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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
71/146

Underworld

「な、なんだ、こいつは…!」


 掠れた声がヤーゴの口から漏れる。それは周囲で剣を構えている、彼の仲間全ての心境を代弁した一言だった。

 仮面の人物の目の前に姿を現した女性に、彼等の視線は釘付けにされていた。

 肉感的な身体付きに整った顔立ち。しかしそれらの要素よりも、外気に晒された黒い模様の浮かぶ深い青色の肌と、頭から生える一対の角の方が遥かにヤーゴ達の意識を引き付けていた。


「……あー」

『ッ!?』


 角を生やした女性の口が不意に開いたかと思うと、気の抜けた声を共に閉じられていた瞼が開かれた。怠そうにこじ開けられた瞼から除くのは、本来なら白目である筈の部分が黄色に染まった異形の双眸。青肌の女性の表情はどこか眠そうで覇気に欠けていたが、それでも人間離れしたその眼球は彼等を慄かせた。


「どうだ? 一部人間との違いはあるが、概ね人間そっくりだろう?」


 癖のある黒髪を揺らしながら目を擦る青肌の女性を険しい表情で見ていたヤーゴ達に向かって、仮面の人物が声を掛ける。


「貴様……あれは一体何なんだ! あんな魔獣は聞いたことが無いぞ!」


 仲間の一人が仮面の人物に青肌の女性の正体を問いかける。

 仮面の人物は舌を鳴らしながら人差し指を顔の前で左右に動かした。その素振りは、どこか自慢げに感じられた。


「何、素体は君達もよく知ってる魔獣さ。ただ、私はそれに手を加えただけに過ぎん」

「手を加えただと…!? お前は一体…」


 仮面の人物の返答に戸惑いながら、質問をぶつけた仲間の男が何かを言おうとする。

 しかしそれは、後方から上がった轟音によって押し退けられた。


「なっ!?」


 轟音と共に、目を擦っていた青肌の女性の右手から指が弾け飛び、右眼から血が噴き出す。そしてヤーゴ達の視線が一気に音のした方向に向かって注がれる中、青肌の女性は頭を仰け反らせ、そのまま仰向けに倒れた。


「何、呑気に話してんだ。さっさと先に行け」


 ヤーゴ達の視線の先に立っていたヴィショップが、呆れた様な口調で先に進むように告げる。彼の右手には、先程まで青肌の女性の頭があった位置に射出口を向けられた魔弓が握られていた。

 ヴィショップの言葉を受けたヤーゴ達だが、茫然とした表情を浮かべてヴィショップの方を見るだけで動く気配を一向に見せなかった。恐らくは、目まぐるしく変化していく状況について行くことが出来ていないのだろう。

 互いに顔を見合わせる彼等に小さく舌打ちを打つと、ヴィショップは語調を強めて再び声を発した。


「お前等の目的はそこで倒れてる牛女のストリップ鑑賞か? 違うだろうが、さっさと動け」

「わ、分かった」


 ようやく正気を取り戻したヤーゴ達が、ヴィショップに背中を向けて駆け出していく。

 ヴィショップは魔弓の矛先を仮面の人物へと向けると、仮面の人物が動き出した瞬間に引き金を弾けるように体勢を整える。だが、彼の予想とは裏腹に仮面の人物はその場に立ち尽くすだけで何の動きも見せず、ヤーゴ達は仮面の人物の左右をすり抜けて暗闇へと姿を消していった。


