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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
62/146

Buzzard

「分かった。取り敢えず、提案するだけ提案してはみるよ」


 長い沈黙の末、ヴィクトルヴィアが選んだ決断はヴィショップの提案に乗る、といったものだった。


「聡明な判断だ。助かるよ」


 満足気な笑みを浮かべて、ヴィショップはヴィクトルヴィアに右手を突き出す。

 ヴィクトルヴィアの背後では、ヤーゴが驚いたような表情を浮かべてヴィクトルヴィアを見下ろしていた。ヴィクトルヴィアはヴィショップの右手を無視してヤーゴを見上げて、口を動かす。


「癪なことに、彼の言う通りだからね。今のレジスタンスの戦力じゃ、ガロスを殺せてもこの国は落とせない。ガロスが死んだところで、後釜などいくらでもいる。…もっとも、ガロスと同じ働きが出来るとは思えないけどね」


 ヤーゴは渋い表情を浮かべた後、「畏まりました」とだけ発して視線をヴィクトルヴィアから外し、再び顔を正面へと向けた。

 ヴィクトルヴィアはそれを確認すると、視線をヴィショップに向けて問いかける。


「それで? 話がこれで終わりだと、僕は助かるんだけどね」

「悪いな。もう一つ、話がある」


 意地の悪そうな笑みを浮かべて、ヴィショップが返事を返す。ヴィクトルヴィアは大儀そうに溜め息と吐いて、ヴィショップに早く話す様に促した。


「まぁ、本当はこんな話するつもりはなかったんだけどな。ただ、今日の話を聞いていたらふと、思いついてよ」

「やっぱり、か」


 ヴィショップがその話題に触れることに薄々感づいていたのか、ヴィクトルヴィアは大して驚きもせずにそう漏らすと、紅茶のポットに手を伸ばした。


「何だ、気付いてたのか?」

「いや。ただ、君なら今日みたいな話には喰い付いてくるだろうと思ってね」

「御明察、だな」


 ヴィショップが自分のカップを差し出しながら問いかけると、ヴィクトルヴィアはヴィショップのカップにも紅茶を注ぎつつ返事をする。

 ヴィショップは苦笑を浮かべると、彼の要求通りそのもう一つの話題について話し始めた。


「実は、『ノルスタバルスク』出身の人間を、一人抱えてると言ったらどうする?」


 直後、ヴィクトルヴィアの咽る音が聞こえてきた。

 今まで、何とかそうならないように努めてきたのだろうが、正体云々の話で神経をすり減らしたのだろう。ここにきてのまさかのカミングアウトにまでは、耐えられなかったようだ。


「そ、それはどういう意味だい?」


 口元をナプキンで拭きながら、ヴィクトルヴィアが訊ねる。それに対してヴィショップは、「ガキだよ、ガキ」とだけ返した。


「子供……君の相棒がレジスタンスに預けたという子供かい?」

「そうだ。…ところであんた、そのガキについてどれぐらい知っている?」


 ヴィショップがそう訊ねると、数秒考え込んでからヴィクトルヴィアは答える。


「『コルーチェ』から聞かされてる程度の情報だけだね」

「つまり、あの色黒ターバンが情に絆された購入した奴隷だと?」

「そういうことだね。実際は違うのかい?」


 そう問いかけたヴィクトルヴィアの瞳には、確信の光が宿っていた。

 今更何もかも隠す必要も無いと判断したヴィショップは、ヴィクトルヴィアの考えを肯定する。


「まぁな。実際には、あのガキが『コルーチェ』が扱っていた商品だ」

「ふむ。国内での活動を著しく制限されている『コルーチェ』が人のやり取りをしようと考えれば、国外で集めて直接取引相手に渡す方が効率が良いからね。その点から考えると、もしその子供達が『コルーチェ』の商品なら、『ノルスタバルスク』の出身でもおかしくはない…」


 カップの持ち手を指で弄びながら、ヴィクトルヴィアが言葉を漏らす。

 ちなみに、ヴィショップが子供達の出身地を知っているのは、『コルーチェ』が前情報としてドーマに渡していた資料に書かれていたからだ。一応、この資料にはヤハドも目を通してたのだが、そこら辺はヴィショップに任せていたのと子供達をこの期に及んで利用するという発想が無かったからか、子供達の出身地が頭に浮かんでこなかったようで、先程の話し合いの際にヤハドが『ノルスタバルスク』の名を聞いても反応しなかったのは、そのためだろう。


