ヴィショップが右手を動かした瞬間、男の左手がまるで痙攣でも起こしたかのように微かに動いていたのを。
(へぇ…)
その動きから、目の前の男…ゴルトに、今視界に捉えている情報“以外”の脅威が存在することを悟り、ヴィショップの瞳にほんの一瞬だけ鋭さが増す。だが、次の瞬間にはその鋭さも鳴りを潜め、その両の瞳は相手を無駄に刺激しない、当たり触りの無いものへと変貌していた。
「そうだな……そっちで決めてくれ」
「いいのか?俺は言わばチャレンジャーな訳だし、そっちが決めるのが普通じゃないのか?」
「いや、いいよ、別に」
少し驚いたような表情を浮かべて訊いてくるゴルトに、ヴィショップは手をヒラヒラと振りながら答える。
はっきりと言えば、勝負の形式などヴィショップにとってはどうでも良かった。元々一対一で、しかも銃を使った勝負の方法の種類など、たかが知れている上に、シンプルなものが殆どだ。それに加え、今の状況は極めて突発的なもの。何か小狡い策を弄する程の余裕も無いし、必要性もない。強いて何かするとしたら、相手の感情に働きかける行為ぐらいだろう。今ヴィショップが行ったように、あえて相手の得意とする方法で勝負を受け、油断を誘うなどといった。
(まっ、それも“今”の時点じゃ効き目薄し、だがな…)
そう考えるヴィショップの視線の向こうには、わざとらしく考える素振りを見せるゴルトが居た。
その様子を見るに、恐らく勝負方法はもう決まっているのだろう。ただ、ヴィショップの見せた対応から、ヴィショップに対しての警戒心を孕んだらしい。
果たして、目の前の男は、どんな勝負でも勝ちを掴みとれるだけの実力を持った男なのか?それとも、ただの自信過剰な雑魚なのか?
ゴルトの頭の中でヴィショップに対しての警戒がしっかりと渦巻いているのを、その滑稽で大げさな素振りとは対照的に、酷く冷え切った双眸から感じ取るのは、ヴィショップにとっては容易なことだった。
「よし、じゃあ、早撃ちでいこう」
ゴルトが考える素振りを止めて、ヴィショップに告げる。
「構わない。ルールは?」
「此処を基準として、互いに七歩後ろに下がる。そしてギルドマスターのコイントスを合図に、先に相手に一発入れた方が勝ち。どうだ?」
「おいおい、死人を出す気か?」
ヴィショップが少し尻込みした素振りを見せながら訊ねると、ゴルトは笑って答えた。
「何、俺はあんたを殺す程下手くそじゃないし、あんたに殺される程鈍間じゃない。余計なことは考えずに、楽しんでいこうぜ?」
ゴルトがそう告げると、その後ろに立っているロングソードを挿した男…フランクが獰猛な笑みを浮かべる。もしここで勝負を断れば、無理やりにでも受けさせる意思がありありと窺えた。そして何より…
(フン、殺す気、満々じゃねぇか)
ゴルトから薄っすらと滲み出る、禍々しい圧力、並みの人間では気付けない程に隠匿された殺気を、ヴィショップは敏感に感じ取っていた。
「いいぜ。それなら俺も心置きなく受けられる」
そしてそれを承知の上で、ヴィショップはゴルトの提案に乗る。
そこには逃げ場の無い今の状況という要素も確かに存在した。だが、それと同時に、ヴィショップの中で首を擡げる“ある”欲求も、それと同じぐらい確かに存在した。
それは陰惨極まる欲求。若さを取り戻し、その手に武器を握ったが故に強い衝動を伴って姿を現した、悪人だけが持ち得る欲求。乃ち、“殺人”という強大無比な刺激への欲求だった。
この瞬間、ヴィショップは目の前の男を殺すことを決めた。
「ふっ、良い度胸だ。おっと。そういえば、俺が勝った時の報酬は決まってるが、あんたが勝った時のはまだだったな。何がいい?」
「勝ってから決めるさ。それより、早く始めようぜ」
