Vortex of Revolution
「ふあぁぁぁ…。眠ぃ…」
ヴィクトルヴィアが死亡してから十日後の早朝、『スチェイシカ』最大の港街、『ウートポス』に幾つも設けられている物見櫓の内最も背の高いものの頂上で、当番に就いている兵士が欠伸を漏らす。
物見櫓といっても、その大きさは並のものとは比較にならない大きさを持っている。というのも、通常の物見櫓が見張りを行う為に必要な最低限の機能しかないのに対し、『ウートポス』最大の高さを誇るこの物見櫓には、現在の時刻を街中の人間に教える為の鐘が設けられているからだ。その為、この物見櫓だけは担当が二人就き、哨戒を行う一方で鐘を就くことも仕事に加えられていた。
「にしても、暇だな。かといって、店が開くまでまだ時間有るから弁当の一つも買いに行けないときてる」
「なぁ、ちょっと」
手すりに肘を突いて、兵士は昇り始めた太陽の光を反射して輝く海をぼうっと眺めていた。その光景はまさしく一見の価値有りの美しさを持っていたが、両手の指で数えられなくなった程この景色を見た兵士にとっては、最早何の面白味も感じられない。
そんな風に遅いくる眠気とこれから続くもであろう退屈な時間の連続に物憂げな表情を浮かべていると、同じく当番に就いている同僚が声を掛けてきた。
「ん? どうしたよ?」
「いや、何か分からないんだが、向こうの物見櫓の奴が倒れたような気が…」
少しでもこの鬱々とした気分を晴らしてくれるのではないかと期待していた兵士は、同僚の発した言葉を聞くと同僚の方に顔を向けることなくつまらなそうに鼻を鳴らした。
「どうせ、新入りが眠気に負けてぶっ倒れただけだろ? その内起きるだろうからほっとけよ」
「いや、でも何か眠っちまったっていうのとは違う倒れ方だった気が…」
続く同僚の言葉を無視して、兵士は海を見続けた。無論、何か目的があって見ている訳ではない。ただ、他にやることが無いから視線を向けているだけである。
(…ん? 何か、霧が出てないか?)
そうして何気なく海の方を眺めている内に、兵士はいつの間にか霧が海の方に立ち込めているのに気付いた。
もちろん、霧が出ること自体は何ら珍しいことでもない。ただ今回その霧が兵士の目を引いたのは、早々お目にかかれない程にその霧が濃かったからだ。そう、霧の中に船が紛れ込んでいたとしても気付けない程に。
「おい、こっち見て見ろよ。凄い霧が出てるぜ」
兵士は手すりに突いていた肘を退けて背を伸ばすと、未だに別の物見櫓を気にしているであろう同僚を呼ぶ。だが、六秒過ぎても返事は返ってくることはなく、同僚が自分の隣に現れることもなかった。
「おい、いつまでそっち見てるんだよ。いいからこっち…」
無視されていると考えた兵士は声の端に苛立ちを滲ませて振り返った。そして、
「なっ……へっ…?」
振り返った瞬間、兵士の表情は凍りついた。
振り返った先で兵士が見たのは、右目から矢を生やして地面に倒れている、先程まで会話を交わしていた筈の同僚の姿だった。
「て、敵襲…なのか…!?」
右目を射抜かれているにも関わらず痛みに叫ぶこともなく、口を半開きにして起き上がる気配を見せない同僚の姿は、兵士に否が応でも同僚の命が潰えたことを理解させた。
兵士は震える声で呟くと、腰に差した長剣の柄に右手をやって、同僚が死の直前まで見ていたであろう他の物見櫓の方に向けて顔を上げた。
その瞬間、兵士は先程同僚が言っていた物見櫓に一つの人影を見た。白い薄汚れたターバンを頭に巻きつけ口元を布で覆って、唯一覗かせている青い双眸をこちらへと向ける人影の姿を。そして、その人影の手に握られた弓矢の存在を。