「確かに、『ノルスタバルスク』出身の子供の存在は使える。だけど、君の相棒がそれをよしとするのかい?」

「そこは何とかするさ。候補者の連中は全員ピンピンしてるみたいだし、命まで取られる可能性は薄いからな。精々、初めての相手が歳の差数十歳の中年になる程度だ」

「…それは人格形成に深い影響を与える、重大な問題になりそうだけどね」


 呆れた表情で、ヴィクトルヴィアが溜め息を吐く。


「それでも、その存在が魅力的なのは変わらない。とりあえず、説得だけはしといてくれないか? その子供を夜伽の相手に捻じ込む方法については、こちらで考えておくから」

「分かった。だが、あまり時間は無いんだ。いざという時の為の強硬策も、視野に入れといてくれよ?」

「例えば?」


 温くなった紅茶を飲み干して立ち上がったヴィショップが、ヴィクトルヴィアにそう言い付ける。扉の方に向けて歩き出した彼にヴィクトルヴィアが問いかけてきたので、ヴィショップは振り返って返事を返した。


「それ以外の候補者を全員殺すとか、そんな感じの奴だよ」


 ヴィショップはそう言うと、ヴィクトルヴィアに背を向けて部屋を後にした。


「…あながち、誰にも手を差し伸べたことが無い、っていうのも嘘じゃなさそうだね」


 扉の向こうにヴィショップの背中が消えるのを見送ったヴィクトルヴィアの口から、そう言葉が吐き出された。





 ヴィショップがヴィクトルヴィアと会話を交わしていたのと同時期、四日前の事件の舞台となった『ララルージ』の強制収容所の廊下を、一人の優男が歩いていた。脱走した囚人こそ全員は捕まえられていないものの、それでも一応の事態の鎮静化を済ませて平常運転へともふどった施設の廊下を歩く優男は、紺色の軍服に身を包んで太腿にホルスターを巻き付けており、その姿はこの施設に勤める職員達のどの格好とも違っていた。

 靴音を響かせながら、閉鎖感に満ちた施設の廊下を歩く優男を、すれ違った職員達は物珍しそうに眺める。だが、優男はそんな視線など一切意に介した様子を見せずに、真っ直ぐと前を見据えて歩き続ける。そんな彼の行先は、たった一つだった。

 木製の扉の前まで来た優男は、扉の前で立ち止まる。そして首を鳴らすと、ホルスターの留め具を外してからゆっくりと扉を開いた。


「職務放棄ですか、施設長どの?」


 扉を開いた先は、畜舎だった。馬の他にも牛や豚、鶏等、収容されている人間達によって飼育されている家畜が押し込まれたこの建物の最奥に位置する、一際大きな扉に向けて優男が声を投げかけた。

 奥の扉は開かれており、距離に合わせてそこから差し込む太陽の光のせいで、優男には一台の馬車と一人の男のシルエットしか捉えることが出来なかった。だが、それだけの視覚情報でも十分に分かる程、馬車の近くに立っている男は身体を弾かれた様に振るわせて馬車に乗り込もうとしていた身体の動きを止めた。


「…何者だ!」


 優男の方に向けて振り返る様な動作を見せた男のシルエットが、声を張り上げる。優男は微笑を湛えたまま、お辞儀をしてみせる余裕まで見せてその質問に答えた。


「国王陛下の命により、貴方の身柄を拘束しに参上しました。ご同行お願いいたします」


 優男がそう発した瞬間、男の形をしたシルエットは踵を返して馬車の扉に手を伸ばした。

 しかし、優男は動こうとはしなかった。彼の右手は太腿のホルスターに向かって伸ばされることはなく、ただ身体の後ろに回されたまま、微塵も動かなかった。

 その態度はまるで、施設長と呼んでいる視界の先のシルエットが、馬車に乗り込まないことを確信しているかのような態度だった。

 そして事実、シルエットは馬車に乗り込むことはなかった。馬車に乗り込む為のステップに右足を乗せたところで動きを止めて、そこから先は全く動かなくなってしまったのだ。


「その馬車に乗っているのは、私の部下です。そちらに拘束される方がいいのでしたら、どうぞそうなさってください」


 ゆっくりとステップから右足を下ろすシルエットを眺めながら、優男はそう発する。シルエットはぎこちない動きで優男の方に振り向いた。

 逆光のせいで、優男にはシルエットがどんな表情を浮かべているかは分からない。だが、浮かんでいる表情が強い動揺と疑問によって形作られているであろうことは容易に想像出来た。なので、優男はシルエットの脳裏に渦巻いているであろう疑問に答えを与えてやった。