ゴルトの問いにヴィショップが短く返事を返すと、ゴルトは「そうか」とだけ言い、フランクに勝負の邪魔にならない位置に下がるように指示する。
ヴィショップも同じように三人に指示し、指示された四人が移動し終わると、互いに後ろを向いて背中合わせになる。そしてそのまま七歩前に向かって進み、再び二人は向き直る。
「マスター」
ゴルトの一言に反応し、窓口の中心に陣取っていたでっぷりと太った男が、銅貨をポケットから取り出してコイントスの体勢に入り、それを横目で確認すると同時に、二人は俊敏な動作で構えに入る。
二人の構えは対照的だった。ゴルトの構えが腰を落としたオーソドックスなものに対し、ヴィショップの構えは身体を横向きにし、肩口を相手に向けて心臓を隠す構えをとっていた。
そのヴィショップの構えを見た、ゴルトの心内に二つの感情が芽生える。
(チッ…何だ、ただの雑魚か…)
一つは失望。もう一つは、ヴィショップの欲した油断だった。
ヴィショップのとった構えは、早撃ちという世界では珍しくはない構えである。心臓を隠すことで胴体への被弾での即死を難しいものにし、狙いを頭へと向けさせる。
早撃ちとは何も速さだけの勝負ではない。互いに遮蔽物が無いという状況から生み出される、一撃必殺の技術の必要性。もし速さで勝ったとしても、一撃で仕留められなければ逆に相手に弾丸をその身に受けることになる。早撃ちの世界では、一撃で相手を戦闘不能に追い込む技術も速さと同じぐらい重要といえた。
それ故に、狙い難い頭や腕などと違って、狙い易い心臓を隠すヴィショップの構え方は早撃ちの世界では合理的な構え方であり、普通ならばヴィショップが場数を踏んでいることの証明となるはずだった。ある一点さえ無ければ。
それはホルスターの位置。通常、ヴィショップの構え方の場合ホルスターは身体の前面に着ける。だが、ヴィショップのホルスターは身体の側面、両サイドに着けられていた。ゴルトがやっているような構えならばそれで正しいのだが、ヴィショップの構え方の場合では逆に相手へ狙いを定める際にタイムロスを生んでしまう。
この構えの状態でホルスターを横に着ける人種はたった一つ。この構えを殆ど扱ったことは無く、見よう見まねでやっているだけの素人のみ。それ故にゴルトは失望した。あの時見せた大胆不敵な態度は、所詮ハリボテだったのか、と。そしてそう考えた故にゴルトの心内には油断が生まれていた。最早、ゴルトはヴィショップのことをただの素人として考えていた。
(フン…。殺気の一つも出しやしない。腕でも狙ってくるつもりか?甘ちゃんめ)
それに加え、毛ほどの殺気すらヴィショップから感じられないという事実。恐らく自分の言葉をそのまま鵜呑みにして、これから始まるのは命の取り合いではなくちょっとした遊びのようなものだと考えているのだろう。
既にヴィショップを殺す気でいるゴルトからすれば、その姿は滑稽極まりないものだった。
(さっさと終わらせてやるよ、ド素人が…)
ゴルトは心中で吐き捨てると、開始の合図であるコイントスが行われるのを待つ。
そして数秒後、キーンという金属音と共に銅貨がギルドマスターの手を離れて宙に舞い、約一秒後、再び音を立てて床に落ちた。
(死ね!)
その瞬間、ゴルトの手が凄まじい速さでホルスターへと奔り、愛用の大型魔弓のグリップを握る。そして単純な威力向上の為に使用する魔弾を大型化した代償として、片手で扱うには有り余る大きさを有することとなったその漆黒の魔弓を一瞬にして引き抜くと、勢いを殺さずに腰だめで構え、瞬時にヴィショップの頭へと狙いを定める。
そしてようやく魔弓をホルスターから引き抜いたばかりのヴィショップに向かって、引き金を弾いた。
(アバヨ、ド素人!)