「て…!」
それを見た瞬間兵士は長剣を引き抜き、現状の自分に出せる限りの声を振り絞って敵の存在を周囲に知らしめようとする。
刹那、人影から放たれた弓矢が空を切って兵士に向かい、彼の喉元を射抜いた。
発しようとした大声は瞬時に言葉の体を為さない、掠れた息遣いへと変わる。それでも兵士は己の職務を真っ当しようと、柄頭を鐘に叩き付けるべく長剣を握る腕を振り上げた。
そこに二本目の矢が放たれ、兵士の長剣を握っている方の手首を射抜いた。後は振り下ろすのみだった手から長剣が零れ落ち、兵士が望んだものよりも遥かに小さい音を奏でて床に落ちる。
兵士は信じられないような目で床に落ちた長剣、そして自分の手首と矢を放ったであろう人影を見てから力尽きた。
手首と喉元を射抜かれた兵士が崩れ落ちるのを見届けてから矢を放った男は番えていた矢を背中の矢筒に戻す。次いで弓を腰の入れ物に納めて梯子を降り始める。そして一番近くの建物の屋根より少し高い程度のところで降りるのを止めると、梯子を蹴りつけて宙に身体を投げ出した。
「どうでした?」
「こっちの担当は終えた。集合地点に向かうぞ」
狙い通り近くの建物の屋根に転がりながら男は着地する。すると屋根で待機していた二人の仲間が声を掛けてきたので、男は口元を隠していた布を下げ、矢筒と弓を近くのゴミ山に投げ捨ててからそれに返事を返した。
「分かりました」
男…アブラム・ヤハドの返事を聞いた男は短い返事を返して屋根の上を走り始めた二人の後を追い始める。
何件かの建物の間を飛び移りながら三人は駆けていき、予め決めて置いた建物の屋根に辿り着くとそこから下の裏通りに飛び降りる。前日の内に置いておいた藁山の上に順に着地し、服を整えてから大通りに出て、他のメンバーとの集合地点に向かって歩いていく。
「手筈通り進んだか?」
『ウートポス』の港に十か所以上存在するの兵士達の詰所の内の一つの近くまで来たヤハドは、開店準備をしている店の近くで話しをしている三人組に近づいて声を掛ける。
「あぁ。そっちはどうだ?」
「こっちも特に問題は無い。いつでも始められるか?」
ヤハドが声を掛けると、男達はヤハドの方に向き直って返事を返事を返した。その三人組みの内一人は、かつて『ゴール・デグス』で会った『コルーチェ』のメンバーの一人だった。
ヤハドは小さく頷いて、男達に確認を取る。そして男達が首を縦に振ったのを確認すると、詰所の方に向かって歩き始めた。
詰所の前には二人の兵士が門番として立たされていた。その眠たげな様子から、恐らく徹夜で門の前に立っていたのだろう。ただそれでも己の職務だけは忘れていないらしく、門番二人は近づいてくるヤハド達に視線を向け、壁に立てかけていた長槍に手を伸ばしていた。
ヤハドは門番達から視線を逸らさぬまま真っ直ぐ歩き続ける。そして、門番二名の目の前まであと4、5メートルといったところで進行方向を右に変え、その先にあったドアを開けて二階建ての家屋の中に入っていた。
「一分三十秒だ。急げよ」
人の気配の無い家屋に足を踏み入れたヤハドは、後に続く二人が入ったのを確認してから扉を閉める。扉を閉めたヤハドはついてきた男二人を急かしつつ、机の上に置いてあった曲刀やスローイングダガーといった装備を身に付けていく。
「終わりました」
「上に行くぞ」
ヤハドが装備を身に付けてから数秒遅れて、二人の男も装備を身に付け終わる。ショートソードを腰に差した男達の内、肩に折り畳み式の梯子を担いだ男に声を掛けられたヤハドは顎をしゃくって二階に移動する旨を伝えた。
