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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
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紺碧の罠

 『リーザ・トランシバ』の玄関口にして、現在は『グランロッソ』の軍勢によって制圧されてしまっている港町『ウートポス』。その中でも最も大きく、そして『ウートポス』の入り口から、『グランロッソ』とを隔てるライアード湾、『スチェイシカ』ではボルチェフ湾と呼ばれている海に面する港まで続く一本の通りを、『グランロッソ』の兵士達が忙しなく動いていた。


「急げ! もう、いつ来てもおかしくないぞ!」


 兵士の指揮を任された騎士が激を飛ばし、兵士達が止めかけた腕を再び動かし始める。

 兵士達が集まった通りで行われているのは、戦闘行為ではなかった。いや、それどころか傍目からは軍事行動かどうかすら怪しく見えただろう。何故なら、『グランロッソ』の精鋭達が鎧を鳴らしながら汗を流して行っている行為は、『ウートポス』制圧の時の戦闘行動で通りにあちこちに出た、最低限馬車が進むのに邪魔になりそうな障害物の撤去作業だったのだから。

 その光景を街中に何本もそびえ立っている物見櫓から見下ろしている人物が三人居た。一人は、先程ヴィショップから連絡を受け取った『コルーチェ』の構成員であるラギという男。後の二人は『スチェイシカ』侵攻の指揮を執っている『グランロッソ』の兵士とその護衛だった。


「さて……こうしてここまで準備を進めているんだ。まさか、与太話だったということはないだろうな?」

「そ、そりゃあ、ねえって。こんな状況であんな嘘吐くなんて思えないしよ?」


 眼下で動く兵士達を驚いた様な表情で眺めていたラギに、指揮官が冷ややかな視線を送りながら声を掛ける。ラギは慌てて指揮官の方を振り向いて反論するが、最後の方は自分自身確信が持てていないのか、少し勢いが弱まっていた。

 指揮官はそんなラギの素振りを見てつまらなそうに鼻を鳴らして口を動かす。ラギは怯えたように首を竦めつつ、指揮官に問いかけた。


「にしても、意外とすんなり話を受け入れてくれたよな。俺が言うのもなんだが、普通あんなこといきなり言われても信じられないぜ?」

「……普通なら、な。だが、貴様も見ただろう、先程の天を貫く光柱を」


 ラギの発した質問に、指揮官は『リーザ・トランシバ』の方の空に視線を向けつつ答える。


「神話でしか起こり得ないような事態が起こり得る国だ、ここは。ならば、貴様の語った不死の怪物が現れたとしても何らおかしくはない。それに…」

「…それに?」


 指揮官は一端言葉を切ると、微かに表情を苛立たしげに歪める。ラギは怪訝そうな表情を浮かべて、彼が続きを発するのを待った。


「貴様の話では、ここに向かってこようとしているようだからな。となれば、否が応にも何らかの対策は練らねばなるまい」


 指揮官が吐き捨てるようにそう告げた直後、眼下から兵士の声が飛んできた。


「団長! 船の準備、全て整いました!」

「乗り組み員の方はどうだ」

「そちらも、万事整っております。後は、目標が現れるのを待つだけです!」

「よくやった。後は作戦開始まで控えていろ」

「ハッ!」


 眼下の兵士は律儀に頭を下げて物見櫓から離れていった。手すりから顔を覗かせて会話を交わしていた指揮官は顔を引っ込めると、ラギに向かって右手を突き出した。


「神道具を寄越せ。こちらの歓待の準備は整ったことを知らせる」


 指揮官がそう告げると、ラギはヤハドから渡されていた神道具を指揮官に手渡した。






「ああっ、くそっ、何で死なないんだよ、こいつはっ!」


 『リーザ・トランシバ』と『ウートポス』を繋ぐ街道にエリザの悪態が響く。そしてその直後、彼女の手に握られた魔弓の轟音がその悪態を掻き消した。

 轟音は三度鳴り響き、鳴り響いた轟音と同じ数の魔力弾が馬車の後方に向かって放たれた。背後から馬車を猛烈に追いかけている青肌の女性は最初の一発こそ横に飛んで躱したものの、そこに向かって瞬時に放たれた二発の魔力弾までは躱し切れずに胴体から真っ赤な華を咲かせる。