引き金を弾いたのに合わせて、魔弾の中に封じ込まれていた攻撃魔法が展開。血の様に紅い一センチ程の大きさの魔力弾を発生させ、射出。
以上のプロセスを刹那の間に踏んで射出された深紅の魔力弾は、初速460m/sで魔弓の射出口から飛び出し、ヴィショップの頭部に向かって突き進む。そしてその通り道にある物体全てを貫通し、魔力コーティングが為された部屋の壁に突き刺さった。
魔力弾の直撃を受け、風穴の空いたヴィショップのカウボーイハットがふわりと宙を舞う。
だが、ゴルトが引き金を弾く寸前で思い描いた景色と一致したのはそれだけだった。床には血も脳漿もぶちまけられておらず、仰向けの倒れる頭部の無い死体も存在しない。
ただそこに存在するのは、四つん這いに近い体勢で床に伏せ、右手に握った白銀の魔弓をゴルトに向けながら薄ら笑いを浮かべる、ヴィショップの姿だった。
(チッ…!だが…!)
自分の放った一発が避けられたという事実。ゴルトはそれを瞬時に受け入れると、魔弓を握る右手を左手で庇いながら、魔弓の狙いを地を這うヴィショップへと修正する。
この行動を取った理由はたった一つ。この期に及んで、未だにヴィショップから殺気の類を感じ取れなかったから。
もし殺さずに決着を付けようと考えれば、狙うべき場所は魔弓を握る腕のみ。今からではどうやってもヴィショップの一撃を止めることは出来ない。かといって回避に移っても二発目で仕留められる。命を惜しむなら、回避して敗北を申し出るのが正解だ。だが、狙いが腕と決まっているならば話は別だ。腕にあたっても死にはしない。その上、狙っている場所が決まっているなら、空いている方の腕でガードすることが出来る。そしてこの一撃を凌げば、目の前に居るのは床に這いつくばるようにして伏せ、俊敏な動作など望めない男。
勝機は充分過ぎる程有った。
(以外とやるな……だが、結局ド素人はド素人だ…!)
ゴルトは勝利を確信しつつ、来るべき痛みに備えて覚悟を決める。
そして間髪を入れずにヴィショップの魔弓が轟音を轟かせた。
その時、ゴルトが“行動”に移れたのは、今まで積み上げてきた歳月のおかげといえた。魔弓がこの世に生を受けたのは五年前。つまり、ゴルトがギルドメンバーとして生きてきた歳月の内半分は、魔弓を握っていない。そして魔弓無き五年間で握ってきた武器は剣だった。
それ故に、ゴルトのは気付くことが出来た。五年間に渡り剣を振り続け、高速かつ至近距離で動く相手の得物と斬り結び、生き残ってきたゴルトだからこそ気付くことが出来た。
微塵も殺気を発していないヴィショップが握る魔弓の狙いが、自らの眉間に正確に合わせられているということに。
「クッ!」
ヴィショップの魔弓が魔力弾を発射するのより、一瞬だけ早くゴルトの身体が真横に向かって投げ出される。
その結果、ヴィショップの魔弓が発射した魔力弾はゴルトの頬を掠め、壁に突き刺さった。
「ヒュウッ」
魔力弾を見事に回避したゴルトの身のこなしを見て、ヴィショップが口笛を吹く。
だが、ゴルトにはそんなことを気にしている余裕などなかった。
(どうなってる!?確かに奴からは欠片も殺気を感じなかった!なのに、奴の一撃は確実に俺を殺す為のものだった!)
十年という歳月の中、ゴルトも様々な人物と対峙してきた。その中には当然、殺気を隠すことに長けた者も少なくなかった。
だが、目の前に完璧に姿を晒し、明確な戦意を見せた状況で、しかもまさに殺そうとするその瞬間でさえも、完璧に殺意を消せる人間など、ゴルトは出合ったことは無かった。
(こいつは…こいつは…!)