「どうした? ご自慢のダッチワイフが撃ち殺されてご傷心か?」


 顔をこちらに向け、微塵の殺気も放たずにいる仮面の人物に向けてヴィショップは話し掛ける。しかし仮面の人物は特に取り乱したりする素振りも見せずに、返事を返してきた。


「少しぐらいは、人の話を聞く努力をした方がいいんじゃないか?」

「安心しろ、お前の話はこれからたっぷりと聞いてやる。それより、どうするんだ? ご自慢の実験動物とやらは死んじまったぜ?」


 ヴィショップは仮面の人物の軽口を軽くあしらうと、魔弓の射出口を下げ、狙いを仮面の人物の脚へと定める。これから色々と聞きたい話がある以上、殺す訳にはいかなかった。

 しかし、そのような状況に陥ってなお、仮面の人物は余裕を孕んだ態度を崩そうとはしなかった。ヴィショップが何をしようとしているか気付いていないということも考えられたが、そこまで愚鈍な人間だととは少なくともヴィショップは思えなかった。しかし、依然として仮面の人物は殺気も敵意も見せることなく、ヴィショップをじっと見据えていた。

 そうして、仮面の人物の真意が掴めぬまま二人の間を数秒の時間が流れる。このままでは埒が開かないと踏んだヴィショップは引き金を弾こうと指に力を掛けるが、その瞬間、彼の目にとんでもない光景が飛び込んできた。


「おいおい、マジかよ…」


 引きつった笑みを浮かべたヴィショップの視線が、青肌の女性が横たわっている筈の場所へと向けられる。しかし、そこには右眼を撃ち抜かれて仰向けに倒れている筈の青肌の女性の姿は無かった。そこにあったのは、傷一つ無い姿で起き上がろうとしている、先程撃ち殺した筈の青肌の女性の姿だった。


「さて、話しを戻すとしよう。私の研究についてだ」


 仮面の人物の発した声がヴィショップの耳朶を打つ。

 ヴィショップの左手が弾かれたようにホルスターへと伸び、気付いた時には引き抜いた魔弓をゆっくりと身体を起こしている青肌の女性の方へと向けていた。青肌の女性へと向けられた魔弓の魔力弁は、既に親指で起こされている。


「魔獣を人間へと転じさせる魔法、それが現在私が研究している魔法だ」


 立ち上がった青肌の女性が、その双眸をヴィショップへと向ける。半開きだった先程までとは違い、はっきりと見開かれた黄と黒の両眼は、両手で魔弓を構えるヴィショップの姿をはっきりと捉えていた。

 しかし、それも一瞬の間だった。次の瞬間にはヴィショップの左手の人差し指が引き金を弾き、魔力を上乗せされた魔力弾が撃ち出される。青肌の女性はそれを避けることすら出来ずに真正面から受ける。強化された魔力弾は先程の一発とは桁外れの威力を発揮し、青肌の女性の頭部と胸、そして左肩を跡形もなく吹き飛ばした。

 夥しい量の血液が周囲にばら撒かれ、仮面の人物のローブにも飛び散る。しかし仮面の人物はそれを気にする素振りも無く、上半身の大部分を吹き飛ばされた青肌の女性の姿を見ていた。

 青肌の女性の身体がゆっくりと後方に傾く。ヴィショップはその光景を黙って眺める。今度こそ眼前怪物が、物言わぬ躯となることを望みながら。

 だが、その期待は力強い足音によって脆くも打ち砕かれる。

 青肌の女性のすらりと伸びた左脚が後方に開き、地面を踏みつける。傾きかけていた青肌の女性の身体が一瞬その場で静止し、次いでゆっくりと上半身の大部分が欠損した身体を起こし始めた。

 青肌の女性の上半身が持ち上がっていくのに合わせて、吹き飛ばされた部分の断面から肉がせり上がってくる。せり上がった肉の中から骨が伸び、それは瞬く間に無くなった筈の上半身を形作っていった。

 そして青肌の女性が上体を起こしてヴィショップに向き直った時には既に、その姿は最初に見た時と何ら変わりのない姿へと戻っていた。


「バウンモルコスは憶えているだろう? あれにもこれと同じように、人へと姿を変える術を施したんだが、大きさが些か小さくなっただけで上手くいかなかった。その代わり、面白い結果が出た」


 幻想かあるいは白昼夢を疑いたくなる光景を、ヴィショップは静かに見据える。彼の眼前では、身体を再構築した青肌の女性がヴィショップのことをはっきりと見開かれた二つの眼で見つめていた。