「が…うがああああっ!」


 しかし、魔力弾が直撃したにも関わらず青肌の女性は少したじろいでスピードを落としただけで、脚を止めることはなかった。

 エリザは舌打ちを零すと、魔弓を両手で構えて青肌の女性の眉間へと狙いを定める。


「いい加減に……わっ!」


 狙いを定め、引き金を弾こうとした瞬間、石でも引っかけたのか馬車の車体が一瞬跳ねた。定めていた狙いは眉間から大きく上へとずれ、それに加え跳ねた時の衝撃で図らずして引き金が弾かれてしまう。当然、撃ち出された魔力弾は青肌の女性に命中することはなく、街道の横に映えている木の枝を撃ち落としただった。


「おい、ちゃんと当てろ! 下手糞が!」

「何だと! 今のはお前が馬車を揺らしたのが悪いんだろうが! 騎手ぐらい一人前にこなしてみせろ、下手糞!」


 魔力弾を外した直後、手綱を握るヴィショップの罵倒がエリザに飛んでくる。それが癪に障ったのか、エリザはわざわざ身体を回転させてヴィショップの方を向いてヴィショップに暴言を投げつける。


「てめぇ、自分の腕の悪さを棚に上げてんじゃねぇよ! 俺なら今ぐらいの揺れじゃ外さなかったぜ!」

「上等だ、お前、そんなに私の腕前が拝みたかったら、お前の背中にぶち込んで証明してやる!」

「やってみろよ、あぁ!? その前にてめぇなんぞ、この馬車から振り落としてやる!」


 それに対抗してヴィショップも顔をエリザの方に向け、右手で魔弓を引き抜いて罵倒の応酬を始める。お互いに本来見るべきものから視線を外しながら、激しく罵り合う。そんな中、馬車を追いかける青肌の女性は地面を強く踏み込むと、一気に馬車の荷台目掛けて跳躍した。

 その瞬間、ヴィショップとエリザの右手が弾かれたように動いた。魔弓を握りしめた両者の右腕は互いの顔の真横を通って突き出され、ほぼ同タイミングで引き金を弾いた。

 二つの轟音は重なり合って一つにしか聞こえなかった。ヴィショップの魔弓から放たれた魔力弾は飛びかかってきた青肌の女性の眉間を、エリザの魔弓から放たれた魔力弾はヴィショップの頭の高さにあった木の枝を撃ち抜いていた。

 眉間を撃ち抜かれた青肌の女性が空中で大きく仰け反り、そのまま地面に落下して転がっていく。それと同じようにエリザによって撃ち抜かれた木の枝も地面に落下し、疾走する馬車の車輪に砕かれて姿を消した。


「…撃つなら、事前に一声かけろ」

「人に文句付ける前に自分で実践しろ、だよハニー」


 鳴り止まない耳鳴りに表情を歪めながらエリザが呟き、身体を後方へと向ける。ヴィショップは微笑を浮かべて言い返すと、視線を馬車の前方へと向けた。


「とにかく、弾を無駄遣いするなよ。『ウートポス』に着けばそれで終わりってわけじゃないんだからな。頼むから、俺の股の下にぶら下がってるタマまで使わせないでくれよ」

「安心しろ。お前のじゃ鼠一匹殺せやしない」

「無いからって僻むな…痛っ! ったく、一丁前に嫌がるなら、もう少し女っぽく振る舞ってからにしろよ…」


 笑みを浮かべながら軽口を叩いていたヴィショップだったが、後頭部に肘をねじ込まれて仕方なく口を閉じる。

 と、丁度その時、ヴィショップの左手首に巻かれた通信用のブレスレット型神道具がぶるぶると震えだした。


「通信か……ラギか?」


 ヴィショップは手綱を握りつつ、歯で神道具を操作して話し掛ける。しかし予想と反して神道具から流れてきた声は、先程連絡を取った時に応対したラギという男のものではなかった。


