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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
67/146

雌伏の獣

「やっと戻ってこれたな…」


 日が昇ってから一時間程が経った早朝、『スチェイシカ』の首都『リーザ・トランシバ』の大通りをヴィショップは、一台の馬車の御者台に座って手綱を握りながら、ゆっくりと進んでいた。今日で丁度、ヴィクトルヴィアが死亡し、ヴィショップが指名手配されてから三日が経とうとしていた。

 ヴィショップが『リーザ・トランシバ』へと戻ってくるのに三日を要した理由は、『リーザ・トランシバ』に潜り込む為にとった方法にあった。

 ヴィショップ、そしてヤハド達が指名手配されて以降、『オートポス』から出るには検問を抜けなくてはいけなくなった。その検問事態の規模はさほど大きくなく、やろうと思えば強行突破も可能だったのだが、そうすると『リーザ・トランシバ』に到着する前に向こうに伝えられてしまい、門を閉じられてしまう。その為、無事に『リーザ・トランシバ』に辿り着くには自分の正体が露見しないまま検問を突破し、『リーザ・トランシバ』に辿り着く必要があった。

 そこでヴィショップがとった方法は、二つの街の間を頻繁に行き来する商人に成りすまして検問を突破する、といった方法だった。ヴィショップは考えるが早いや、適当な商人に目星を付けて家まで尾行し、家に付いたところで魔弓を突き付けて拘束。商人の家族を人質にとった上で衣服や運搬する商品、商品の発注書など必要なものを揃えさせると、『リーザ・トランシバ』に向かう予定がある日まで商人の家で待機し、当日に口封じとして金貨を一枚渡して商人の家を立ち、無事検問を抜けて『スチェイシカ』の市民区に戻ってきたのだった。


「さてと……確か、ここの近くに爺さんの鍛冶屋があった筈だが…」


 店の準備を始める人々で少しづつ賑わいを見せ始めた大通りを進み、本来この馬車の持ち主だった商人が商品を届ける予定だった店の目の前に馬車を乗り捨てたヴィショップは、頭の中の地図を頼りにレジスタンスの一員であった老人が経営している鍛冶屋を探す。

 『オートポス』に滞在していた三日間の間に、ヴィクトルヴィアの死など一通り重要なことは商人に調べさせた。その際、今回の一件で指名手配された人間についても調べさせたのだが、『コルーチェ』の人間を除けば指名手配されているのはヴィショップとヤハド、そしてヤーゴと『雪解け亭』の主人であるエリザだけだった。このことからヴィショップは、まだ他のレジスタンスの居場所や地下に張り巡らされた隠れ家の存在が露呈していないと考え、そこを第一に到達目標と定めていた。


「あった…ここだな」


 探していた鍛冶屋を見つけたヴィショップは、準備中の看板が掲げられた扉の前に近づいて何か物音が聞こえるまでノックした。すると、ノックの回数が二十近くなったところでドタバタと荒々しい足音が扉越しに聞こえてくる。


「何じゃ、表の看板が見えんのか…って、おい!」


 足音から予想出来た通り勢いよく扉が開かれたかと思うと、かつてレジスタンスの集会の時に顔を合わせた大柄な老人が怒声を上げながら姿を表した。だが、ヴィショップはそれに対して一切取りあわずに老人の真横をすり抜け、店の中へと足を踏み入れる。老人は慌ててヴィショップを引き留めようと手を伸ばしたが、それは何も掴めずに空を切り、老人は苛立ちを募らせつつヴィショップに向き直った。


「何が望みなのか知らんが、まだ準備中なんじゃ。さっさと出てってくれんかのう?」

「おいおい、寂しいな。もう、俺の顔を忘れちまったのか?」


 ヴィショップは老人の反応に苦笑を漏らすと、顔を隠す様にして目深に被っていた帽子を取り去った。だが、それでも老人は目の前の人間が誰なのか分かっていないらしく、訝しげな表情を浮かべたままでいる。ヴィショップ呆れ混じりの溜め息を吐くと、呪文を詠唱してから髪の毛を撫でた。


「ん? んんん? お前、もしかしてあの若造か?」

「出来れば一発で分かって欲しかったけどな」


 無造作に伸ばされた髪が金から黒に転じたことで、ようやく老人は目の前の男の正体がヴィショップであったことに気付く。老人は後ろ手で扉を閉めると、驚いた表情を浮かべてヴィショップの許に歩み寄ってきた。