 そこに、仮面の人物の声が飛んでくる。その言葉を聞いたヴィショップの頭の中には、羽を生やし身体を二つに分裂させたバウンモルコスの姿が浮かび上がってきた。


「君も知っての通り、あのバウンモルコスは身体を自ら二分した上に、そのどちらもが自立して行動し、あろうことか片方は体面積に見合わない量の幼体を産み落とした」


 青肌の女性が一歩、ヴィショップの向けて足を踏み出した。

 刹那、ヴィショップの手に握られた魔弓が三度唸りを上げる。


「今まで少しぐらい対象に変化が生じることはあったが、あれ程の変化は初めてだった。あれを私は、この未完成の魔法による何らかの作用によって対象の生物の生存本能が強く刺激され、結果として対象の身体の構造を著しく変化させたのだと考えた」


 青肌の女性の胸に三つの穴が穿たれる。放たれた魔力弾はヴィショップの狙い通り、正確に心臓と両肺に撃ち込まれていた。

 だが、青肌の女性が見せた反応は一歩後退してたじろいでみせるだけだった。微かに表情が苦しげに歪んではいたものの、瞬く間にせりだした肉によって傷痕が埋められた頃には、その表情は余韻だけを残して消え去っていた。


「本来の狙いとは違うものの、大きな収穫だった。どちらにしろ、この魔法によって対象の身体に強烈な変化を促すことには成功しているのだからな。そこで私は、前々からやってみようと思っていた人型のモンスターに対してその魔法を行使してみた」


 傷一つ無い身体へと戻ったところで、青肌の女性が再びヴィショップに向かって踏み出す。仮面の人物は青肌の女性に人差し指を突きつけて、ヴィショップに語りかけた。


「それが、これだ。オーガに術式を施した結果、見事に人間へと近づけることに成功した訳だ。まぁ、知能や一部身体の構造が人間とは異なっているがな。その上、バウンモルコスのケースで確認出来た生存本能の刺激による身体の構造の変化を今回も確認出来た。もっとも、今回はバウンモルコスの時ほど大げさな変化ではなかったがな。なに…」


 青肌の女性が一歩近づいたのに合わせて、ヴィショップも一歩距離を取った。

 その瞬間、無防備同然だった青肌の女性の身体がいきなり沈み込む。


「精々、物凄く死ににくくなったぐらいだ」


 その動きだけで、ヴィショップに回避行動をとらせるには充分だった。

 咄嗟に左に向かって身体を投げ出すや否や、青肌の女性の姿が掻き消えた。そして直後、ヴィショップの視界の端を深い青色の物体が過ぎった。

 身体を投げ出したヴィショップは地面を一回転して、すぐさま立ち上がる。彼が向けた視線の先には、つい先程まで自分が立っていた場所に立ち、今まさに自分に向けて振り向こうとしている青肌の女性の姿があった。

 黄色の瞳がヴィショップの姿を捉える。青肌の女性は右腕を振り上げると、再びヴィショップに肉薄しようと脚に力を込める。

 石造りの地面を削り取る人外の脚力によって、一瞬で常人では追うことすら出来ないスピードにまで青肌の女性が加速する。たったの一歩でヴィショップを右腕の射程内へと捉えた青肌の女性は、ヴィショップの頭目掛けて力任せに右腕を振るったが、その時には既に彼の頭はそこにはなく、青肌の女性の右腕が捉えたのはヴィショップのカウボーイハットだけだった。

 一度ならず二度までも攻撃を避けられた青肌の女性の表情が、不思議そうに変化する。どうやら、相手と自分の身体能力に差があることぐらいは理解出来ているようだった。

 しかしその表情は、真下から放たれた魔力弾によって文字通り打ち砕かれた。身体を屈めて攻撃を避けたヴィショップが、青肌の女性の青目掛けて放った魔力弾は、彼女の顎を食い千切って突き進み、脳味噌をずたずたに引き裂いて頭頂部を突き抜けた。

