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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
74/146

かくて決路は開かれし

 彼の視界に映っているのは、一面灰色の派手さの欠片も無い天井だった。

 それがある教会の天井だと気付くのに、数秒を要した。その光景と背中に感じる冷たくて硬い感触で自分が今教会の床に仰向けに倒れていることを悟る。


「……ぁ」


 彼は立ち上がろうと試みるも、四肢はまるで麻痺でもしたかのように力が入らず、身体を起こすことはおろか微かに動かすことすら厳しかった。おまけに声もまともに出せず、妙な息苦しさまである。その息苦しさは首を絞めつけられているのとはまた違う、まるで喉に穴でも空いているかのような息苦しさだった。

 何とか力を振り絞って、彼は頭を持ち上げる。すると、自分の身に付けている紺色の軍服が血で染まっているのが見えた。


(あぁ、そういう事か。私は…)


 彼はそれで全てを理解したようだった。自分の手足に力が入らない理由も、妙な息苦しさの理由も、自分が横たわっている理由も。


(そういえば…訊いてみたことがあったな…。何故、彼女をこんな小さな教会に置いておくのかと…)


 彼の脳裏に、かつて過ごした時間の一部分が浮かび上がる。これが走馬灯というやつか、などと心中で苦笑を浮かべながら、彼は脳裏に浮かび上がる映像に意識を傾けた。


(あの人は言っておられた…。それは、あれを政治の犠牲者にはしたくないからだと…。確か、その時だったな…)


 過去の思い出に耽りながら、彼はどこか残念そうに呟く。


(あの人の中に、まだあの女性が生きていることを理解してしまったのは…。そして、私などではやはりあの人の隣に寄り添うことは出来ないのだと、理解してしまったのは…)


 それは、自身の主にすら明かしたことのない、いやむしろその主にこそ絶対に明かすまいと誓った、彼にとって最も尊い感情。例え、生きとし生ける全ての人々に石を投げつけられ、神にすら見放されることになろうとも、決して捨てることは無いと誓った感情だった。


(それも当然か…私はこうして、あの人の期待に応えられずにいるのだから…)


 自虐的に笑みを浮かべると、咳き込んだ。咳と一緒にどす黒い血が吐き出され、顔にかかる。だが、それを気にしているだけの余裕など彼には残されていなかった。

 彼に残されているのは、最後に一言紡げるだけの力だけだった。彼はその残りの力を振り絞り、言わなければいけない言葉を振える唇から吐き出した。


「も…うしわけ……ありま…せん……がろ…すさ…ま……」


 その言葉を発し終わると同時に、彼の意識は深い闇の底へと落ちて行った。もう二度と上がってくることの出来ない、深淵の彼方へと。







 何か言葉を呟いたかと思うと、仰向けに倒れていたハーニバルの胸が動くのを止めた。それと同時に微かに聞こえていた呼吸音も途絶え、それらはハーニバルの死という現実をヤハドに伝える。

 立ち尽くしてハーニバルが息絶えるのを眺めていたヤハドは、ゆっくりとハーニバルの死体に近づく。そして彼の喉笛から生えるスローイングダガーを掴むと、一思いに引き抜いた。引き抜くと同時に飛び散った血が、ヤハドの服やターバンに付着する。


「し、死んだのか?」


 片手を長椅子に突き、もう片方の手で殴られた部分を抑えながらラギが立ち上がる。頭のどこかを切ったのか、流れ落ちる血が頬を伝り顎から滴っている。


「あぁ、死んだ」


 引き抜いたスローイングダガーを胴のベルトに戻しながら、ヤハドは答える。返事を聞いたラギはほっとしたように胸を撫で下ろしていたが、やがてもう一つの疑問を思い出したのか再びヤハドに問いかけた。


「そういや、さっきのは何だったんだ? ありゃあ、確かに神導魔法だったが…」


 ラギの言葉と共に、先程の光景がヤハドの脳裏に浮かび上がる。

 神導魔法で作り出された鎖で殴り飛ばされたヤハドが立ち上がり、再びスローイングダガーを構えた時には、すでにハーニバルは魔弓の狙いをヤハドに定めていた。つまり後は引き金を弾くだけの状態であり、ハーニバルが撃つのを躊躇でもしない限り、ヤハドがスローイングダガーを投擲するのより速く魔力弾がヤハドの心臓を食い破っている筈であった。実際、ヤハドの手からスローイングダガーが離れる前に魔弓の発射音は響き渡っていた。

