Fierce Battles
王家の打倒という一つの意思の許に、群集が『リーザ・トランシバ』の市民区のあちこちでレジスタンスの旗を掲げる。今や、辛うじて続けられていた治安維持軍の抵抗も殆ど潰えており、市民区で起こっていた戦闘は一端の終結を見せていた。
「これは…」
群集が上げる歓声の中、エリザは手近にあった物見櫓の上からその光景を険しい表情で眺めていた。
予想以上の群集の賛同、そして市民区に駐留している治安維持軍の敗北と、一見状況は良い方向へと動き続けているように見えるのに、何故彼女の浮かべる表情に喜びや安堵の色が無いのか。それは彼女の本懐があくまで復讐であるということ以上に、目の前にそびえる軍事区と市民区を分かつ砦染みた門の存在が関わっていた。
「まさか奴等…打って出ない気か…?」
エリザはこの騒動が始まって以降、開かれる素振りの無い門を眺めながら呟く。
本来の予定では、既に暴動の鎮圧の為に送り込まれてきた部隊との戦闘が始まっている筈であった。そして慣れ親しんだ市民区の地理を利用して部隊を翻弄しつつ、上陸した『グランロッソ』軍の支援を受けて一気に軍事区を攻め落とす算段であった。
だが、実際には軍事区へと通じる門は沈黙を守り、迎撃の為の部隊は一人たりとも姿を見せない。
それらの事実が指し示すのは、政府が市民区を放棄するつもりだということだった。
「レジスタンスと『グランロッソ』相手に市民区を落とされた状態で籠城戦に持ち込む気か」
確かにこの状況で群集の迎撃の為に部隊を動かせば、厳しい戦いが待っているのは目に見えている。その上背後には『グランロッソ』の軍勢が控えているのだから、打って出るよりも防衛設備を活用して籠城した方が戦いを有利に進められるだろう。しかし今回の場合は、この街のもっとも外側に位置する市民区が完全に掌握されているのだ。これでは市民区そのものからの兵糧の補給はもちろん、他の地区から兵糧を運び込ませることも出来ない。ただ籠城を続けるだけでは、ジリ貧に追い込まれるのは火をみるより明らかだった。
それに加え、他国からの侵略という一面の他に国内に民衆の反乱という一面を持っている今回の場合、不用意に他の地区から兵を呼ぶわけにもいかない。『スチェイシカ』という国が一部特権階級の優遇と周辺の部族への侵略と征服共に拡大してきた国である以上、不満は慢性的につもり続けている。そこに来ての国民の反乱で、恐らくは他の都市や地区でも反乱の気勢が高まりつつある筈である。もしここで『リーザ・トランシバ』に救援に来させて抑制力を低下させれば、『リーザ・トランシバ』と同じことがそこでも起こりかねない。そうでなくとも、戦いが長引けば反乱はいつ起きてもおかしくはないのだ。
つまり、現在の『スチェイシカ』政府には攻勢しか道は残されていないのだ。いち早くこの戦いにケリを付けなければ、状況は加速度的に悪くなっていくのだから。
「……いや、まさかこれは…」
そんな状況下においての消極的な姿勢。それを訝しんでいたエリザの頭の中で、かつてヴィクトルヴィアから聞かされたガロスについての情報が思い起こされる。
そこから導き出される、一つの仮説。エリザがヴィクトルヴィアの話の中にあった状況と今の状況の間にある共通点に気付いた瞬間、その仮説は一転して確信へと変化した。
「テメウス! おい、テメウス!」
エリザの背筋を冷たいものが駆け上がっていく。エリザはすぐさま物見櫓から身を乗り出すと、階下で軍事区へと続く門を破る指揮を執っているテメウスに向かって声を張り上げる。
しかし、
「クソッ、聞こえないか!」