 天井に向かって脳漿がまき散らされる中、ヴィショップは身体を一回転させ、後ろへと下がりながら上体を起こす。そして頭の殆どを再生させてヴィショップに顔を向けようとしてる青肌の女性に向き直ると、魔力弁を起こしてある左手の魔弓を女性へと向けた。

 魔力を注がれたことに呼応するかのように、魔弓に彫り込まれた装飾から光が漏れ出す。そこから漏れ出ているのは、澄んだ泉を連想させる透明な青色。それは普段の青白い光と似通っていながらも、全く違う魅力を持った美しさを孕んでいた。


「うー…?」


 再生の終わった黄色の瞳がまるで見惚れているかのように、光を放つヴィショップの魔弓を映す。

 ヴィショップの人差し指が引き金を弾く。射出口から放たれている光と同じ水色の閃光が瞬く。

 撃ち出されたのは、通常撃ち出されている魔力弾よりも小さな水色の魔力弾。それがまるで散弾のように、一度に一気に撃ち出される。その数は数十発にも及び、それを真正面から至近距離で見た青肌の女性には、水色の壁がいきなり現れたように感じられただろう。

 撃ち出された無数の魔力弾が青肌の女性の肉体を襲う。大きさこそ小さいものの、水色の魔力弾は青肌の女性の身体を食い破り、蹂躙する。直前の美しさとは裏腹に、その一撃がもたらしたのは紛れも無い暴威の嵐だった。

 夥しい量の血液が青肌の女性の背後に向かって放射状にぶちまけられる。撃ち出された水色の魔力弾が消えた後、青肌の女性が立っていた場所に残されていたものは、腿の中程より上が消失した青肌の女性の両脚だけだった。


「ふーっ…」


 ヴィショップは左手の魔弓を下げ、大きく息を吐き出す。その額には薄らと汗が滲んでいた。

 魔力を上乗せすることで放つ強化弾に、更に魔力を込めて四つの属性に応じた変化を引き起こす。今しがたヴィショップが放った一撃もその一種で、魔力の上乗せで水の属性を付与させた結果である。しかし威力こそ折り紙付きだが、一撃辺りに消費する魔力が通常の強化弾の四倍というデメリットもある。これはヴィショップの全魔力の三分の一に匹敵し、それによる負荷はヴィショップが使える範囲の魔法によるものよりも遥かに大きかった。


「今度は、こっちがお前に向かって話す番だな」


 身体に奔る軽い倦怠感を意識の外に押し出しつつ、ヴィショップは仮面の人物に視線と左手の魔弓を向ける。しかし仮面の人物にはヴィショップの言葉には答えず、黙ってヴィショップの視線を受け止めていた。


「さっきの口ぶりからして隠しても無駄だろうから、素直に訊いとくぜ。お前、カタ…」


 仮面の人物に向かって数歩近づいて詰問しようと試みた瞬間、ヴィショップは背後に気配を感じとり、咄嗟に右手の魔弓を左の脇の下から突き出して引き金を二度引いた。

 外套を突き破って二発の魔力弾が飛んでいく。直後に聞こえてきた肉の弾ける音がヴィショップの耳朶を打つ中、ヴィショップは残弾を撃ち尽くした右手の魔弓のシリンダーを開きつつ後ろを振り向いた。頭の中で、最悪の予想を思い浮かべながら。

 果たして、その予感は的中していた。振り向いた先に立っていたのは、胸元と喉から血を逃している、青肌の女性だった。


「冗談じゃねぇぞ…!」


 振り向いたヴィショップに襲い掛からんと、青肌の女性が両腕を振り上げる。その両腕が完全に持ち上げられた時には既に、胸元と首に空いた風穴は塞がっていた。

 内臓を悉く吹き飛ばしたにも関わらず、命を奪うに至らないという事実に悪態を吐きつつ、ヴィショップは左手の魔弓をで青肌の女性の両膝を撃ち抜く。両膝を撃ち抜かれた青肌の女性はバランスを崩し、前のめりに身体を傾かせる。ヴィショップは右脚を振り上げると、自分に向かって倒れ掛かってきた青肌の女性の頭を蹴り抜いた。