 にも関わらず、斃れているのはヤハドではなくハーニバルだった。それはハーニバルが狙いを狂わせたからでも、ましてやヤハドが魔力弾を躱したからでもない。

 ハーニバルの魔弓から撃ち出された魔力弾がヤハドに届かなかったのは、それを防いだ存在あるからだ。そしてそのヤハドを魔力弾から防いだ存在は、突如として現れた半透明の壁だった。

 眼の前に突然現れたその壁を見た瞬間、二人の意識は驚きに支配されていた。方や相手の死を確信し、方や自身の死を確信していたにも関わらずそれが唐突に覆されたのだからそれも当然の話だったが。

 そんな二人が驚きから解き放たれたのは、目の前に現れた壁が崩れ去った瞬間だった。互いを隔てていた半透明の壁が消えると同時に、両者の意識は現実へと引き戻される。

 その時二人共が気付いていた。ヤハドへと放たれた魔力弾を神導魔法を使って防いだのが、何者なのかを。そして両者の内片方は、気付いてしまったからこそその事実に囚われ、動きが遅れた。そして、結果として血を流しながら床に横たわり、息絶えることとなった。


「…………」


 黙したまま、ヤハドは視線を説教台へと移す。ラギがそれを怪訝そうに見ているのも構わずに、ヤハドは説教台に向かって歩く。

 段を上り、説教台の真横に建つ。視線を下ろすと、説教台の影から黒い修道複に包まれた脚が覗いていた。

 その足は傍目からでも分かるぐらいに震えていた。


「……君のおかげで助かった。例を言う」


 その言葉を吐くまでに、一瞬の逡巡があった。何故なら、ヤハドは理解していたからだ。説教台の影に隠れ震えているこの少女が、そんな言葉を求めていないことなど。

 それでも、ヤハドにはこの言葉を発する以外のことが思いつかなかった。少しでも少女の心が軽くなることを祈って。


「…どうして、殺したんですか?」


 怯えるような声が、説教台の裏から発せられた。


「何も…何も、殺すことなんて……私は……誰にも死んで欲しくなくて…誰にも傷ついて欲しくなくて…それで…それで………なのに、どうして…どうしてこんな…。いつも通り礼拝堂を掃除して…子供達と遊んで…お祈りを捧げて…讃美歌を歌って……そう、そうなる筈だったのに…」


 言葉に混じってすすり泣く声がヤハドの耳朶を打った。

 もしこの場に居たのがヴィショップなら、何も言わずに彼女の手を取って引きずり出しただろう。レズノフなら、直接手を下したのはお前みたいなもんだ、とでも言って切って捨てるだろう。ミヒャエルなら優しい人ですよねぇ、とでも言って茶化すだけで本気で相手になどしないだろう。

 しかし、ヤハドにはそういったことが出来なかった。


「君は、何も悪くない。悪いのは……君の優しさを利用した俺だ」


 目の前に掛けられた巨大な絵画を見ながら、ヤハドはそう返した。

 ヤハドに対する返事は返ってこない、ただ、すすり泣く声が聞こえるだけだった。


「ここを移動しなければならない。子供たちはどこだ?」

「……どこに行くんですか?」


 やっと帰ってきた返事に、ヤハドは小さく安堵の溜息を吐く。これで少なくとも、彼女にこちらと会話するだけの意思は残っていることが判明した。


「君は、君が思っている以上にこの戦いにおいて重要な存在だ。君には、今からその価値を発揮してもらう為に動いてもらう」

「それは、私の父に関係することですか…?」


 ヤハドの表情に驚きの色が浮かぶ。

 真っ先に浮かんできたのは、ハーニバルの存在だった。彼がプルート達を皆殺しにしてからヤハド達が駆けつけるまでにどれくらいあったかは分からないが、目的の人物(サラ)と話すだけの時間は恐らくあっただろう。


「あの人が、言ってたんです。私をお父上の許にお連れします、って。その矢先に貴方達が来て……あの人を殺した。そして、私にはこの戦いにおける大きな価値があると言い出した。…関係無いと思う方が変ですよ」


 ヤハドに向けて発せられたその言葉には、二つの感情が込められていた。

 一つは、現状に対する諦めの感情。大多数の殺意、いやそれどころかたった二人の人間の殺意にすら自分の理想は敗れ去るのだという現実を突き付けられたことによる、抵抗の放棄。

 もう一つは、それとは全く真逆の決意という感情だった。何故、自分を狙った人間が殺し合いを始めたのか。何故、商人である筈の自分の父がそれに関わっているのか。そして、彼等は自分に何をさせたいのか。その全てを知ることを少女(サラ)決意したことを、その声は雄弁に物語っていた。