起き上がろうと床に手を着き、顔を上げた瞬間にゴルトの視界に入ってきたのは一人の男の姿。
まるで幽鬼の如くゆらりと立ち上がり、その顔に薄ら笑いを張り付けながら、身を包む漆黒の外套と真逆の白銀の魔弓を向ける、ヴィショップの姿。
今や、二人の立場はすっかり逆転していた。床に這いつくばるのはヴィショップではなく、ゴルト。しっかりと両の脚で立ち、それを見下ろしているのはゴルトではなく、ヴィショップ。ただ一つ先程と違うことは、引き金を先に弾けるのは地を這う方の人間ではなく、立っている方の人間…乃ち、ヴィショップだということ。
(一体…何なんだ…!?)
その姿を捉えた瞬間、ゴルトは初めてヴィショップの殺気を感じ取ることが出来た。
今まで出会ってきたどの人間の殺気とも違う殺気を、突き刺さるのではなく圧し掛かるような殺気を、研ぎ澄まされているのではなく泥のようにねっとりとした殺気を、ゴルトは感じ取ることが出来た。
(殺…され…る…)
その殺気を前に、ゴルトが死を覚悟した、その瞬間だった。
ゴルトに向けられていた魔弓が、いきなり何かに弾かれたかのように跳ね上がったかと思うと、鈍い鉄色の物体が一瞬前までヴィショップの手首があった地点を凄い勢いで貫いた。
その物体がナイフだと分かったのは、捉えるべき対象を捉えそこなったナイフが、ギャラリーの眉間に突き刺さってからだった。
「兄ァァ貴ィィィ!」
絶叫と共に、ロングソードを抜き放ったフランクがギャラリーの中から現れ、ヴィショップに向かって斬りかかる。
「躾がなってねぇなぁ、オイ!」
ヴィショップは悪態を吐きつつ、乱入してきたフランクに魔弓を向けようとする。だが、引き金を弾くよりも速く、フランクのロングソードの切っ先が疾り、ヴィショップの握る魔弓へと伸びた。
「チッ!」
ヴィショップは舌打ちを打つと、魔弓を握る腕を上げて、魔弓狙いの横凪ぎの一撃を避ける。
だが頭に血が昇っているのか、それとも避けられることを予想していたのか、そのどちらかは定かではないものの、フランクは避けられたことに対して驚きもせず、ヴィショップに向かって一歩踏み込んで、今度はヴィショップの首目掛けてロングソードを振るう。
「うおっと!?」
ヴィショップは、その一撃を身体を後ろに反らすことで回避する。そして、フランクの一撃を回避した体勢のまま、フランクの頭に瞬時に狙いを定め、引き金を弾こうとした。
「オラァッ!」
「ぐっ…!」
だが、引き金を弾く寸前に、ヴィショップの腹にフランクの左足が突き刺さる。それによって体勢が崩れ、発射された魔力弾はフランクの腹を掠めるに留まり、ヴィショップは呻き声を上げてそのまま蹴り飛ばされ、床に転がる。
フランクは魔力弾が腹を掠めたことに何の反応も示さずに、床に仰向けに倒れているヴィショップとの距離を詰めると、ロングソードを振り上げる。
「死ねィ!」
「クソが…!」
ヴィショップは僅かに上体を起こすと、魔弓を両手で構える。
狙うは、フランクの両腕。
頭は恐らく躱されるだろう。フランクの視線を辿ってみれば、このような状況でもちゃんと魔弓に向けられていることが確認出来る。魔弓を使う、遠距離型のゴルトですら躱してみせたのだ。フランクの場合は撃ったところで、顔を逸らされて躱されるのがオチだろう。
だからこそ、両腕を狙う。腹に撃ち込んだところで振り下ろされるロングソードが止まる保証は無いし、剣士であるフランクは鉄製の胸当てをしていて心臓を一発で撃ち抜けるかどうかも確かではない。唯一確実にこの一撃を止められる方法は、両腕を撃ち抜いて剣を手から放させること。
だが、それは簡単なことでは決してないし、むしろこの状況では神業に近い。チャンスは一度、そして瞬時に二つの対象を撃ち抜かなければならない。だが、それでもやらなければならない。
(来いよ…!)