しかしその声は、テメウスまでの距離に加え周囲で絶え間なく上げられている歓声に遮られて届かない。
エリザは悪態を吐くと、テメウスに近づくべく物見櫓の梯子に近づこうとする。
「…ッ、マズイ…!」
その瞬間、エリザは空を覆う雲の向こうで何かが光るのを見た。
その正体がただの太陽であることを祈るエリザの願いも虚しく、その光は雲の向こうで明確な形へと変化していく。地上の群集は門を破ることに夢中で、それに気付いた素振りはなかった。
雲の向こうに薄らと見える光、それは巨大な魔法陣を形作っていた。
「テメウス、逃げろ! 全員逃げさせろ!」
何とかテメウス達にその存在を気付かせようと、エリザは叫び声を上げる。しかしテメウス達は彼女を一瞥することすらなかった。
そして直後、空に現れた魔法陣から地上に向かって光が降り注ぐ。
その光で初めて上空に何かがあることに気付いたテメウス達が、眩しそうに眼を細めながら空へと視線を移す。そのせいで、彼らの足元に上空に浮かぶ魔法陣と全く同じ大きさの巨大な魔法陣が現れていることに気付いた人間は、呆れるぐらい少なかった。
「畜生…ッ!」
地上に現れた魔法陣を見るや否や、エリザは物見櫓から身体を投げた。仮にも神導魔法を使用する彼女は地上に現れた魔法陣を見た瞬間に悟ったのだ。
発動の準備が完了したことを。
エリザが物見櫓から飛び降りたのと同時に、上空の魔法陣から地上の魔法陣に向けて膨大な光の奔流が撃ち出される。撃ち出された光の奔流は見た目の神々しさとは裏腹に、地上の魔法陣に衝突した瞬間に破壊的な衝撃を生み出して地上を蹂躙した。
「うあっ…!」
その衝撃は物見櫓から飛び降りたばかりのエリザをも襲った。彼女の身体は風に吹かれた木の葉のように宙を舞い、幾度も上下を反転させながら吹き飛ばされていく。
その際、途切れ途切れながらも彼女は目にした。魔法陣の周囲に居た人々がその衝撃に蹴散らされて空高く吹き飛ばされ、周囲の民家が衝撃によって破壊されていくのを。
「四元魔導、疾風が第二十二奏“トート・フラッペン”!」
衝撃に身体を揉みくちゃにされながらも、エリザは空中で呪文を詠唱する。魔法の発動によって生み出された突風が彼女の落下速度を殺した。
だが、それでも優雅な着地には程遠かった。固い地面の感触を感じた直後、エリザの身体は地面を転がっていく、神道具を用いた外灯に強かに背中をぶつけてようやく動きを止めた。
「痛っ……これが、奴の魔法か…」
全身に奔る鈍痛に顔を歪めながらエリザは立ち上がった。吹き飛ばされたエリザが着地した位置からは、魔法が使われた場所の様子は建物の影になって確認することは出来なかったものの、先程までうるさいぐらいに響き渡っていた群集の歓声が完全に途絶えていることで、その魔法が発揮した威力が尋常ではないことは容易に推測出来た。
「テメウスは……いや、死んだ、か…」
先程までから一転して静まり返った市街で、エリザは呟く。
最後にテメウスの姿を見た時、彼の身体は天から降り注いだ光に完全に呑み込まれていた。直接会ったことはないにしろ、ガロスがこのような局面でこけおどしを仕掛けてくるような人間ではないのは明白である。そして、発動の余波だけで周囲の人間を天高く放り上げる程の衝撃を生み出す魔法なのだ。それに飲み込まれた人間が生きているとは、到底思えなかった。
「クソ…ここからどうする…!?」
魔弓が未だ右手に握られていることを確認したエリザは、歩き出しながらこれからの行動について思考する。