 ヤハドは黙って、そのサラの発した言葉を聞いていた。


『あのシスターには何も話すな。ただ、見通しの効く場所に連れてって、お前は喉をいつでも掻き切れるように刃を首元に当たればそれでいい』


 頭の中に、ヴィショップが語った言葉が響き渡る。彼はサラという存在を、ガロスに対する切り札としか考えていないかった。故に、真実を知らせてサラの感情がこちらに不利に動かないよう、情報の一切を与えないようにヤハドに言い付けていた。


(俺は…貴様とは違う、米国人。俺は俺のやり方でやる。こいつは人質である以前に一人の人間であり、そして一人の娘だ。…親のことを知る権利がある)


 サラがそうしたように、ヤハドも決意を固めた。それが結果としてどういう影響を及ばすかは分からない。ヴィショップの予想通り、サラは実の父親であるガロスの方に味方するかもしれない。それはヤハド自身も理解出来ていた。

 だがそれでも、ヤハドは彼女に向けて差し出した手を引っ込めることは出来なかった。

 何故なら、彼もまた一介のテロリストであり人殺しである以前に、一人の父親だったのだから。


「約束しよう。もしついて来れば、君に全てを教えると。そして全てを知った後、そこからどう行動するかも自分で決めるといい」


 ヤハドの褐色の手が、説教台の影に向けて差し出された。

 そして数秒の沈黙の後、説教台の影から伸びてきた白い手が、ヤハドの掌に重ねられた。







 二つの足音が、地下通路に反響する。一つは靴を履いていると思われる固い足音。もう一つは、ぺたぺたという素足でなければ鳴らないような足音だった。

 それを、雷を彷彿とさせる轟音が吹き飛ばす。そしてその余韻が消えると再び固い足音が響き始め、遅れてぺたぺたという足音が蘇る。


「さてと…この辺りなんだが…」


 曲がり角を曲がったヴィショップは、シリンダーを開いて使用済みの魔弾を排出しながら呟く。彼の手に握られている魔弓は先程まで違って一挺だけで、片方はホルスターに納められていた。これはクイックローダーが尽き、再装填を一発づつ手で行わなければならなくなった為、二挺持った状態を維持するのが難しくなったためだった。

 青肌の女性の足音に耳を澄ましながら、ヴィショップは再装填を行いつつ目的のものを探す。彼の頭の中には、予め叩き込んできた地下通路の地図が広がっていた。

 少し先に進んだところで、ヴィショップは今まで通ってきたものと比べて道幅が狭くなっている道があるのを発見する。ヴィショップは魔弓を軽く振ってシリンダーを閉じると、その道へと歩を進めていく。


「ビンゴだな」


 その道に先にあったのは、上方へと向かって伸びる梯子だった。ヴィショップは微笑を浮かべると、早速その梯子を上り始める。


「ぁーーー…?」


 天井まであと少しといったところで、遠くから間の抜けた青肌の女性の声が聞こえてくる。ヴィショップは小さく溜め息を吐いて、魔弓を床へと向けて引き金を弾いた。


「ぁーーー!」


 魔弓の発射音に気付いたらしく、青肌の女性の雄叫びが聞こえてくる。ヴィショップはそれで青肌の女性がこちらの位置を悟ったことを確認し、魔弓を口で咥えて空いた右手で天井に手を伸ばした。

 ヴィショップが手を伸ばした箇所、乃ち梯子が伸びている場所は他の箇所のような石造りではなく、木で作られているようだった。触れた時の感触でそこが出口だと判断したヴィショップが力を込めて押すと、天井がゆっくりと持ち上がり、大の大人一人がすっぽり入るぐらいの大きさの四角い穴が開く。

 そこから差し込む光に目を細めながら、ヴィショップは梯子を上ってその穴から外へと這い出た。這い出た先に広がっていたのは、あらゆる所に剣や槍、弓矢や鎧などが置かれた部屋だった。


(地図通りなら、ここが第四武器庫…)


 ヴィショップは立ち上がると、地下通路へと通じる穴は塞がずに近くの窓に向かい、そこから外の様子を確認する。すると曇天の空の下、市民区から軍事区へと繋がる四方の門の一つと、その前に展開している完全武装の兵士達の姿が見えた。


(てことは、あれがエリザ達が墜とそうとしている南門か…)