「あなたが逃げ出す際には、避難用の隠しスぺースが存在する馬車を使うと思いましたからね。それを逆手に取らせてもらいました。案の定、隠しスペースの確認は疎かになっていたみたいですね」


 シルエットは何も言葉を返さなかった。ただ、小刻みに震えているのだけは優男にも分かった。ただ、その震えが、悔しさからくるものなのかそれとも恐怖からくるものなのかは優男にも分からなかったが。


「ご安心して下さい。既に、奥さんと娘さんの方も確保してあります。恐らく、向こうで再会出来る筈ですよ」


 いや、正確には分かろうとすらしなかったのが正しいのだろう。

 何故なら、彼にとって“獲物”の感情等、至極どうでも良い存在にしか過ぎないのだから。


「抵抗しても無駄ですよ。さぁ…」

「舐めるなよ、若造がッ!」


 優男の言葉を遮って、野太い方向が畜舎に空気を震わせる。それと同時に、畜舎のあちこちに築かれた干し草の山からナイフやショートソード、ハンドアックス等で武装した職員達が姿を現した。


「成る程…気配の隠し方が上手いですね」


 家畜達の咆哮があちこちから上がる中、ぽつりと優男が言葉を漏らした。

 そして直後、家畜達に勝るとも劣らない咆哮を上げながら、近くに居た職員がハンドアックスを振りかぶって優男に襲い掛かってきた。


「でもね」


 それに対する優男の反応は、突っ込んできた職員とは対照的に穏やかで余裕に満ちたものあった。

 脳天目掛けて振り下ろされたハンドアックスの刃を身体を左に捻って躱したかと思うと、続く真一文字の一撃を職員の腕を掴んで止める。そして職員の脇腹に拳を叩き込んで動きを止めると、職員の腕を潜る様にして背後に回り、右手で職員の片腕を、左手で職員の背中を押さえつけて跪かせた。


「臭いでバレバレなんですよ」


 刹那、優男の右手が職員の片腕から離れ、それから一秒と経たぬ間に轟音が、そして一瞬遅れてコツンという、何かが床に落ちる音が畜舎の中に響き渡った。

 最初に仕掛けた職員の後に続こうとしていた者達の足が、一瞬でピタリと動きを止めた。彼等の視線はまず、ゆっくりと崩れ落ちる職員の身体へと向けられ、次に優男の右手に握られている魔弓へと向けられた。

 その魔弓は、異形と呼んで何ら差支えの無い姿をしていた。普通の魔弓ならばシリンダーが存在する位置にはシリンダーは存在せず、四角く角ばったデザインとなっているその部分から細長いバレルがスラリと伸びている。グリップは木製だが、一般的な魔弓とは違って丸みを帯びており、箒の柄を連想させる形状をしていた。それらの彼等の常識から逸脱した姿は、周囲の職員達の視線を釘付けにするには充分過ぎた。

 完全に動きを止めた彼等を現実へと引き戻したのは、轟音に驚いた周囲の獣が挙げた耳を劈かんばかりの大合唱…ではなく、それよりも一瞬早く動きを見せた異形の魔弓と、その直後に上がった轟音だった。

 鉄色の軌跡を残して魔弓がぶれたかと思うと、次の瞬間には優男の前方に居た職員の一人の眉間に照準が向けられ、引き金が弾かれる。照星の延長線上に居た職員が後頭部から脳漿を撒き散らして仰け反り、そのまま仰向けに散らばった干し草の上に倒れ込んだ。