『いや、違う。ところで君か? 不死身の厄介者を街に連れ込もうとしている人間は?』

「…あんたは?」


 ラギのものとは比べものにならない威圧感を孕んだ低い声に、僅かながらヴィショップの表情が引き締まる。ヴィショップが名前を問うと、男は一拍開けてから自身の名を告げた。


『今回の『スチェイシカ』遠征の指揮を任された、ジードという。所属は『グランロッソ』征煉皇騎士団』

「成る程、騎士様って訳か。丁度良い。俺はヴィショップだ。ラギの奴から話は聞いてるな?」

『まぁな。それより、君が連れ込もうとしている存在について話を聞いておきたい。君から直接な』


 ヴィショップが名前を告げる。既に自分が話している人物が何者なのかを知っていたジードは、特に歌がる様な素振りを見せることもなく話を本題へと移した。


「身長は平均的な男より少し低いか同じ程度。腕力はふざけたレベルで、素手で人間の頭を吹っ飛ばしてくる。肌は深い青で、頭からは角、全身にタトゥーみたいな模様が走ってる。ついでに不死身で、頭吹き飛ばそうが上半身吹き飛ばそうが、全身滅多刺しにしようがピンピンしてやがる。あと、素っ裸だ。良かったな」

『…何か対策は?』


 ヴィショップが話の最後に発した軽口を無視してジードはヴィショップの方針を問うた。


「ラギから聞いてると思うが、海に沈める以外は何も無い」

『そうか……街の大通りを通れるようにしておいた。そこを突っ切って港まで来い。港まで来たら、『グランロッソ』の国旗が揚げられている船に乗り込め』


 ジードはそれだけ告げると、一方的に通信を切ってしまった。ヴィショップは苦笑を浮かべて神道具を袖の中に引っ込めると、後ろを振り返ってエリザに声を掛ける。


「良い知らせだ! どうやら『ウートポス』に居る連中がそこのアバズレを何とかする方法を考えたみたいだぜ!」

「そうか! で!? どうするんだ!?」


 馬車に迫ってくる青肌の女性の右眼を撃ち抜きながら、エリザが訊ねる。


「さぁな! 俺も詳しいことまでは知らん! 取り敢えず、港に向かう!」

「知らないだと!? それで本当に大丈夫なのか!?」


 エリザはシリンダーを開いて使用済みの魔弾を排出しつつ、ヴィショップに聞き返す。『ウートポス』市内へと通じる門はすでにもうすぐそこまで迫っていた。


「それこそまさに、神のみぞ知るってやつだ!」


 ヴィショップは笑みを浮かべて、吠えるように返事を返した。それと同時に手綱が勢いよく振られ、二頭の馬が力強く嘶いて加速する。門までの距離が瞬く間に狭まっていき、


「神なんて信じてなさそうな面してるくせに…!」


 エリザが口角を吊り上げながらそう呟いた時には、馬車は『ウートポス』市内へと突っ込み、ジーグに指定された大通りを突っ走っていた。

 ヴィショップの駆る馬車が入ってきた瞬間、大通りに立っていた兵士達が雲の子を散らしたように大通りから離れていく。ヴィショップは散り散りになっていく兵士達のど真ん中を突っ走りながら、行く先に見える港へと視線を向けた。


「……あれか!」


 港に立ち並ぶ何本もの船のマスト。その中の一本に『グランロッソ』の国旗が掲げられているのをヴィショップは発見する。


「ラストスパートだ! 振り落とされるなよ!」


 目的の船が停泊している場所目掛けて、ヴィショップは馬車を走らせる。その内馬が二頭共ぶっ倒れるのではないかと思うようなスピードで大通りを疾走する馬車は、あっという間に港の手前まで進んでいく。無論、その後ろに喚くように咆哮を上げながら追いかけてくる青肌の女性を引きつれて。