先程発動した魔法の詳細は分からないものの、二発目以降が同時に発動した様子も無いことから、直接的な被害は軍事区の門の目の前で突破の為に集まっていた人間達だけだろう。そこにもかなりの人数が集まってこそいたものの、市民区の人間の大半が参加しているという現状から考えて、まだまだ戦いを続けられるだけの人数は間違いなく残っているだろう。
だが、むしろこの場合に問題なのは残った人々に戦意が残っているかどうかだった。
神導魔法の名に恥じない、神々しく強烈な一撃。恐らくは、この街どころか“ウートポス”に居た人間ですらあの魔法の発動を目にしていただろう。そしてあの天災の如き魔法を見て、何の戦闘訓練も受けていない人間が戦意を抱き続けていられるかは甚だ疑問だった。それどころか、“ウートポス”の『グランロッソ』の軍勢があの魔法を警戒して進軍を躊躇う可能性もあった。
「……やっぱり、必要なのは目に見える戦果、か」
幾ばくかの思考の果てにエリザが辿り着いた答えは、それだった。
むしろ、それしかなかったとも言えるだろう。古来より、戦意を上昇し兵を鼓舞させるのに最も効果的なのは、勝利という存在を目の前にちらつかせてやることなのだから。
「だが、どうする…?」
しかし、それが分かったところで打てる手が思い浮かんでこないのも事実だった。
エリザにあるのは、魔弓の才能のみ。演説で人々を引き付けることも、ガロスの魔法に拮抗するような魔法を使える訳でもない。そんな彼女に出来ることといえば、精々遠くから誰かを撃ち抜くことぐらいである。しかし、撃ち抜こうにも撃ち抜く対象が居なければ意味が無い。そして、仲間の戦意を回復させる程の相手……それこそ兵団の団長やガロス本人レベルの存在が、わざわざ狙われに出てくる可能性など皆無に近かった。
エリザは足を止めて近くの民家の壁に背中を預けた。思考は動き続けていたが、すぐに元の場所へと戻ってくる堂々巡りを繰り返しているだけだった。
しばしの間そうしていたが、やがて不意にエリザは溜息を吐くと、静かに瞼を閉じる。
「神導魔法白式、第七十一録“フォンス・コーラル”」
そして小声で呪文を唱えると、瞼を閉じたまま虚空に向かってしゃべりかけ始めた。
「うーーがーー!」
真っ直ぐ駆け寄ってきた青肌の女性が、ヴィショップ目掛けて拳を振り上げる。ヴィショップは左手の魔弓を青肌の女性の脚に向けて引き金を弾く。だが瞬間、青肌の女性の身体が一瞬にして宙に舞い上がり、ヴィショップの放った魔力弾は虚しくも地面を削り取る。
「チッ!」
ヴィショップは舌打ちを打って、たった一度の跳躍でヴィショップの身長二倍近くの高さまで飛び上がった青肌の女性の姿を追う。青肌の女性はそのままヴィショップの頭上を飛び越えて彼から少し離れた場所に着地すると、即座にヴィショップの方に向き直って突っ込んできた。
今度は魔力弾を撃ち込んでいる暇も無いと一瞬で悟ったヴィショップは、咄嗟に身体を捩りながら横に向かって身体を投げ出した。
走りながら振り抜かれた青肌の女性の腕が空を切る。青肌の女性は攻撃が外れたと知覚するや否や、すぐに急ブレーキをかけてスピードを殺し、背後に振り向いた。
振り向いた瞬間、ヴィショップの両手の魔弓から放たれた二発の魔力弾が青肌の女性の両目を射抜いた。青肌の女性は頭を大きく仰け反らせると、そのまま仰向けに地面に倒れた。一方、空中で身体を捩って着地を待たずに背後に身体を向けていたヴィショップは、すぐさま立ち上がって青肌の女性の次の攻撃に備える。
「いい加減、死んどけよ…」
青肌の女性が地面に手を突き、ゆっくりと起き上がる。それを見たヴィショップの口から、呆れたような呟きが漏れた。
既にこの不死身同然の存在と戦い始めてから十分以上が経過していた。撃ち込んだ魔力弾は三十を優に超えている。そして現在の状況で出来るような殺し方は殆どやり尽くしていた。