 近くに居た二人の職員が、思わず二人目の犠牲者の姿を目で追ってしまう。優男は表情を一切変えずに、振り返った二人の職員の胸を撃ち抜いた。


「殺せェェェッ!」


 残った職員達が言葉にならない声を張り上げながら優男に向かって駆け出したのと、シルエットが指示の体を為していない咆哮を上げたの、そして優男がアキレス腱に届くくらいの軍服の裾をはためかせて身体を翻したのは、ほぼ同時だった。

 振り返ると同時に優男の右手に握られた魔弓が吠え、吐き出された魔力弾が、得物を振りかぶろうとしていた職員二人を屠る。優男は二人の職員が倒れ込むのを見届けることなく駆け出して、膝を着いた二人の職員の間をすり抜けた


「貰ったァ!」


 職員の内の一人が、立てかけてあったピッチフォークを手に取り、優男の胸元目掛けて突き出す。だが優男は、それを上方へと跳躍することで躱すと同時に、魔弓の引き金を弾いてピッチフォークを突き出してきた職員の頭蓋を撃ち抜いた。

 罵声を上げた表情のまま、職員の膝ががくんと曲がる。飛び上がった優男は膝を着いたばかりの職員の胸元に着地すると、一気に仰向けに押し倒された際の衝撃で職員の手から零れたピッチフォークを逆手で掴んだ。

 今しがた撃ち殺された職員の少し後方で、着地の隙を突こうとしていた二人の職員の表情に驚愕の色が浮かび、一歩踏み出そうとした足の動きが止まりかける。

 そうなってしまった理由はたったひとつ、優男の持つ魔弓から六発以上の魔力弾が撃ち出されたからである。

 通常の魔弓に装弾出来る魔弾の数は六発。それ以下のものは存在しても、それ以上のものは存在しない。にも拘らず、目の前の優男の手に握られている魔弓は七発目の魔力弾を撃ち出し、弾切れの隙を突こうとしてピッチフォークを手に取った職員の頭を撃ち抜いたのだ。その事実は、作戦の破綻という現実、そして死のリスクが一気に引き上げられたということを、二人の職員に分かりやすく示していた。


「うおおおおおっ!」


 この時、想像の範疇を超えた出来事を前にして怯んでしまうことはあっても、完全に動きを止めることはなかったのは日ごろの訓練の賜物というやつであろう。

 着地の隙を突こうとした職員が、止まりかけた足を動かして優男に肉薄し、両サイドから優男目掛けてナイフを突き出してくる。優男は右手から来た職員の喉に魔力弾を撃ち込みつつ、左手から来た職員の下腹部に逆手に持ったピッチフォークの先端を突き立てた。

 優男の右手の職員が喉元から鮮血を噴水の如く吹き出しながら崩れ落ち、左手の男が優男の顔を憎々しげに睨み付けながら膝を着く。優男は涼しい表情を浮かべて左手の職員の鼻先に魔弓を突き付けると、引き金を弾いた。

 顔のど真ん中に風穴を空けられた職員の身体がぐしゃりと崩れ落ちる。優男は夥しい量の返り血を全く気にする様子も無く立ち上がって、正面を見据えた。

 視線を向けられた残り四人の職員の身体が微かに震える。整った相貌を返り血で真っ赤に染め上げながらも、微笑を湛え続ける優男の姿は、今や敵対するものにとっての畏怖の対象へと変化していた。

 立ち上がった優男と、残った四人の職員の間に沈黙が流れたのは、ほんの一瞬のことだった。優男の右手が動き、魔弓の射出口が一番近くに居る職員に向かって動くのに合わせて、残りの四人が一斉に動き出す。

 刹那、大気を振るわせて射出口から爆音が二度轟き、最前線を走っていた二人の職員が床に鮮血を撒き散らしながらバランスを崩す。だが、その後ろに控えていた二人の職員は、微塵も動揺することなく、優男の手元へと視線を向け続けていた。

 そして、彼等の眼に待ち望んだ光景が飛び込んできた。


「四元魔導…!」


 二発目の使用済みの魔弾が魔弓の上方から吐き出された直後、ガキンという乾いた音と共に、魔弓の後部が魔力弁の真上を通る様にして後方に飛び出し、魔弓に射出口から次弾が撃ち出されることはなかった。