「おい! そろそろ馬車を止めろ! これごと船に突っ込む気か!」


 桟橋が近くまで迫ってきたところで、荷台で青肌の女性に向けて魔力弾を打ち込んでいたエリザがヴィショップに馬車のスピードを落とすように告げる。


「んなこと、言われなくても分かって……あ?」


 エリザから声を掛けられたヴィショップは彼女に返事を返しながら馬車のスピードを落とすべく手綱を動かす。

 だが、ヴィショップの思惑とは裏腹にいくら彼が荒々しく手綱を動かそうと二頭の馬は動きを全く緩めようとしなかった。


「おい、どうした! お…まさか、止まらないのか!?」


 中々スピードを落とそうとしないヴィショップに業を煮やしたエリザが振り向いてスピードを下げさせようとする。が、何度も手綱を動かすヴィショップの姿を見た瞬間、全てを理解して信じられないような声を上げた。

 対するヴィショップは、何も答えずに無言で二頭の馬を睨みつけていた。既に馬車は港に入っており、目標の船に到達するまで時間は無い。ヴィショップは少しの間、黙って馬を睨みつけていたが、やがてゆっくり息を吐き出すとエリザの方を振り向いて彼女に告げた。


「…飛ぶぞ」


 その言葉が発せられた瞬間、エリザの表情に引きつった笑みが浮かんだ。ヴィショップはそれを無視して馬の方に顔を向けると、手綱を左手で纏めて持ち、右手で魔弓を引き抜く。そして御者台の上にしゃがんで魔弓を馬へと向ける。

 その行為を見たエリザの動きは素早かった。すぐに荷台からヴィショップの隣へと移動を始める。その最中、背後から聞こえた方向に反応し、振り向きざまに一発魔弾を発射する。発射された魔弾は青肌の女性の頭部を捉え、青肌の女性は地面に倒れ込む。その時には、既に馬車は桟橋に差し掛かろうとしていた。

 そしてエリザがヴィショップの隣に立った瞬間、ヴィショップは右手に握った魔弓の引き金を二度引いた。

 撃ち出された魔力弾が二頭の馬の頭部を撃ち抜く。一瞬にして馬車を牽引していた二頭の馬車が絶命し、もんどりうって桟橋に倒れ込んだ。

 ヴィショップとエリザの脚が御者台を蹴りつけ、今まさに倒れようとしている二頭の馬車を飛び越えて跳躍する。そしてまるで二人が御者台から離れるのを待っていたように、車輪が馬車の死体を巻き込んで一瞬でその動きを止める。一気にトップスピードから停止状態へと移行した衝撃は車体を容赦無く遅い、車体は空中に浮かび上がりながら半回転し、派手な音を立てて桟橋の上に落下した。

 木で作られた桟橋がそれに耐えられる筈もなく、車体は桟橋に大穴を空けて空いた穴から海の中へと沈んでいく。それにひきずれて二頭の馬の死体も沈んでいく中、ヴィショップとエリザは桟橋に両手を突いて立ち上がろうとしていた。


「は、ははっ、まったく、今日は、綱渡りしてばかりだぜ…」


 乾いた笑みを浮かべながらヴィショップが立ち上がる。その横で身体を起こそうとしているエリザは、ヴィショップに呆れたような視線を向けていた。


「馬車を動かすのもまともに出来ない時点で予想を付けとくべきだったな…お前に馬車を停めることが出来ないと……。もう、お前に手綱は握らせないぞ…!」

「あれは馬が悪かったんだ。多分、売女の雌馬とジャンキーの牡馬の間に生まれた双子だぜ、ありゃ。そうでもなければ、あんなタマ無しは生まれねぇよ」


 ヴィショップに人差し指を突き付け、はっきりと宣言したエリザに向かって、ヴィショップは軽く左手を振りながら軽口を叩く。その口元はうっすらと吊り上っていた。


「あぁ、そうか、好きに言えばいいさ。とにかく、もうお前が手綱を握る馬車には乗ら…」


 エリザが続けて言葉を発しようとした瞬間、もはや親しみすら湧いてくる程に聞きなれた咆哮が二人の鼓膜を震わせた。

 二人の唇は瞬時に戯れ言を垂れ流すの止め、魔弓を握る両者の右手が咆哮の主へと向けられる。

 車体が開けた穴を飛び越えて二人の目の前に青肌の女性が姿を表す。ヴィショップとエリザ、両者から魔弓を突き付けられた青肌の女性は、どちらから攻めるべきか迷っているのか子供のようにきょろきょろと二人を見渡した。