 青肌の女性の身体が宙を舞い、体勢を立て直すことも出来ずにそのまま壁にぶつかる。その隙にヴィショップは外套の内側へと手を伸ばし、クイックローダーを取り出して右手の魔弓に魔弾を装填した。


「がーうあー…」


 締まりのない声を上げながら青肌の女性が立ち上がる。今まで同様、数秒と経たぬ間に撃ち抜かれた両膝は完全に再生されて傷痕すら残っていなかった。


(さて……どうしたもんかね…)


 ヴィショップは立ち上がった青肌の女性の頭に左手の魔弓を打ち込みつつ、思考を練り上げる。

 先程の属性を付与した強化弾の一撃ですら仕留めるには至らなかった以上、青肌の女性を無力化するのに残された手段は自ずと限られてくる。つまり、青肌の女性の身体を塵一つ残さず破壊し切るか、青肌の女性の動きを肉体の欠損とは無関係な方法で封じるか、もしくは仮面の人物にどうにかして青肌の女性を無力化させるかのどれかである。


(塵一つ残さずに破壊するっていうと溶鉱炉に叩き落とすとかだが、そんなもんは当然この場に無い。動きを封じるにしても、俺の魔力で使える魔法は高が知れてる。となると、仮面野郎にどうにかさせるのが有力だが…)


 頭を吹き飛ばされた青肌の女性が崩れ落ちるのを確認して、ヴィショップは視線を仮面の人物へと移した。

 ヴィショップが見る限りには、仮面の人物は黙したまま何の動きも見せていないように見えた。先程までの饒舌ぷりからの変貌に、ヴィショップの中で猜疑心が首を擡げる。そしてその直感が間違いでないことは、すぐに証明された。


「っ!」


 俄かに仮面の人物の足元から光が漏れだす。ヴィショップが咄嗟に仮面の人物の足元へと視線を移すと、そこには魔法陣のようなものが光を発して浮かび上がっていた。


「野郎、そういうことか…!」


 今まで黙っていた理由を悟ったヴィショップは仮面の人物へと右手の魔弓を向け、引き金を弾こうとした。

 そこに頭を再生し終えた青肌の女性が襲い掛かってくる。

 その瞬間、五度の轟音が地下道の大気を震わせた。放たれた魔力弾の数は、轟音の数と同じく五発。内四発はヴィショップの左手の魔弓から放たれ、青肌の女性の身体の正中線上に綺麗に叩き込まれ、残りの一発は魔法を発動しようとしている仮面の人物へと向かっていった。

 空中で大きく青肌の女性の身体が仰け反る。強靭な脚力が生み出したヴィショップに向かわんとする推力は四発の魔弾によって相殺され、青肌の女性の身体は床に叩き落とされた。


「チッ…」


 しかし、青肌の女性に一瞥もくれないヴィショップの表情は苦々しかった。

 彼が視線を向ける先では、傷一つ無い仮面の人物が右手を掲げて立っていた。そして仮面の人物の目の前には黄色を帯びた半透明の壁が現れており、ヴィショップと仮面の人物を隔てている。


「悪いが、私はここでお暇させてもらう。色々やるこどが有るんでな。何、この実験の行く末に関してはちゃんと見守っておくから心配しなくていい」


 右手を下ろした仮面の人物が、ヴィショップにそう語りかける。ヴィショップは右手の魔弓を突きつけたまま、左手の魔弓を振るってシリンダーを露出させて空薬莢を排莢する。


「必ず見つけ出してやる。お前には、聞きたいことが山ほどあるからな」

「さて、どうだろうな。まぁ、もしこの場を生きて切り抜けたのなら、こちらから会いにいくことはあるかもしれないが」


 それが仮面の人物がこの場で発した最後の言葉だった。次の瞬間には仮面の人物の姿は魔法陣から放たれる光に飲み込まれ、光が消失した頃には仮面の人物も魔法陣も消えていた。