 待ちに待った、弾切れの瞬間。二人の職員にとって唯一にして最後の好機を前にして、二人の行動は迅速だった。少し後ろを走っていた職員はその場で足を止めて魔法の詠唱に入り、もう一人の職員はナイフを構えて優男に突進する。

 優男の左手が軍服のポケットへと伸び、すぐさま引き戻される。 だが、その時点でナイフを持った職員は既に優男まであと三歩程の距離に迫っていた。

 装填を終える前に職員が優男に肉薄し、ナイフを突き立てる。よしんばそれを免れたとしても、後方から撃ち込まれた魔法に仕留められる。シリンダーを開き、使用済みの魔弾を排出させ、魔弾を装填してシリンダーを閉じる。一般的な魔弓が新たな魔弾を装填し終えるまでに必要なのはこの4アクションであり、これを職員が肉薄するまでに終えるのはまず不可能。つまり、普通ならばこの状況は優男にとっての完全なる積みであった。

 だが、彼の握る魔弓は、普通ではなかった。


「嵐風が第…!」


 最後に残った二人の職員は、一見冷静に思えた。だがそれでも、己の知見から外れた魔弓の存在、そして他の仲間たちが瞬く間に殺されていくという状況は、彼等から少なからず判断力を削り取っていた。

 何故なら、本当に冷静ならば気付くことが出来た筈なのだ。魔力弾を撃ち出した直後、魔弓の上部から何かが排出されていたことに。そして、その排出されていた物体が、使用済みの魔弾であったことに。


「百三十七奏…!」


 クリップで縦一列に並べられた横向きの十発の魔弾が、先程まで使用済みの魔力弾を排出していた穴の上にあてがわれ、親指で一気に押し込まれる。二歩目を踏み出した職員の形相が驚きに染まり、そんな彼の顔に魔弾を装填されると同時に、ガチンという音を立て飛び出していた後部を引っ込められた魔弓が突き付けられる。


「タービ…!」


 詠唱の最後の一節を掻き消す勢いで魔弓が咆哮を上げ、額を撃ち抜かれた職員がひっくり返るようにして床に倒れ込んだ。


「ソーディ…!」


 最後の一人となった職員のかざした右手に、緑色の光が収束していく。だが、肝心の魔法が撃ち出されるよりも早く、職員へと向けられた魔弓が重厚な調べと共に魔力弾を発射していた。

 発射された魔力弾は、寸分の狂いも無く職員の脳を貫いた。職員の右手に収束していた光が霧散し、轟音の余韻が消え去るのを待たずに身体が床に崩れ落ちる。優男はうつ伏せに倒れた最後の一人を一瞥すると、目の前で倒れている職員の死体を跨いで、奥の扉に向かって歩き始めた。

 太陽が雲に隠れたのか、優男が歩き始めた頃には逆光は消えており、今までシルエットでしかなかった施設長の姿ははっきりと捉えられるようになっていた。優男は、すっかり顔を青ざめさせて大粒の汗を浮かべている施設長の目の前までくると、魔弓を腰の高さで構えて射出口を施設長へと向ける。そして軽く左手を振って、馬車の中から施設長の首筋に向かって伸びていた刀身を引っ込めさせると、最初の時と変化らしい変化の見られない口調で言葉を発した。


「ご同行願います、施設長」


 その言葉が発せられると同時に、腰が抜けたかの様に施設長は地面に座り込む。

 優男は、地面に両手を着いてがっくりとうな垂れる施設長の姿を、じっと見下ろす。そうして、数秒が経った頃、うな垂れていた施設長の頭が、勢いよく振り上げられた。


「まだ…!」


 自らを鼓舞したかったのか、凡そ発することが出来る限りの声量で発せられた施設長の言葉は、三文字吐き出すことすら叶わずに、優男の右手に握られた魔弓の轟音によって遮られた。

 撃ち出された魔力弾が施設長の右肩を撃ち抜き、仰向けに倒れ込んだ施設長の右手が握りしめていた砂が零れ落ちる。

 優男は魔弓を向けたまま無言で右脚を振り上げる。そして痛みに絶叫を上げる施設長の鼻っ面目掛けて、勢いよく右脚を振り下ろした。

 何かが圧し折れるような鈍い音と痛みが、施設長が意識を手放す前に知り得ることが出来た最後の情報だった。

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