「本当に若造か? 指名手配されたまんまだから死んではいないとは思ったが、どうやってこっちに戻ってきたんじゃ?」

「いつも通りの手を使ったまでだ。それより、レジスタンスの現状はどうなっている?」


 ヴィショップが質問すると、老人は店の奥にヴィショップを案内しつつ話を始めた。


「ヴィクトルヴィアが殺されたことを除けば、今の所大した痛手は負わずに済んどる。踏み込まれる前にエリザが地下への入り口を魔法で埋めて隠蔽してくれたおかげで、地下の存在はばれとらんしの。今の所、お前さん意外に指名手配されている連中は全員、地下に潜んどるよ」

「何だ、あいつ等先に来てたのか」

「うむ。エリザとヴィクトルヴィアの付き添いがドルメロイを連れてその日の内に、若造の相方と『コルーチェ』のならず者達が昨日到着しとる。まったく、ヴィクトルヴィアの付き添いはともかく、『コルーチェ』の連中はどうやってこっちに渡ってきたんだか…」


 日常生活に使用していると思われる部屋を抜けて黴臭い物置までやってくると、老人はしゃがみ込んで床を軽く手で撫でていく。そして傍目には気付きにくい小さなくぼみに指を引っかけて引き上げる。すると床の一部がせり上がって取っ手になった。老人がその取っ手に持ち替えて引き上げると、床が持ち上がって『雪解け亭』の時と同じような縦穴が姿を現した。


「だが、戦況の方は追い込まれとる。ヴィクトルヴィアの死は、すぐにどうこうなりはしないとしても活動資金にとって大きな痛手じゃ。それ以外にも儂等では殆ど手に入れることの出来ない貴族やトランシバ城の情報も入ってこんようになってしまった。街の警備も遥かに厳重になっとるし、エリザの交友関係の洗い出しも始まっておる。恐らく、長い間今の状態を保つのは無理じゃろうな」

「となると、近日中に仕掛けるつもり方向で話は纏まりつつあるのか?」


 地下通路へと降り立ち、老人の手に握られた神導具の灯りを頼りに進みながら、二人は会話を交わす。


「そうするしかないじゃろうな。トランシバ城の地下へと通じる地図も既に完成しとることじゃし。今は夜に集まって計画を練っとるとこじゃ」

「そうか。なら、この“土産”も喜んでくれそうだな」

「土産? 何のことじゃ?」

「そいつは、全員集まった所で話すさ」


 たっぷりと数十分はいくつもに枝分かれした道を進むと、二人は木製の扉の前に辿り着いた。老人はヴィショップの思わせぶりな台詞に納得のいかなさそうな表情を浮かべたものの、懐から鍵を取り出して扉を開くと、中に入るように促した。


「会合の時に呼びに来るからの」

「あぁ」


 老人はヴィショップにそう告げて、来た道を戻っていく。ヴィショップは軽く手を振ってそれに応えると、扉を開いて部屋の中へと足を踏み入れた。


「生きてたか米国人」

「お前もな、ヤハド。ガキ共まで連れてくるとは、大した紳士ぶりだ」


 瓶や食料が置かれた木製の質素な机と椅子が何脚かの他には、いかにもその場凌ぎといった風情を放つベッドが二つだけ置かれた部屋の中央で椅子に腰かけていたヤハドが、部屋に入ってきたヴィショップを見て微笑を浮かべる。ヴィショップも微笑を浮かべて返事を返すと、この部屋に居る他の人物達へと目を向けた。今この部屋に居るのは二人の少女とプルート、そしてドルメロイの四人だった。


「当然のことをしたまでだ」

「そうかい。まぁ、どの道もう使わないから好きにすればいいさ」


 ヴィショップは毅然とした態度で言い放ったヤハドに対して苦笑を浮かべると、壁に寄り掛かって酒瓶を傾けているプルートに話し掛けた。


「よう。あんたんとこのボス達はどうしたんだ?」

「別の隠れ家に避難したよ。俺は伝達係としてそこの色黒についていくように言われたんだ」

「伝達係だと?」


 ヴィショップが聞き返すと、プルートはズボンのポケットから、かつて『パラヒリア』に居た『コルーチェ』のメンバーが使っていたのと同じ、手紙を転送するタイプの神導具を取り出して顔の横で軽く振った。