 青肌の女性に視線がヴィショップへと定められる。それと同時にヴィショップとエリザの右腕が空を切って、魔弓の矛先を青肌の女性へと向けていた。

 轟音が木霊し、二挺の魔弓から放たれた魔力弾が青肌の女性の両目を射抜く。

 青肌の女性がそのまま背後に倒れ込むのを尻目に、ヴィショップとエリザは桟橋を駆け抜け、渡し板を渡って目的の船の甲板に転がり込んだ。


「お待ちしておりました。事の次第は団長より…」

「挨拶はいいから、さっさと動け!」


 甲板に転がり込んだ二人に、この船の乗組員と思しき兵士達が声を掛けてくる。ヴィショップは彼等を怒鳴りつけながら立ち上がり、視線を桟橋の方へと向けた。周囲ではヴィショップに怒鳴りつけられた兵士達が、慌てた様子で動き始めている。


「それで? お次は何なんだ?」


 隣で立ち上がってエリザも視線を桟橋に向けながらヴィショップに訊ねた。


「さぁな。ここから先は、完全に連中任せだ」


 ヴィショップは肩を竦めてエリザの問い掛けに答える。エリザはそれに対して、「やっぱりな」と呟いただけでだった。

 その直後、桟橋の上で倒れていた青肌の女性がむくりと起き上がり、その相貌にヴィショップとエリザの姿を捉える。


「おい、アレは乗せても構わないのか?」


 ヴィショップとエリザの姿を見るや否や、脇目も振らずに一直線に突っ込んでくる青肌の女性に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、ヴィショップは舵を握っている兵士に問いかけた。


「構いません。むしろ、来てくれないと困ります」


 兵士が答えると、ヴィショップは青肌の女性に魔弓を向けたまま、引き金を弾かずに待機する。それは無論彼の隣に立っているエリザも同じで、万が一の場合に対応出来るように引き金には指をかけたまま青肌の女性に魔弓を向けていた。


「がるぅぅうああああっ!」


 桟橋を駆け抜けていた青肌の女性は渡し板の手前まできたところで、大きく跳躍した。蹴りつけた衝撃で桟橋に穴をあける程の脚力をもって押し上げられた青肌の女性の身体は、一瞬にしてヴィショップとエリザの視界から消える。

 消えた彼女の姿を追って、二人の視線と右腕が上方へと向けられる。果たして、そこに青肌の女性はいた。甲板から突き出て空に向かって伸びる二本のマストの内の一本、その中腹あたりから真一文字に伸びるヤードの上に彼女は立っていたのだ。


「…ふざけてるな」


 一瞬にしてヤードの上に移動することを可能せしめるその尋常ではない脚力に、思わずエリザの顔が引きつる。ヴィショップはヤードの上からこちらを見下ろす青肌の女性に魔弓を向けつつ、兵士に問いかけた。


「なぁ、それで次はどういう手筈なんだ?」

「こ、このまま船でアレを沈める場所まで移動します…」


 流石にこれほどまでの身体能力だとは考えていなかったのか、そう答えた兵士の声は不安で微かに震えて居た。

 だが、ヴィショップが本当に聞きたかったのはそんなことではなかった。


「つまり、俺等は何をすればいいんだ?」


 最早返ってくる答えは薄々分かっていたが、それでもヴィショップは訊ねた。もしかしたら何かしらの案がまだ残っているとい可能性にかけて。


「…目的の場所に到達するまで、あれを足止めしてもらうことになります」


 その兵士の言葉を聞いた瞬間、ヴィショップはその言葉を吐き出すを抑えることが出来なかった。


「お前等に任せるんじゃなかったと思えて来たぜ…!」


 ヴィショップがそう呟いた瞬間、微かな振動と共に船が動きだし、そして


「ぐるあああああっ!」


 ヤードの上に立っていた青肌の女性が咆哮と共に身を投げ、甲板のヴィショップとエリザ目掛けて一直線に向かってきた。

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