ヤハドを先頭に三人は二階へ続く階段を上っていく。途中、ヤハドは手を上げて梯子を担いだ男を踊り場で待機させると、もう一人と共に階段を上がる。二階に辿り着いたヤハドと男は、速やかに部屋の奥の壁にまで移動して背中をつける。ヤハドは開け放たれた窓を挟んで同じく壁に寄り掛かっている男と目を合わせると、顔を僅かに覗かせて外の様子を確認した。
窓を除いてすぐ目に入ってきたのは詰所の二階ベランダだった。ヤハドは視線を動かし、ベランダの手すりに寄り掛かって朝食を貪っている兵士の姿と、その背後の窓のカーテンが閉め切られていることを確認する。
ヤハドの手がスローイングダガーの納められたベルトに向かって伸び、一本引き抜いた。次いで慣れた手つきでスローイングダガーを回転させ、刀身の腹の部分を指で挟んで持つ。
「おい、何だ、お前たちは。離れろ! 離れないか!」
「んなこと言うなよ、兵士さんよぉ。一緒に飲もうぜぇ?」
そのまま待つこと数秒後、外から酔っ払いのような声と心底迷惑そうな兵士の声が聞こえてくる。
それが合図だった。
ヤハドは壁の影から飛び出すと、右手に持ったスローイングダガーをベランダの兵士に向かって投擲する。スローイングダガーは縦に回転しながら兵士の首に向かって飛んでいき、そのまま銀色の刃は首筋に飲み込まれて消える。首からスローイングダガーを生やした兵士は一瞬だけもがくような素振りを見せた後、床に倒れた。その際、小さくは無い物音がしたが、階下の門番は酔っ払いに扮した三人組の対処に注意を向けていた気付くことはなかった。
ベランダの兵士が倒れ込むや否や、逆の壁に張り付いていた男が口笛を鳴らして梯子を担いだ男を呼ぶ。梯子を担いだ男は折りたたんでいた梯子を伸ばすと、詰所のベランダの手すりに片方の先端を乗せ、もう片方を今居る部屋の窓枠に乗せる。
そうしてヤハド達の居る部屋と詰所との間に架け橋をが掛けられる。ヤハドは腰に差した曲刀の柄に右手を添えつつ梯子の上に乗って渡り始め、後の二人もそれに続く。
途中、門番の気を引いている三人組を一瞥しつつ、ヤハドは詰所のベランダへと降り立った。そして後の二人もベランダに辿り着くと、最後に降り立った男が梯子を回収した。
三人はすぐに窓の横の壁に移動する。ヤハドは他の二人と一回視線を合わせてから閉じかけの窓に指を絡めてそっと開き、次いで風に吹かれて微かに動いているカーテンをゆっくりと退け、隙間から室内を覗き込んだ。
室内にでは四人の兵士がベッドや椅子などの上にいびきをかいていた。周囲には飲み食いの後の他、兵士達が身に付けていたであろうもの、そして予備として用意されている装備があった。
ヤハドはハンドサインで二人に中に入るように伝えると、ナイフを逆手に構えて部屋に入る。ハンドサインとヤハドがナイフを構えたのを見た二人は、同じようにナイフを引き抜いて後に続いた。
ヤハドが机に突っ伏して寝ている一人と椅子に座って寝ている一人を指差す。後から入ってきた二人は、それぞれヤハドが指差した兵士に向かって近づいていき、ヤハド自身もベッドで寝ている一人に近づく。三人はそれぞれ兵士に近づくと、各々兵士に襲い掛かった。ナイフを持っていない方の手で兵士の口を塞いで騒げないようにしておき、驚いて目を開いた兵士の喉元にナイフを突き立てる。そうして瞬く間に三人の兵士の命を奪う。最後に、同僚がすぐ近くで殺されているとも知らずに眠りこけている最期の一人にヤハドは近づいて、他の三人と同じ方法で後を追わせた。
「よし、着替えるぞ」
兵士の喉元からナイフを引き抜いたヤハドは、周囲に転がっている装備に向かって手を伸ばしつつ他の二人に命じる。