「あぁ。途中、お前が『コルーチェ』の手を借りたいと言い出した時は、俺がこいつで伝える訳だ。後、ボスからお前宛に預かってきた伝言を伝えるのも仕事だ」

「聞かなくても恨み言だってのは分かるが、一応聞いとくとしよう。何だ?」


 ヴィショップに訊ねられたプルートは、面白そうに口元を歪めてレイアからの伝言をヴィショップに告げた。


「万が一にも失敗した場合は、竿と玉を削ぎ落してやるそうだ」

「ほらな、言わんこっちゃない」


 予想を裏切らない内容に呆れ混じりの笑みを浮かべたヴィショップは、プルートから視線を逸らしてベッドに腰掛けるドルメロイの方に向けた。だが、ドルメロイは特に何か反応を示すこともないまま、完全にヴィショップを無視して酒瓶に口を付けていた。


「止めとけよ。そのジジイ、俺等が何言っても必要なこと以外は殆ど答えようとしないぜ」


 背後からからかう様なプルートの声が飛んでくる。ヴィショップはそれを無視してドルメロイに近づいた。


「よう、俺のことは憶えてるだろ?」

「貴様如きに話すことなど何も無い、失せろ」

「だが、俺には話すことがある。どうしても訊いておきたいことがな」


 あと二歩も進めば膝がドルメロイに触れそうな距離まで近づいて声を掛けたところで、ドルメロイはようやく視線をヴィショップに向けた。だが、たった一言の取り付く島も無い返事を返したかと思うと、またすぐに視線を逸らしてしまう。

 だがヴィショップ同じた素振りを見せずに、再びヴィクトルヴィアへと話し掛けた。

 この時、他の人物からは影になっていた分からなかったが、いつの間にかヴィショップの浮かべている笑みが、この部屋に入ってきてからヤハドやプルートへと向けていた友好的なものから一転、酷く空々しい酷薄なものへと変化していた。もっとも、例えそれを見ていたとしても、ドルメロイがこれから襲い掛かる運命から逃れることは出来なかっただろうが。

 ヴィショップはベッドに腰掛けて自分に視線を合わせようとしないドルメロイを、見下すように見据えながら彼に訊ねた。


「あんたの甥についての話だ。もしかしたらだが、ガロスの野郎には隠し子が居るんじゃないか?」


 刹那、酒瓶を持っていたドルメロイの右腕が固まった。

 そして、それを見過ごすような愚を犯すヴィショップではなかった。


「やっぱり居るんだな?」

「な、何を言っている。あの馬鹿者に隠し子など…」


 無言でヴィショップは右脚を振り上げ、体重を乗せた靴裏をドルメロイの膝に叩き込む。ドルメロイの口から吐かれた言葉は、彼自身の悲鳴によって途中で遮られた。


「き、貴様…! 私を誰だと…!」

「下らねぇ戯言を聞く気は無いんだ。本当のことだけをさっさと吐け。それに、隠し子の存在は既に実物を見たから分かってんだよ」

「ば、馬鹿な!? 確かに始末した筈…」


 そこまで口にして、ドルメロイは慌てた様子で口を噤んだ。

 ヴィショップは冷淡な眼差しでドルメロイを見下ろす。そして右脚を彼の膝の上から退かすと、右手を背中に回し、ズボンに差し込んでいた魔弓を一挺取り出し、ドルメロイの眉間に突きつけた。


「話せ。全部だ」

「わ、分かった。分かったから、それを下ろせ!」


 ヴィショップは返事を返さずに、そっと親指を魔力弁へとかける。それを見てドルメロイは思わず息を呑むと、悔しそうな表情を浮かべたままヴィショップに向けて話し始めた。


「あの愚か者…ガロスは十六年程前、王族どころか貴族とすら何の血縁関係の無い下賤の女と関係を持っていたのだ! しかも、有り得ないことに子供まで儲けてな! そ、それを知った私は部下に命じて女と子供を始末させたのだ! こ、高貴なる王族の血が凡人の薄汚れた血と交わるなどあってはならぬことだからな!」

「あんたが女と子供を殺したことを、ガロスの奴は知ったのか?」

「ああ、知ったとも! 自分のやった行いを思い知らせる為に、わざわざ奴の許に女の首を送ってやったのだから、知っているに決まっている!」


 喚く様にして十六年前に自身が行ったことを、露ほどの罪悪感も無くドルメロイは語った。ヴィショップは魔弓を突きつけたまま、ドルメロイに訊ねた。


「子供の方はどうしたんだ? 確認しなかったのか?」

「子供の方はまだ女の腹の中に居たのだ。それで部下は、女を殺したから子供も死んだだろうと判断して、女の死体を処分してしまったらしい。くそっ、だから腹を捌いて中身を確認しろと言ったのだ…!」