(残りは二つ、左右で一つずつか…)
ヴィショップは外套の上から残りのクイックローダーの数を確認する。城への突入後の乱戦に備えて多目に準備してきたにも関わらず、既にクイックローダーの大半を使ってしまっていた。残りの二つを使い切ったら最後、ベルトに着けてあるポーチに納められた魔弾を一発ずつ装填しなくてはならなくなる。しかし、不死染みた生命力に加え常人を凌駕する身体能力を持った目の前の怪物相手に、悠長に装弾しているだけの隙を何度も生み出せるとは考え辛かった。
(殺す以外の対処法を導き出さないとマズイな…、それも早急にだ…)
それに加えて、ヴィショップ自身の体力もある。ヴィショップが今まで青肌の女性から一撃ももらわずに逃げ続けていられたのは、魔弓による妨害と併用して、攻撃を予知して躱し続けてきたからだ。このどちらかが欠けた場合、一瞬にしてヴィショップは劣勢に追い込まれることとなるだろう。
魔弓とヴィショップの肉体。そのどちらかにガタがくる前に、この戦いにケリを付けなければならなかった。
「あうー…」
起き上がった青肌の女性が、再びヴィショップに襲い掛かろうと身構える。ヴィショップは青肌の女性に意識を集中させ、すぐにでも迎撃が可能なように備える。
『おい、聞こえるか!?』
「なっ!?」
丁度、その時だった。頭の中に突然、エリザの声が響いたのは。
「うがーっ!」
唐突に聞こえてきたエリザの声へと、ヴィショップの意識が一瞬引き付けられる。青肌の女性はそれを本能的に察知したのか、雄叫びを上げながらヴィショップ目掛けて突っ込んできた。
「クソッ!」
ヴィショップは慌てて両手の魔弓の引き金を弾いた。しかし一発は躱され、もう一発は青肌の女性が左腕で受けてしまい、動きを止める程のダメージを負わせられずいに終わる。
迎撃が失敗したことを悟ったヴィショップは慌てて回避行動をとる。しかし、一つの挙動が遅れればそれに連なる挙動も遅れることになる。ヴィショップ目掛けて伸ばされた青肌の女性の右腕は、左に飛びのいたヴィショップの外套を捉え、外套を掴んだ右腕を青肌の女性は力任せに振り回した。
まるで年端も無い子供を扱うかのようにヴィショップの身体が宙に浮かび上がる。そして、青肌の女性に捕まれた外套がその力に耐えきれずに敗れた瞬間、ヴィショップは地下通路の奥に向かって吹っ飛ばされていった。
優に三秒は宙に浮かびっぱなしだったヴィショップの身体は、地面に強く叩き付けられると、それだけでは勢いを殺し切れずに転がっていく。
『おい、大丈夫か!? 今、そっちはどういう状況だ!?』
頭の中に響き渡るエリザの声を再び認識出来たのは、身体が動きを止めてからだった。ヴィショップはあちこち痛む身体を無理矢理起こしながら、呟くようにして返事を返す。
「何、タチの悪い女に付きまとわれてるだけさ…。それより、何の用だ? こいつは魔法か?」
立ち上がったヴィショップは、三十メートル近く離れたところに立っている青肌の女性に向けて両手の魔弓を構えつつ、頭の中に響き渡るエリザの声に問いかけた。
『その通りだ。そっちも随分とマズイ状況みたいだが、こっちもマズイことになっていてな。ヤーゴ達はまだ生きてるか? 今どこだ?』
「先に行かせたよ。俺は途中で、今言った通り粘着質な女と殺り合ってる真っ最中だ」
エリザの質問に答えながら、ヴィショップは僅かに間隔をずらして両手の魔弓の引き金を弾いた。ヴィショップに向けて突進してきていた青肌の女性は最初の一撃こそ躱したものの、躱した先に向かって撃ち込まれていた魔力弾に頭を撃ち抜かれてそのまま倒れる。