身に付けていた装備を外して衣服を脱いだヤハド達三人は、兵士達の身に付けていた軍服を着込むと辺りに転がっていた装備を身に付ける。仕上げに、棚に乱雑に置いてあった帽子を目深に被ると、一階にへと続く階段を降りて行った。
一階に下りたヤハド達は手早く一階に誰も居ないことを確認する。もっとも、一階にあるのは暖炉が設けられた部屋が一室と、便所だけだったので確認には数秒と要さなかった。
誰も居ないことを確認すると、ヤハド達は正面玄関の前に集まる。ヤハドが二人の内片方に窓を開くように指示し、それに従った男がゆっくりと窓を開くと門番と酔っ払いを装った三人組の話し声が聞こえてきた。
「いい加減にしろ! しょっぴかれたいのか!?」
「しょうがねぇだろう、兵士さんよぉ。どこの店も開いてないんだしよぉ」
「それはさっき聞いたわ! ええい、こうなったら…!」
そろそろ剣呑な雰囲気を帯び始めた門番の声を聞いたヤハドは、他の二人に目くばせすると玄関の扉を開いた。
「おい、うるさいぞ。どうしたんだ?」
扉を開いたヤハドはさも今起きたばかりといった体を演じて、三人組に絡まれている門番二人に声を掛ける。声を掛けられた門番二人は安堵の表情を浮かべて振り返った。
「ん? あぁ、ちょっと面倒な酔っ払いに絡まれてな」
「…そうか。そいつは災難だったな。取り敢えず、そいつらには安眠妨害の罪で俺達の分の酒代でも捻出してもらおうか。おい、中に入れ」
三人組を一瞥したヤハドは、軽口を叩きつつ三人組に中に入るように告げる。三人組は渋々といった様子で詰所の中へと入っていった。
「そんな面してるからお前等、あんなのに絡まれるんだ。一端中に入って、何か飲んで目でも覚ましてこい」
「そんな酷い面か?」
「あぁ。だから、さっさと何とかしてこい」
ヤハドが呆れた声でそう告げると、門番二人は詰所の中へと戻っていった、ヤハドはその後を追って詰所の中に入り、門番二人に兵士の恰好をした男二人が話しかけるのを待ってから後ろ手で扉を閉めた。
ヤハドが扉を閉めたのを合図に、門番二人と話していた男達が背中に回していたナイフを構えて門番達に襲い掛かる。門番達は驚きに目を見開きこそしたものの、眠気で大幅に鈍化した意識ではそこまでが精一杯だった。
示し合せたように同じ動きで、男達は門番二人の腹にナイフを突き刺した。腹に奔る激痛に、門番達の身体が硬直する。男達はその隙にそれぞれ相手している門番を床に引きずり倒し、首にナイフを突き刺して止めを刺した。
「…よし。後は、次の行動までここで待機だ」
二人の兵士の死亡を確認したヤハドは、懐中時計で時間を確かめてから、全員に聞こえるように告げた。
今しがた門番を殺したばかりの二人の口から、大きく息が吐き出される。ヤハドは酔っ払いを装っていた三人組に着替えるように伝えると、門番二人の死体を担ぎ上げて階段を上り始めた。
「上手く行ったな」
「まだ序の口だ気を抜くな」
二人の死体を担いで階段を上っていると、『コルーチェ』のメンバーの男が興奮した声音で声を掛けてきた。
ヤハドは男の方に視線を向けることなく、短く返事を返す。男は小さく笑みを零すと、興奮した声音をそのままに話し続ける。
「他の連中は成功したと思うか?」
「さぁな。元々急ごしらえだったしな……まぁ、成功していなければもうじき分かるさ」
階段を上がり切ったヤハドは、門番の死体を床に下ろしつつ返事を返した。男は「それもそうだな」とだけ答えると、門番から軍服を剥ぎ取り始めた。