その一瞬に全てを賭け、ヴィショップは引き金に力を籠める。振り下ろされる刃がヴィショップに迫る。そして次の瞬間に鳴り響いたのは、轟音ではなく刃が堅い何かに突き刺さる音だった。
「…テメェ」
フランクが忌々しそうに呟く。その首元には鉈と見紛う程の大きさのナイフが当てられていた。
「あれ?手ェ出していいんだっけか、コレ」
そのナイフの持ち主たるレズノフは、ニヤニヤと笑みを浮かべながらヴィショップに訊ねる。その右足を、ロングソードをしっかりと握り絞めるフランクの両腕に押し付けながら。
「むしろ、遅いぐらいだ」
ヴィショップが呆れたような笑みを浮かべながら返事を返し、ナイフを首元に当てられているフランクに魔弓の射出口を向ける。そんなヴィショップの顔の真横では、レズノフの蹴りによって軌道を無理矢理ずらされたロングソードの刀身が、床に突き刺さりながらも煌めいていた。
「おっと、落ち着けよ」
ヴィショップはフランクの股の間から、先程ヴィショップの魔力弾を回避した際に倒れていたゴルトが体勢を立て直し、魔弓の狙いをヴィショップに定めようとしているのを確認すると、ホルスターからもう一挺の魔弓を引き抜いてゴルトに向ける。
「…チッ」
ゴルトがヴィショップに視線を向けながら舌打ちを撃つ。だが、それは何もヴィショップとレズノフだけに向けられたものではなかった。
「動くなよ?動けば首を落とすぞ」
いつの間にかゴルトの真横に位置しているヤハドが、曲刀をゴルトの首に押し当てながら告げる。既に血が滴り始めている曲刀の刀身が、ゴルトが妙な真似をすれば、即座に首を斬り落とすとまでないかないまでも、一瞬にして首を掻き切るぐらいのことは可能だと、雄弁に語っていた。
「さてと。随分綺麗に揃っちまったようだが、どうする?」
「ハッ、決まってるだろ」
ヴィショップが茶化したように問い掛けると、ゴルトは吐き捨てるようにして返事を返し、親指を魔弓の魔力弁に掛ける。それに瞬時に対応したヤハドが、曲刀の刃を僅かに押し込み、更に血が滴り落ちるが、本人はお構いなしといった様子で魔力弁から親指を放そうとはしない。
(…仕方ねぇ)
そのゴルトの態度から、ヴィショップは覚悟の程を感じ取ると、一つの提案を持ちかける。
「なぁ、あんた。このまま続けたら死人が出る。しかも双方にだ。それは最初のルールに反するんじゃないか?」
「…どの口がほざく」
ヴィショップの言葉を受けて、ゴルトが下らなさそうに呟く。
まぁ、ヴィショップがゴルトに向けた殺気の質を考えれば、出て当然の言葉である。それに、そもそも殺人は禁止というルールは無い。もっとも、それを今この状況で言い出すような愚かな真似は(レズノフが一瞬何か言おうとしていたのが気になるものの)誰もしなかったが。
「そう言うなよ。でだ、ここは引き分けで手を打たないか?」
ヴィショップはへらへらと笑いながら、ゴルトに提案する。
ゴルトはそんなヴィショップの態度に眉をひそめたものの、そのまま数秒程考え込んでからゆっくりと親指を魔力弁から放した。
「いいだろう。だが、その前におまえはその、魔弓をしまえ」
「分かった。…ヤハド。そいつが指一本でも動かしたら、頸動脈をぶった切れ」
「チッ…!指図するな、米国人が…」