『何? こちらの行動が読まれてたのか?』
「そうみたいだな。だが、今俺と戦ってる奴以外に戦力を用意しているとは思えない」
『そうか…。タチの悪い女に絡まれてるといったが、今どれくらい余裕が有る?』
「今どれくらい余裕が無い? って訊いてくれた方が答えやすい。そっちはどうなんだ?」
『こっちは、ガロスが神導魔法を使った。被害はまだ何とかなる程度だが、士気の方が問題だ。それに、軍事区に繋がる門が崩せない。このまま崩せずに居ると、群集が戦いを放棄しかねない』
エリザの返答にヴィショップは小さく舌打ちを打つ。そして眼前で起き上がろうとしている青肌の女性の頭に魔力弾を撃ち込んで再び黙らせると、エリザにわざわざ魔法を使ってまで連絡を取ろうとした理由を訊ねる。
「で、結局何なんだ? 俺にその状況をどうにかして欲しいのか?」
『そう考えていたが……その状況では無理そうだな。やはりこちらで…』
「いや、俺に任せろ。何とか出来るかもしれない」
会話を終わらせようとしたエリザの言葉を遮って、ヴィショップははっきりと告げた。
『出来るのか? よくは分からないが面倒なのと戦っている上に、今は一人なんだろう?』
「信用しろよ。お前はただ、門が開いたらすぐに群集をなだれ込ませられるように準備しといてくれればいい。それに…」
驚いた声音のエリザを納得させるようにヴィショップは答えると、視線を頭の修復を終わらせて今度こそ立ち上がろうとしている青肌の女性の方へと向けた。
「一人じゃないしな」
ヴィショップはそれだけ返すと、踵を返して地下通路を奥に向かって駆け抜け始める。起き上がった青肌の女性は遠ざかっていくヴィショップの後ろ姿を見ると、不思議そうに首を傾げた後、その後を追い始めた。
『スチェイシカ』の玄関口である港町『ウートポス』には、今や長年表向きだけの友好関係を続けてきた隣国、『グランロッソ』の国旗が立てられたなびいていた。
魔導魔法によって生み出された霧に隠れての奇襲作戦は、ヤハド達の援護を受けて最大限の効力を発揮した。上陸した『グランロッソ』の軍勢は瞬く間に港を制圧。そこから二つの部隊に分かれ、片方は市街を、もう片方は『ウートポス』の統治を任されている町長邸へと侵攻し、これらもあっという間に制圧。上陸からたった二時間弱で、『ウートポス』を殆ど手中に収めたも同然にしていた。
しかし、双頭の獅子が描かれた国旗の下で武器を握る兵士達の表情には、勝利の喜びは殆ど現れていなかった。むしろ、その表情に浮かんでいたのは畏怖の感情。それも、人間以上の存在と相対でもしなければ現れることなどないであろうような畏怖の感情が、大半の兵士の顔に張り付いていた。
彼等にそれ程までの畏怖を抱かせたもの、それはつい数分前に現れた巨大な光の柱だった。曇った空を明るく照らし、雲を引き裂いた光の巨柱。そしてその後に彼等を襲った地鳴りに加え、光の柱が現れる直前まで『リーザ・トランシバ』から聞こえてきた歓声が光の柱が消えた後には全く聞こえなくなっているという事象は、否が応にも『グランロッソ』の兵士達にこの土地の支配者の名を想起させ、『グランロッソ』の中でも最精鋭である彼等に、改めて対峙した存在の強大さを理解させていた。
「つまり、『リーザ・トランシバ』に侵攻するのは止めるということか?」
光の柱が現れた方角を兵士たちが息を呑んで見つめる中、『ウートポス』の港に設置された『スチェイシカ』進行作戦陣頭指揮本部の中から、納得のいかなさそう声が上がった。
「そうは言っていない。だがあのような現象が起こった以上、『リーザ・トランシバ』で何かあったのは確かだ。ここは様子を見た方がいいだろう」