ヤハドは男から離れると、海側の窓に近づく。窓から見えるライアード湾…『スチェイシカ』においてはボルチェフ湾と呼ばれている海には、先程と同様深い霧が掛かった心なしか不気味な姿のままであった。
(もう幾ばくもしない間に、戦争が始まる…。なのに、これほどまでに穏やかとは。まさに、嵐の前の静けさ、というやつだな)
波音と活動を始めた漁師たちの声を聞きながら、ヤハドは心中で呟く。
不意に、それらの音声が自分の記憶の中に眠る過去を呼び起こした。
それは、彼が戦いを決意した切っ掛けとなった日の光景であり、全てを奪われた日の光景であり、そして決して戻ることの無い日の光景であった。
ヤハドの瞼がきつく閉じられる。そして、次に開かれた時には脳裏に浮かんでいたその光景を跡形も無く消え去っていた。
「…俺は死なん。奴等に報いを受けさせるまでは、絶対に」
そう呟いて、ヤハドは窓から離れた。
その目は海を眺めていた時のものとは全く異質の光を宿していた。それは、自身の心に従って世界を相手に戦いを挑むことを選んだ男の眼だった。
ヤハド達が『ウートポス』での行動開始から一時間程が経った頃。場所は変わって『リーザ・トランシバ』の市民区と軍事区の境目付近に立つ骨董品屋に、ヴィショップは数人の仲間と共に乗り込んでいた。
「成る程。こいつか」
骨董品やの店主を縛り上げて床に転がしたヴィショップは、奥の倉庫に山の様に置かれている品々をかき分け、地下へと続く扉を見つけて満足気に呟く。
ヴィショップは立ち上がると、指を鳴らして扉から一歩遠ざかる。すると連れてきた仲間の中から二人が進み出て、片方が床に偽装された扉から生えている取っ手を掴んで開き始めた。いつもの黒い外套とカウボーイハット姿のヴィショップはホルスターから魔弓を一挺引き抜いて扉に向けつつ、仲間が扉を開き終えるのを待った。
扉が開くと、もう片方の仲間がカンテラ型の神道具で扉の先を照らす。
「さて、どいつから行く?」
神道具の光に照らし出された梯子を見て、周りに佇む仲間を見回して問いかけた。問い掛けられた仲間達は互いに顔を見合わせていたが、やがて一人の男がその中から進み出た。
「俺が先頭を務めよう」
「そうか。じゃあ、俺が殿だ。お前たちは、こいつの後から適当に続け」
ヴィショップは魔弓を握っているのとは逆の手に持った神道具で進み出てきたヤーゴの顔を照らし出すと懐からドルメロイが書いた地図を取り出して手渡し、顎をしゃくって梯子の方を指し示し、他の仲間達にも指示を出した。
静かに頷いたヤーゴが梯子を降りていく。ヴィショップはそれを横目で見つつ自分の番が回ってくるのを待っていたが、そんな彼に部屋の出口の真横の壁に背中を預けていたエリザが声を掛けた。
「途中で迷ったりするんじゃないぞ?」
「安心しろ、ちゃんと地図も有る。それより、お前こそしくじるんじゃないぞ」
からかう様なエリザの言葉に、ヴィショップは微笑を浮かべて返事を返した。
今回、『グランロッソ』の軍隊と協力して『リーザ・トランシバ』を陥落させるに当たり、ヴィショップは戦力を三つに分けた。まず、最も戦力が大きいのがエリザ達レジスタンスの大半が参加する、市民区で展開する部隊。次に大きいのが、ヤハドと『コルーチェ』のメンバーで大部分が構成された、『グランロッソ』の軍隊が『ウートポス』攻略のサポート、及び“切り札”の回収を行う部隊。そして最も戦力が少ない、ヴィショップ他、実戦経験の豊富さと能力の高さを基準に選抜された、トランシバ城まで続く緊急用の地下道を使ってガロスの殺害を行う部隊。この三つである。