 口惜しそうに言葉を漏らすドルメロイ。ヴィショップはそんな彼の額から無言のまま魔弓を離すと、ドルメロイに背を向けた。


「こ、これで聞きたいこととやらは終わりか?」


 安堵の表情を浮かべたドルメロイが問いかける。だがヴィショップはそれを無視して、振り返った先で目の合った一人の男の顔をじっと眺めていた。

 男の…ヤハドの顔は一目だけで充分に近づいてはいけないと思える程に、怒りの感情によって歪んでいた。その表情はヴィショップに、かつて日本で会った男の背中一面に彫り込まれていた、般若の入れ墨(タトゥー)を想起させた。


「地図はもう完成してるんだったよな?」

「…あぁ。もう完成してる」


 ヴィショップはそんなヤハドから視線を逸らして壁に寄り掛かっているプルートに声を掛けた。プルートは少し戸惑いながらもヴィショップの質問に答え、それを聞いたヴィショップは小さく頷いてヤハドへと近づく。


「ガキ連れて外で待ってる。好きにやれ」


 それだけ告げるとヴィショップは、並々ならぬヤハドの態度を見て怯えた様子の少女二人とプルートに手でついてくるように合図して、出口の扉に向かって歩き始めた。

 そして、ヴィショップからその言葉を告げられたヤハドは、意外そうな表情を浮かべて自分から離れていくヴィショップの背中を見た後、双眸に殺意を宿しながらゆっくりと、ベッドに腰掛けるドルメロイの方に近寄っていった。


「お、おい! 止まれ! わ、私を誰だと思ってる! 聞いてるのか、おい!」


 背後から情けないとしか言いようの無いドルメロイの声が聞こえてくる。ヴィショップはそれを無視すると、思わず立ち止まってしまっている少女二人の手を引いて部屋を後にして扉を閉め、閉じた扉に背中を預けた。


「いいのか?」


 部屋から持ってきた神道具を掲げ、ヴィショップの顔を照らし出しながらプルートが訊ねる。


「どの道、城への侵入経路が手に入った時点で奴は用済みだ。革命が終わって王族の政治が終わった時、馬鹿の一つ覚えみたいに王族特権に執着し続けるあいつは邪魔以外の何物でもないしな」


 煙草を吸いたい衝動を抑えつつ、ヴィショップはプルートの質問に答えた。

 そんな彼の脚元では少女二人が不安そうな表情を浮かべている。なので、ヴィショップは頭を撫でてやろうと少女の頭に手を伸ばしたが、手を伸ばされた方の少女は軽く頭を振ってそれを拒絶した。


「そういや、もう一人男が居た筈だがそいつはどうした? あいつも来てるんだろ?」


 ヴィショップは苦笑を浮かべると、あの場で見かけることのなかったヤードの行方をプルートに訊ねた。


あの女(エリザ)と一緒に外に出たぜ。何でも、どうしてもやっておかなくちゃならねぇことがあるんだとよ」

「どうしてもやっておかなけばならないこと、ね…」


 ヤーゴが外出した理由に見当を付けるのに、長い時間は必要無かった。プルートの言葉で概ねの事情を察したヴィショップは満足気な笑みを浮かべる。


「なぁ、お前、どうする気なんだ? あのくたばったヴィクトルヴィアとかいう貴族はレジスタンスの強力なパトロンだったんだろ? そいつが死んだ今、レジスタンスに勝ち目があるとは到底思えないぜ?」


 床に腰を下ろしたプルートがヴィショップにそう問いかけた。ヴィショップは薄暗い穴倉の空気を吸い込むと、静かな声音で言葉を返す。


「そいつは愚問だぜ、ミスター・プルート。引き際なんてもんはとっくの昔に越しちまってるんだ。後は、ただ勝って生きるか負けて死ぬか、ただそれだけさ」


 ヴィショップがそう答えた瞬間、彼の背後からくぐもった、女の様に甲高い悲鳴が上がった。







 ヴィショップが無事に『リーザ・トランシバ』に侵入しレジスタンスと合流してから数時間後、ヴィショップ達はレジスタンスが会合の為に使用している部屋へと移動していた。

 あの時と同じように八人の男女が円卓に着き、互いに会話を交わしている。あの時とは違うことと言えば、八人の顔に浮かぶかつてとは比べ物にならない緊迫感、そしてエリザの存在が見受けられないことと、ヴィショップとプルートが円卓の一端に着いていたことだった。