ヴィショップはゴルトの言葉を素直に聞き入れると、ヤハドに指示を出してから魔弓をホルスターへと収納する。それを確認したゴルトは自らの魔弓をホルスターに収めると、フランクの名前を呼ぶ。それを聞いたフランクは乱雑にレズノフの足を払い除け、ナイフを首元に当てられた状態のままロングソードを鞘に戻した。そして最後にヴィショップがレズノフに目配せして喉元に当てていたナイフを退けさせると、フランクはヴィショップから数歩あと下がって距離を置き、ゴルトもヤハドに突き付けられた曲刀を手で払い除けてフランクの近くへと移動した。
「よし。これで今回はお開きだ。いいな?」
「……お前等、例の遺跡での討伐に参加するのか?」
「それは、あのバウンモルコスとかいうやつの討伐依頼か?」
曲刀を収めながらヴィショップの許に戻っているヤハドがゴルトに訊くと、ゴルトは首を縦に振って答える。
「一応、参加する。もっとも、別口で受けてるから厳密には参加する訳ではないけどな」
「フン、あの没落貴族のクソガキが依頼してる方か。随分と酔狂なことをするもんだな」
ヴィショップの答えを聞いたゴルトが、馬鹿にしたような口調で告げる。だが、ヴィショップは全く意に介さずに、さっさと本題に入るように促した。
「で?何が言いたいんだ?」
「…ギルド主催の討伐が行われるのは、二日後だ。お前等はそれに合わせて、そのクソガキの依頼を始めろ」
「つまり、討伐隊と獲物の取り合いをしろってことか?」
「正確には、俺等とだ。俺等も参加する予定だからな。ギルドメンバーらしく、依頼で決着を付けようじゃねぇか」
腕を広げ、そう宣言する、ゴルト。
この申し出を、ヴィショップは拒否することも出来ただろう。寧ろ、依頼達成だけを狙うなら拒否するのが正しい。
「いいぜ。受けて立つ」
だが、ヴィショップはその提案を受け入れた。
今の状況でこの提案を呑まなければ、ヴィショップ達は一気に臆病者扱いされるだろう。そしてその姿を見守るギャラリーは、人殺しすら黙認するような最底辺のギルドに所属する人間。そして、総じてそういう人種は他人の醜態を言い触らすのが好きな人種だ。恐らく、一晩で町中に広まるだろう。それはヴィショップの望むところでは無い。
そして何より、ヴィショップは最初から依頼の実行日を、ギルドの討伐の実行日に合わせようと考えていた。
「言質は取ったぜ。臆病風には吹かれるなよ?」
「要らん心配だな。俺は寧ろ、お前が助っ人に母親でも呼ぶんじゃないか、心配だよ」
ヴィショップから了承を取ったゴルトは、ニヤリと笑うと、フランクと共に出口に向かって歩き出す。その背中にヴィショップが軽口を叩き付けてやると、フランクが振り返ってヴィショップを睨み付けてから、ギルドを後にした。
「なぁ、ジイサン」
「何だ?」
そんな二人の後ろ姿を見ていると、レズノフが話し掛けてきた。
「何で引き分けにした?あれなら、勝ちに持って行くことも出来たんじゃねぇのか?」
「何だ、そんなことか…」
レズノフの問いに、ヴィショップは呆れた表情を浮かべながら、さも当然のように告げた。
「確かに、お前の言う通りだ。あの時武器を使えるのは、あのゴルトとかいうインコンプリーターだけだった。もしヤハドが奴を殺すより速く引き金を弾けても、殺せる人間は一人。どうやっても後の三人は生き残れる」
「なら、尚更どうしてだよ?」
「馬鹿、奴の狙いは俺に向いてたんだぞ?」
不思議そうな表情を浮かべて訊いたレズノフに、ヴィショップは、勘弁してくれとでも言いたげに顔をしかめて答えた。
「臆病者め」
「悪かったな。もし、お前等がそんな状況に陥ったら、躊躇わずに引き金を弾いてやるから、安心しろ」
ボソッと呟くようにして告げたヤハドにそう返すと、ヴィショップは机の裏に終始避難し続けていたミヒャエルを、引きずり出す為に足を動かし始めた。