手順としては、ヤハド達のサポートを受けて上陸した『グランロッソ』の軍隊に『リーザ・トランシバ』内の兵士の注意が向けられた頃合いを見計らって、エリザ達レジスタンスが暴動を起こして混乱を最大限加速させる。そうして出来る限りトランシバ城の兵力を外に駆り出させたところで、ヴィショップ達がトランシバ城に侵入、ガロスの許まで辿り着き、“切り札”を使ってガロスを無力化、可能ならば殺害する、といった流れが想定されている。
またもちろん、ヴィショップ達が“切り札”を連れてトランシバ城に侵入しないことにも理由が有る。
一つ目の理由としては、その“切り札”がガロスにしか効かないということが挙げられる。その“切り札”が力を発揮するのはあくまで生きていることが前提条件、いくら外の先頭に注意を向けさせたところで城の兵力がゼロになることは有り得ず、またヴィショップ達の人数も最低限しかいない以上、戦闘能力の無い存在を守りながらガロスの許まで辿り着ける可能性は殆どゼロに近い。
もう一つの理由としては、ガロスの力量が未知数なところにあった。神導魔法の使い手としては最高峰の実力を誇る彼の前にわざわざ切り札を持っていったところで、奪い返される可能性は決して低くは無く、奪い返されてしまえば何の意味も無くなる。その為、ガロスがすぐに手を打つことが出来ない場所に切り札を置いておく必要があった。
「任せとけ。待ちに待った晴れ舞台だ、ぬかるものかよ」
「ハッ、だといいんだけどな」
胸を張って答えたエリザに、ヴィショップは思わず苦笑を浮かべる。
そうしている内に、ヴィショップが梯子を降りる番が回ってきた。ヴィショップは室内に侵入組の仲間が残っていないことを確認すると、梯子に向かって歩き始めた。
「ヴィショップ!」
そんな彼の歩みを、エリザの声が引き留めた。ヴィショップは彼女に向き直ることなく、顔だけを動かしてエリザに視線を向ける。
「ガロスのことは任せたぞ」
「…あぁ、任せとけ」
静かな口調で発せられたエリザの一言に、ヴィショップは短く答える。そして顔を前に戻して、階段を下り始めた。
腰から下げた神道具の光を頼りに、ヴィショップは梯子を下っていく。魔法でも掛けられているのか、長らく使っていたとは思えない割りには、梯子には少しの錆しか無く、途中でヴィショップの体重に負けて壁から外れたりすることはなさそうだった。
そうして降りていく内に、地面から一メートル弱離れたところで梯子が途切れた。ヴィショップは梯子から手を離し、地面に手を突いて着地した。
「まさしく、国民の血税の賜物だな」
腰からぶら下げていた神道具を掲げ、周囲を見渡しながらヴィショップは呟いた。
そこに広がっていたのは、辛うじて光が届く程に高い天井を持ち、優に五人は横一列に並べる広さのある石造りの通路だった。
先に下りた者達も、その広さに驚いているのか神道具を周囲に向けて辺りを見渡している。もっとも、彼等は地下通路と聞いてレジスタンスが使っているようなものを想像していたのだから、それも自然な話なのだが。
その傍ら、尊はズボンの尻ポケットから懐中時計を取り出し、神道具の灯りで盤面を照らし出して時刻を確認する。
「地下通路を出て城に侵入するまで、後二時間か…」
現在時刻を確認したヴィショップは、口笛を吹いて指を鳴らすことで、周囲の面々の意識をこちらに向けさせる。そして先に進むようにハンドサインで指示すると、彼等はヤーゴを先頭に一列に並び始めた。
「さて…」
一列に並んでいく仲間達の姿を見ているヴィショップが、小さく呟いた。
「一曲弾かせてもらうぜ、国王さんよ。怒声と断末魔で奏でる、とびっきり派手なやつをな」
唇の端を吊り上げ、薄ら笑いを浮かべながら。