「確かに独断でドルメロイを殺害したのは問題だが、既にあの男から聞き出すべき情報は聞きだせている。あの男が死んだところで最早問題は無いし、今は仲間内で揉めている場合ではない筈だ」

「ですが、他にあの男がどんな情報を持っていたか分からないのですよ? そしてその情報にどれだけの価値があったかも。その点を鑑みれば、やはりドルメロイを独断で殺害したのは追及すべき問題行為です」


 円卓を挟んでテメウスとマッコイが舌戦を繰り広げる。その内容は、先程ドルメロイがヤハドの手によって殺害されたことについてであった。

 だが、それをヤハドに指示した張本人であるヴィショップは、責任を追及しようとするマッコイ、そしてそれに反対するテメウスのどちらの話に対しても興味が無さそうな態度を取ったまま、手持無沙汰に魔弾を指先で弄んでいた。


「すまない、遅れた」


 丁度その時だった。部屋の扉を開いてエリザとヤーゴが姿を現したのは。


「あぁ、エリザか。それにヤーゴ殿も。用事とやらは済んだのか?」

「あぁ。そちらの協力のおかげで無事に済ませることが出来た。感謝している」


 テメウスが声を掛けると、ヤーゴは軽く頭を下げて返事を返した。

 ヤーゴの横でそのやり取りを聞いていたエリザは、ヴィショップの姿を見つけると驚いたような表情を浮かべた。そして微笑を浮かべ、ヴィショップに話しかける。


「戻ってきてたのか」

「おかげ様でな」

「ヴィクトルヴィアの話は?」

「聞いてるよ。どうやってガキがこっち側の人間だと見抜いたのかは分からねぇが、とにかく完全に向こうが上手だったな」


 魔弾を指の間で転がしながら、平時とあまり変わらない口調で返事を返す。エリザは、そうだなと言って小さく頷くと、呟く様にして誰かの名前と思しきものを口に出した。


「ロッソ・マルキュス…」

「誰だ、それ?」

「ヴィクトルヴィアの本名らしい。苗字の方は、彼を拾った修道院の名前を勝手に使わせてもらったんだと」


 エリザの言葉を聞いたヴィショップは、視線をヤーゴへと移した。ヴィショップの視線に気づいたヤーゴは彼に向き直ると、毅然とした表情でヴィショップが訊ねようとしていた問いに対する答えを発する。


「主の最後の命だった」

「…話したのか?」

「あぁ、話した。“全部”な」


 ヤーゴの返事を受けたヴィショップは、再び視線をエリザへと向ける。


「お前はどう思ってるんだ?」

「私は…それで構わないさ。それしか方法は無いだろうし…何より、あいつが最後に残した策だからな」

「ここと戦争寸前まで言ってる奴等だぞ?」

「元々私の敵はこの国の王族だけだ。それに、もし奴等が舐めた真似をしてきたなら、その時は相応の対応をしてやる」


 エリザの返した返事にヴィショップは思わず苦笑を漏らした。

 どうやら彼女はきっちりと、自分の戦いをやり遂げることにしたらしい。それが彼女にとってどう転ぶのかは分からない、もしかしたら待っているのは最悪の結果かもしれない。だがそれでも、いやだからこそ、彼女は自分の復讐にケリを付けることを決心したのだろう。先の無い生き方をする今の自分と決別する為に。


(後のことなんざどうでもいい、なんて言葉が出てこなかっただけマシだな)