他の兵士と比べて些か派手な装飾が彫り込まれた甲冑を身に纏った四十代後半の男が、煩わしそうに返事を返す。そこには、一刻も早く自分に意見する眼前の男を厄介払いしていしまいたいという感情を隠そうとする努力は、どう贔屓目に見ても感じられなかった。
しかし軍議用の机を挟んで男に相対しているヤハドは、臆した様子もなく話しを続けようとしていた。
「それが連中の狙いだ。お前達が群集と合流する時間を稼ぎ、その間に群集を鎮圧するのがな。そもそも、ここに引き籠ったところで国王の魔法が飛んでこない保障などどこにも無いだろう」
「確かに君の言うことは間違ってはいない。が、正解でも無いぞレジスタンス。あの魔法でどれだけの被害が街に出ているか分からない。もしかしたらまともに進軍など出来ないような状況になっているかもしれん。それでなくとも、『リーザ・トランシバ』内の状況が不明瞭なのだ。この街の制圧も完璧ではない訳だし、ある程度状況が分かるまでは進軍は控える。危険が大きすぎるからな」
男はそう言い切ると、顎をしゃくって部下にヤハドをここから連れ出すように指示する。
後ろに立っていた兵士が近づいてきたのを悟ったヤハドは、踵を返して男に背中を向け、近づいてきた兵士二人の間をすり抜けて陣頭指揮の本部となっているテントを後にした。
「どうだったんだ、おい? 連中、動き出すってか?」
テントを出たところで、今まで行動を共にしていた『コルーチェ』の男が声を掛けてくる。ヤハドは男を一瞥すると、無言で首を横に振ってそれに答えた。
「おいおい、何だよ。早くしねぇと『リーザ・トランシバ』の連中がくたばっちまうぜ」
「まぁ、奴等の言い分も間違ってはいない。ただ、俺達にとって都合が悪いだけでな。それより、プルートはどうしたんだ?」
ヤハドが訊ねると、不満そうな表情を浮かべていた『コル-チェ』の男は表情を生き生きとしたものに一変させてヤハドの質問に答えた。
「そうだ、それなんだがな。プルートさん達が、遂に見つけたらしいぜ」
「“切り札”をか?」
「勿論! それ以外に何を探すっていうんだよ」
歯をむき出しにした笑みを浮かべて、男は答えた。ヤハドは頬を緩めると、男の肩を軽く叩いてプルートの元に案内するように告げた。
「こっちだ。何でも、何人かの子供と一緒に教会に逃げ込んでいたとこを見つけたらしいぜ」
そう言いながら走り出した『コルーチェ』の男の後をヤハドは追った。
炎に包まれた建物やそれを消化すようとする『グランロッソ』の兵士、そして『グランロッソ』の兵士達に誘導されて一か所に集められる『ウートポス』の市民達等の横を駆け抜けて、ヤハドと男はプルート達が居るという教会までやってきた。
「ここに居るのか?」
「あぁ。っと、プルートさん! 連れてきましたぜ!」
男はヤハドに返事を返すと、教会の扉を開いて中に居るであろうプルートに声を掛ける。
しかし、返事が返ってくることはなかった。返ってきたのはだだっ広い礼拝堂に木霊した男自身の声のみだった。
「……えっ?」
扉を開いた男の表情はその先に広がる光景を前にして凍りつく。
男の視界に飛び込んできたのは、ある者は壁にもたれ掛かりある物は長椅子にひっかかるようにして死んでいる、六つの死体とそこから広がる血だまり。
そして礼拝堂の奥、一人の英雄に王冠を与えようとしている女神の姿が描かれた絵画の真下で、蝋のようの顔を真っ白にしたサラ・ノウブリスと、左手で彼女の腕を掴み右手で異形の魔弓を構えるハーニバル、そしてその足元で頭から頭に空いた風穴から血を流して死んでいるプルートの姿だった。