 ヴィショップは南門とその周囲に展開している兵士達を凝視する。そうしてヴィショップは、比較的人の少ない場所、門の中へと侵入できる場所、そして指揮官らしき男の居場所等を手早く確認していく。


「あー! あー! あーー!」


 しかしそこまで確認したところで、開けっ放しにしてある地下通路に続く穴から聞こえてくる声が、タイムリミットが来たことをヴィショップに告げた。

 ヴィショップは窓から離れると、穴を一瞥してから武器庫の出口へと近づく。

 外に立っていると思われる見張りの声がうっすらとヴィショップの耳に届く。恐らくは、今の声を聞いて中に踏み込もうか迷っているのだろう。

 ヴィショップの両手がホルスターへと伸び、彼の指がグリップに絡みつく。白銀のボディに細緻な装飾を掘り込まれた二挺の魔弓が、一気にホルスターから引き抜かれその姿を現す。

 外から聞こえていた話し声が止む。中に入ってくるまで、幾ばくの猶予も無い。ヴィショップは脚に力を入れ、いつでも駈け出せるように準備を整える。


「おい、誰か居るの…」


 そしてその言葉と共に扉が開かれた瞬間、ヴィショップは駆け出した。

 開かれた扉の先に居た二人の兵士の表情が驚きに染まる。ヴィショップは二人に魔弓を向けることなく、その隙間を目指して駆け抜ける。

 二人の兵士の内、片方が剣を抜こうと柄に手を掛ける。しかし、その時には既にヴィショップは二人に肉薄していた。間に合わないと踏んだもう一人の兵士が、ヴィショップに向けて拳を突きだしてくる。しかしヴィショップは首を捩るだけの最小限の動きで躱すと、二人の兵士の間をすり抜けた。

 柄を握っていた兵士の手が離れ、後方のヴィショップに向けて伸ばされる。しかし、彼の指先はヴィショップの外套の裾に微かに触れるだけで、彼を捉えることは出来なかった。


「くそっ、侵入し…!」


 二人に背中を向け、ヴィショップは南門に向けて一心に走り続ける。背後から、二人の兵士の内の片方の声が聞こえてきたが、それは突如上がった獣染みた咆哮によって掻き消された。


「うがああああああああっ!」


 地下通路で何度となく聞いた声が、曇天に響き渡る。


「な、何だこい…!」


 地下通路から出たことが嬉しいのか嫌なのか定かではないものの、若干凄味がましたように感じられる彼女の咆哮を無視して、ヴィショップは走り続ける。背後から不自然に途切れた兵士の声と、何かが潰れる様な音が聞こえてきた。

 展開している兵士達の只中へとヴィショップは突っ込んでいく。全力疾走で駆け抜けていく見覚えの無い黒い外套の男に、兵士達が怪訝そうな視線を向ける。そんな彼等の間を殆どスピードを落とさずに突っ切ってヴィショップは南門を目指す。


「おい、そこの奴! 止まれ!」


 ヴィショップの行き先が南門であることに気付いたらしい兵士の一人が、ヴィショップを呼び止める。それは瞬く間に波及し、周囲の兵士が一斉に動いてヴィショップの行く先を遮った。

 完全に周囲を塞がれたところで、ヴィショップは脚を止めた。ヴィショップが何者で、そもそも何を目的にしているのかすら把握出来ていない兵士達は無抵抗で動きを止めたヴィショップを訝しげに眺めていたが、ヴィショップの両手に魔弓が握られていることを見て取ると、瞬く間に武器を構えた。


「それを捨てろ。そして所属を言え」


 兵士の一人が慎重にヴィショップとの距離を詰めながら、そう要求した。彼の視線はヴィショップの両手の魔弓に注がれていた。

 ヴィショップは魔弓を手放さずに周囲を見渡す。そうすることで理解出来たのは、周囲で自分を取り囲んでいる兵士達は殆ど自分を敵として認識していること、そして騒ぎに気付いた他の兵士達が少しづつ近づいてきていることであった。


「最期の警告だ。武器を捨てなければ、強硬手段に出るぞ」


 魔弓を手放そうとせず余裕そうに周囲に視線を向けるヴィショップの姿に眉をしかめると、距離を詰めていた兵士がヴィショップにそう告げた。すると、周りでヴィショップを取り囲んでいた兵士達も僅かに一歩踏み込み、いつでも切りかかれるような体勢をとる。

 しかし、そうなってもヴィショップは魔弓を手放そうとはしなかった。

 ヴィショップに武器を捨てるように命じた兵士は緊張した面持ちでヴィショップをじっと見つめる。彼の手に、彼の腕に力が込められたのが見える。恐らく次の瞬間には、兵士の手に握られた長剣がヴィショップに向かって振るわれるだろう。