 ヴィショップは心中でそう呟いた。彼がエリザが返すと予想した言葉、それはかつて彼に殺された人間が死ぬ間際に発した問いに対して、自分が返した答えだった。

 少なくとも“自分”とは違うことを確認出来たヴィショップは、再び視線をエリザからヤーゴへと移す。


「連中の答えはどうだった?」

「こっちの指示通りに動く準備を整えてるそうだ。五日もすれば整うらしい」

「そいつは結構」


 ヤーゴの返答にヴィショップは満足気に頷いた。

 すると、今まで三人の会話を黙って眺めていたマッコイがしびれを切らしたのか、苛立ちの混じった声で会話に割り込んでくる。


「そこで仲良く話してるのは結構なんですけど、そろそろこっちの会話に戻ってきてくれませんかね? こっちもこっちて重要な話し合いの最中なんですけど?」


 その言葉に反応して、ヴィショップ達三人はマッコイの方に顔を向けた。


「がり勉君が随分と苛立ってるようだけど、何かしたのか?」

「何、ちょっとしたゴミ掃除のつもりだったんだが、お気に召さないらしくてな。それより、お前あいつのこと嫌いだろ?」

「一々女々しいからな」

「成る程、言えてる」


 顔を近づけて囁きかけてきたエリザの軽口にヴィショップは小さく笑みを零す。一方でマッコイは直感的に自分が馬鹿にされていることを察しでもしたのか、増々苛立ちを募らせていた。

 それを見たヴィショップは手に持っていた魔弾を円卓の上に置き、エリザから顔を離すとおもむろに立ち上がった。そして驚くマッコイを尻目に部屋に居る全員の顔を見渡してから、彼等全員に向けて話しかける。


「さて、レジスタンスの面々、『コルーチェ』のメンバー、ヴィクトルヴィアの側近、そして俺とヤハド。揃うべき人間が全て揃った。では、今こそ話させてもらうとしよう。城で間抜け面晒して王座に踏ん反り返ってる男と、その取り巻きのケツを纏めて蹴り上げるのに必要な二つの鍵についての話をな」


 ヤハドとプルートを除いたこの場の全員の顔がヴィショップへと向けられる。ヴィショップが手に入れた切り札の存在を二つとも言っているのはプルートとヤハドの二名のみ、それ以外はエリザとヤーゴが一つだけ知っているだけで、他の面々は切り札の存在すら知らないのだから、当然の反応と言えた。

 しかしヴィショップは、彼等がヴィショップの言葉の意味を追及しだす前に口を動かした。二つの切り札の内の片方の存在を考慮すれば、ここで無用な問答にエネルギーを使うのは避けたかったのだ。


「まず、一つ目はガロス個人に対しての切り札だ。…ところで、『ウートポス』にある教会に努めているシスターの少女のことを知っている奴は居るか? 聖堂に飾られてるデカい絵画を書いたシスターだ」


 ヴィショップが訊ねると、集まった人間の内三分の二程が手を上げた。

 サラの存在を知る人間が予想より多かったかとを意外に思いつつ、ヴィショップは話を続ける。


「なら、話が早い。そのシスターなんだが、ガロスの隠し子であると見てまず間違いない」

『なっ…!』


 案の定というかやはりというべきか、部屋の殆どの人間の口から一斉に驚きの声が漏れる。

 ヴィショップは間髪入れずに飛んできた異口同音の質問が静まるまで待つと、ヴィクトルヴィアと自分達との間で行っていた作戦、そしてそれによって導き出された情報とヴィクトルヴィアが前もって集めていた情報が、外国を旅しているサラの両親との間に偶然と切って捨てることの出来ない符合があったこと、そしてドルメロイがガロスの隠し子の存在を認めたことを話した。


「成る程…確かにそれなら、そのシスターがガロスの隠し子の可能性は極めて高いですね…」


 話を全て聞き終わったところで、マッコイが険しい顔付きで呟いた。


「では、その隠し子を人質に使うおつもりなのね?」

「まぁ、そういうことになる。まさか、良心が咎めるとか言わないよな?」

「いいえ、それくらいの泥は被らなければ勝てる相手ではありませんもの。でも、そのシスターは本当に人質として効果を発揮してくれるのかしら?」


 人の良さそうななりをした老婦人がヴィショップに問いかける。

 それは、ある意味もっともな質問であった。いくらガロスの隠し子であるサラを人質として使ったとしても、ガロスが彼女を何の躊躇いもなく見捨てたのならばサラの存在は何の意味も為さない。サラという存在がガロスにとって、自分の命と彼女の命を天秤に掛けた時に彼女の命の方に天秤が傾く、それ程に大切な存在でなければサラは切り札になり得ないのだ。