「逃げた、か。となると残された手段は…」


 仮面の人物が立っていた場所を見つめて、ヴィショップは独りごちる。かと思えば、身体を左に向かって身体を投げ出した。


「がー!」


 その直後、ヴィショップの身体があった場所を深い青色の肌に包まれた腕が引き裂いた。

 青肌の女性から離れれるように身体を投げ出して奇襲を躱したヴィショップは、地面に着地するのを待たずに右手の魔弓を青肌の女性へと向けて引き金を弾いた。放たれた魔力弾は青肌の女性の頭を撃ち抜き、彼女の意識に数瞬の空白を生じさせる。ヴィショップはその隙を突いて立ち上がると、頭を再生させたばかりの青肌の女性の左足首を撃ち抜いた。


「ぎゃうっ」


 バランスを崩した青肌の女性が転倒する。青肌の女性はクイックローダーを使って魔弾を装填しているヴィショップを唸りながら睨みつけると、左足首の再生が終わるや否やヴィショップに向かって突進する。

 徐々に身体を起き上がらせながら、ヴィショップ目掛けて突っ込んでくる青肌の女性。ヴィショップはクイックローダーと一緒に取り出した紙切れを地面に落として、身体を青肌の女性に向けたまま背後に駆け出した。

 しかし、青肌の女性とヴィショップの身体能力の差は圧倒的だった。二人の間に距離が開いたように思えたのはほんの一瞬だけで、次の瞬間にはもう青肌の女性の指先がヴィショップの外套に触れそうになっていた。もはや、次の一歩でヴィショップの身体を青肌の女性の腕が捉えるのは確定的であった。

 だが、そうはならなかった。何故なら、青肌の女性が次の一歩を踏み出そうとした瞬間、腹への強い衝撃と共に彼女の身体が空中に浮かび上がったからだ。

 ヴィショップの身体に触れることが叶わなかった青肌の女性の両腕と、地面から引き離された両脚が虚しく宙を掻く。一瞬にして青肌の女性の身体を空中へと連れ去ったものの正体は、ヴィショップが地面に落とした魔導具によって生み出された岩の壁だった。

 何度か空中でもがいたところで、地面から生えてきた岩に壁に腹の部分で引っかかっていることに気付いた青肌の女性は、そこから飛び降りようと試みる。だが、ヴィショップはそれを許さなかった。


「四元魔導、大地が第三十二奏“ウォール・イレクト”」


 ヴィショップが呪文を唱える。すると天井から岩の壁が生えてきて、魔導具によって生み出された岩の壁から飛び降りようとしていた青肌の女性の押しつぶした。

 地面と天井の両方から生えてきた岩の壁に腰から腹にかけてを挟まれた青肌の女性の身体が引きつったように震える。そして口からどす黒い血を吐き出すと、青肌の女性の身体は力なく垂れ下がった。

 ヴィショップは魔弓を構えたまま様子を見る。先程までの喧騒から一転して音の消え失せた地下道で、時間だけがゆっくりと流れていった。


「チッ…これも駄目か」


 そしてそれの終わりは唐突にやってきた。

 地面に向いていた青肌の女性の指が微かに動く。次の瞬間、青肌の女性の右手が握りしめられ、大きく天井に向かって振り上げられた。

 一瞬の間を挟んで、振り上げられた拳が彼女の身体を挟んでいる地面から生える岩の壁に叩き付けられる。すると岩の壁はけたたましい音を上げて、砂糖か何かかのように崩れ去った。

 拘束から解かれた青肌の女性が地面へと落下する。重力の為すがままに地面に落ちた青肌の女性はゆっくり立ち上がって、ヴィショップに向き直る。岩の壁に押しつぶされて潰された筈の下腹部は、既に再生されて痣一つ残っていなかった。


「ったく、とんだアバズレの相手させられる破目になったもんだ」


 ヴィショップは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべてそう呟くと、突進してくる青肌の女性目掛けて魔弓の引き金を弾いた。

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