(何やってんだ、あのビッチは…)


 中々こちらにやってこない彼女に苛立ちながらも、ヴィショップは両腕に力を込める。眼前の兵士の一振りを片方の魔弓で受け止め、もう片方で彼の喉を撃ち抜く為に。


「ならば……死んでもらう!」

「チッ…!」


 兵士の手に握られた長剣が振り上げられる。ヴィショップは間に合わなかったことに舌打ちを打ちつつ、兵士の一撃を受け止めるべく右腕を奔らせた。


「ああああああああああ!」


 その瞬間、ヴィショップが待ち望んだ咆哮がその場に居た人間の耳を劈いた。

 振り上げられた兵士の長剣が動きを止める。ヴィショップは姿勢を低くすると、目の前の兵士を突き飛ばして駆け出す。


「ま、待て、きさ…」

「な、何だ、こいつはァ!」

「化け物め…! 殺せ! 殺せェ!」

「う、腕がぁ! 腕がぁぁぁ!」


 走るヴィショップの背中を追うかのように怒号と悲鳴が上がる。眼前の兵士達は皆、一瞬ヴィショップに視線を向けるものの、すぐにその後ろから聞こえてくる尋常ではないやり取りに意識を奪われる。ヴィショップはその隙を突いて兵士達の間をすり抜け南門へと駆ける。


「おい、集まれ! 魔獣が入り込んでるぞ!」

「くそっ、どこから…!」


 次第に青肌の女性の存在をはっきりと認識し出して、兵士達がそこに集結し始める。そうなればもはや殆ど障害物などなくなったも同然であった。

 そして、


「お、おい! 向こうで何が起こってるんだ!?」


 ヴィショップはついに、南門の目の前へと到達した。

 俄かに喧騒に呑み込まれた現状に動揺しているのか、南門の入り口に立っていた兵士が大して暑くもないのに額に汗を浮かべながらヴィショップに訊ねてきた。ヴィショップはその兵士に返事代わりに魔力弾を撃ち込んで黙らせると、そのまま南門の内部へと入っていく。


「おい、今の音は…」


 中に入ると、七、八人の兵士達と視線が合った。兵士達は今しがたなった轟音の正体をヴィショップに訊ねようとしたが、彼の手に握られている魔弓を見るや否や表情を一変させて武器を構える。

 しかし、その動きよりもヴィショップの動きの方が遥かに速かった。

 ヴィショップの両手に握られた二挺の魔弓が跳ね上がる。そして彼等に最初の踏み込みをさせる間もなく、両手の魔弓が立て続けに死の絶叫を上げた。

 シリンダーが回転する。射出口から魔力弾が吐き出される。兵士達の胸や頭から血が吹き出し、壁や床を紅く染める。たった数瞬の出来事の後、その場に残ったのは魔弓を構えるヴィショップと沈黙のみになった。

 左手の魔弓を口に咥え、両手を使って右手の魔弓に魔弾を装填する。外からは、相変わらず兵士の絶叫と青肌の女性の哮りが聞こえてきていた。どうやら魔弓の発射音に気付けない程、突如として現れた不死身染みた怪物との戦闘に意識を持って行かれているらしかった。


(よくよく考えてみれば、コカインで水星辺りまで脳味噌吹っ飛ばしてる奴じゃなきゃ考えないような作戦だったが、案外上手くいくもんだな…)


 右手の魔弓をシリンダーをホルスターに戻し、今度は口に咥えていた魔弓に魔弾を装填しながらヴィショップは心中で苦笑を浮かべた。そしてそちらの魔弓の装填も終えると、左手で魔弓を構えながら奥へと続く扉を抜けた。


「…これか」


 扉を抜けた先にあったのは、四つの操舵輪が半分程床に埋まった様な見た目の巨大なハンドルと、それと同数の太い鎖だった。


「門を閉めるんじゃなくて、開けるんで助かったな。逆だったら、あの筋肉馬鹿でもいなけりゃ投げ出してたところだ」


 四つあるハンドルの内の一つを撫でながらヴィショップは呟いた。どうやらこの門は、ハンドルを回して鎖を巻き上げることで門を引き上げて開く仕組みのようだった。


「さて…それではこれで…」


 ヴィショップは左手に握った魔弓を鎖へと向けた。


開門(オープン・ゲート)だ」


 そして小さく呟き、引き金を弾いた。

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