 てっきり、サラを人質に使うことに対して文句を言ってくるだろうと思っていたヴィショップは、内心老婦人に舌を巻きつつ質問に答えた。


「はっきりと断言は出来ないが、あのシスターが有効打に成り得る可能性は充分に有る。愛情が無ければ、自分の正体を偽って手紙を送り続けたりはしないだろう」


 ヴィショップの返事を聞いた老婦人が得心した様子で頷く。老婦人に返事を返したヴィショップは、他に何か発言が無いかを待った。円卓に着いている人々の表情には何か言いたげなものが浮かんでいたが、まだ明かされていないもう一つの切り札の存在を確かめることにしたらしく、口を開くものは居なかった。

 ヴィショップは誰も声を上げないのを確認すると、もう一つの切り札の内容を話し出した。


「もう一つは、我々の戦力そのものを飛躍的に向上させる切り札だ。こいつは、今は亡きヴィクトルヴィア・ゴーレンスの協力によって実現したことだ。我々は…」


 ヴィショップはそこで一端言葉を切ってから、それを口にした。


「隣国『グランロッソ』と協力して、『スチェイシカ』首都『リーザ・トランシバ』陥落を行う」


 一瞬の静寂が部屋の中を支配する。

 そして沈黙の後に訪れたのは、耳が割れんばかりの困惑と反発の言葉だった。


「何だ、それは! どういうことだ!」

「『グランロッソ』は敵国同然ですよ!? そんなとこの手を借りて、無事に済む訳がないでしょう!」

「そもそも、ヴィクトルヴィアの協力ってのはどういう意味じゃ!? なんであやつが『グロンロッソ』に援軍を出すように仕向けられるんじゃ!?」

「まさか…あいつ、スパイだったのか!?」

「おい、ちょっと待て…なら、あんたもスパイなのか!?」

「スパイかどうかはともかく、『グランロッソ』と協力など馬鹿げてる!」


 沈黙が破られてから一瞬で部屋が喧騒に包まれる。止めどなくどせいが垂れ流され、一人一人が何を言っているのかを聞き分けるのも困難な状況の中、ヴィショップが呆れた表情を浮かべてそれらを聞き流していると、エリザがそっと耳打ちしてきた。


「やはり、こうなったな」

「連中、『グランロッソ』に恨みでもあるのか?」

「多分、直接的なものはないだろう。だが、ずっと『グランロッソ』との関係は消えきった状態だったんだ。手を借りれば高すぎる代償が返ってくると思って信用出来ないんだろう」

「スパイも紛れ込んでたことだしな。…さて」


 エリザの返事を聞いて溜息を吐くと、ヴィショップはズボンにねじ込んでいた魔弓を引き抜き、天井に向けて引き金を弾いた。

 まるで最初にこの場を訪れた時の再現の如く、一気に全員の口が動きを止め、視線がヴィショップへと集中する。

 それを黙って見ていたヴィショップは、魔弓を再びズボンにねじ込んでから口を開いた。


「あんた等が『グランロッソ』を信用出来ないのは正しい。実際、奴等の手を借りてことを為せば決して安くない代償を支払わされるだろう。場合によっては、政治の中枢を奴等に掌握されるかもしれない」

「なら…!」

「だが、だ」


 口を開きかけたマッコイを自身の言葉で遮って、ヴィショップは話を続ける。


「それ以外に勝てる方法があるか? 殆ど訓練されていない人間が精々数百人、それが戦力の全ての現状で、どうやったらガロスと奴の傘下の精鋭達を倒せる? 練度で負け、装備で負け、地の利が無ければ数の理すら怪しい状況で、何をどうやったらこの街を制圧出来る?」


 そのヴィショップの問いに答える者はいなかった。皆、薄々感づいてはいたのだろう。今の戦力ではガロスを殺せたとしても、良くて数日以内に鎮圧されてしまうことは避けられないということに。


「勝利に対して払う代償がいつも釣り合うとは限らない。だが、一つだけ言えることはある。敗者に未来は訪れず、敗者で有り続ける限り勝者に踏みにじられ続ける運命からは逃れられない。『グランロッソ』に手を借りて革命を為しても、新たな苦難が待ち受けているかもしれない。だが、このまま自分達に都合の良く勝てる状況が整うまで待っていたら、向かう先は全員吊るし首にされてカラスの餌だ」


 ヴィショップはそう告げると、円卓に座る全員の顔を見回した。


「選べ。この惨めな洞穴で緩慢な死を迎えるか、先の見えない未来を手に入れる為に戦うか。だが、これだけは確実に言える。未来を手に入れられる道が残ってるだけ、俺達はまだ幸運だ。それが例え、今にも消えてしまいそうなおぼろげな道だったとしてもだ」

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