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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
61/146

捨てるモノ、拾うモノ

「僕が、『グランロッソ』のスパイ…ね…」


 クスクスと笑いを漏らしながら、ヴィクトルヴィアは右手を紅茶の入ったポットへと伸ばした。

 ヴィショップは微笑を浮かべたまま、空になった自分のカップをヴィクトルヴィアの方へと動かす。自分のカップのすぐ近くまで寄せられたヴィショップのカップに視線を落としたヴィクトルヴィアは、ポットをポットの持ち手を持っていた右手の動きを止めると、視線をヴィショップの相貌へと移した。

 ヴィショップの顔には、先程から寸分と違っていない微笑が張り付いていた。ヴィクトルヴィアはその裏にある本当の表情、ヴィショップの真意を何とか焙り出そうと、じっと彼の顔を見続けたが、やがて諦めると、差し出されたヴィショップのカップに紅茶を注ぎ始めた。


「砂糖は?」

「二個入れてくれ」


 小さな壺の中から角砂糖を二つ取り出して、ヴィクトルヴィアはヴィショップのカップの中に落とした。

 カップをヴィショップの方に戻しつつヴィショップの顔に視線を向けていると、ヴィクトルヴィアはヴィショップの視線が自分へと向けられていないことに気付く。ヴィクトルヴィアは小さく咳払いをして、自分のカップに紅茶を注ぎながらヴィショップに問いかけた。


「ヤーゴの顔に何か付いているかい?」


 ヴィクトルヴィアがそう問いかけると、ヴィショップは戻ってきたカップへと向けていた視線を持ち上げた。


「いや? 意外とボロを出さないものだな、と思っただけさ」


 カップを自分の方に引き寄せ、口元へと運びながらヴィショップは答えた。

 ヴィクトルヴィアは露骨に呆れを滲ませた笑い声を漏らすと、ポットを置いて砂糖を二つ、自分のカップにも落とした。


「ボロも何も、君の推測は外れているんだ。だから、出すボロも存在しない。まぁ、中々面白い発言だとは思うけどね」


 ヴィクトルヴィアがそう返すや否や、彼の目の前にチャリンという音を立てて何かが放り投げられる。ヴィクトルヴィアは傾けていたカップの動きを一瞬だけ止めると、カップを置いてその放り投げられた物体に手を伸ばした。


「これは何だい?」

「鍵さ。この間お邪魔した、強制収容施設で使われてたな」


 真新しい銀色の鍵を顔の前に持ってきて、ヴィクトルヴィアは訊ねる。ヴィショップはその問いに平然とした態度で答えると、懐からもう一つ何かを取り出してヴィクトルヴィアの目の前に放り投げた。


「そいつは、あんたから渡された奴だ。随分と年季が入ってるとは思わないか?」


 錆びついて変色した鍵が何本か繋がれている鍵束を放り投げて、ヴィショップは問いかけた。

 ヴィクトルヴィアは返事を返さずに、その錆びついた鍵束をじっと見つめる。


「だからどうしたというんだい? この鍵は、廃棄予定だったものを失敬してきたやつだから、年季が入っていて当たり前だろう?」

「そうだな。何ら、おかしくはない。鍵の新調が行われたのが、二年前じゃなければな」


 不敵な笑みを浮かべて、ヴィショップはそう返した。対するヴィクトルヴィアは、人当りの良い笑みを浮かべと、先を続けるようにジェスチャーで促した。


「二年間もの間、廃棄予定のまま鍵が残っている訳がないだろ。この鍵を手に入れるのは、鍵の新調が行われた二年前、もしくはそれ以前でなければ不可能だ。だとすると、一つ疑問が浮かんでくる。何であんたは、二年前から強制収容所の鍵なんて持ってたんだ?」

「収容所の人間を助け出す為じゃあ、駄目かい?」

「なら、その二年間の間にこの鍵を使ってことを起こしてる筈だ」


 ヴィクトルヴィアの返してきた答えを、ヴィショップは苦笑を浮かべて否定した。


「それに、この鍵は雑魚しか収容されていないAからEエリアのものだけだ。本気で収容所の人間の解放を狙うなら、重要人物が放り込まれているF、G地区を視野に入れるだろ。それが無いということは、あんたの狙いは最初からAからE地区で完結するもんだったってことだ」


 カップの中の紅茶を喉に流し込みながら、ヴィクトルヴィアは黙ってヴィショップの言葉に耳を傾ける。


「それに、ドルメロイの奪取についてだって、前提からしておかしいんだよ。あんた、ドルメロイがあそこに居るっていう情報、どうやって手に入れたんだ?」

「どういうことだい?」

「政府が四年がかりで見つけられなかった奴の居場所の情報を、どうやって貴族に過ぎないあんたが見つけたんだ、ってことを訊いてるんだよ」


 ヴィショップの質問に、ヴィクトルヴィアは答えなかった。ただ、静かにカップをテーブルの上に置いて、続けて、と返事を返しただけで、他には何も語らなかった。


「ドルメロイが四年前に逃げ延びたのだって、そもそも不可解だ。例えドルメロイだけが知り得るルートがあったとしても、あのジジイが軍の追っ手を躱し、さらには辺境の強制収容施設に身分を偽って忍び込むなんてのは、不可能だろ。それこそ、何者かの助けが無い限りな」


 そこまで話すと、ヴィショップは言葉を切ってカップへと手を伸ばす。そして紅茶で唇と舌を湿らせてから、再び口を開いた。


「だが、これらの疑問点はあんたが『グランロッソ』のスパイだったとしたら、全部説明が付くんだ」

「……四年前にドルメロイが逃げ切れたのは、貴族という立場にある僕の手助けがあったから。ドルメロイが強制収容施設に潜り込めたのも、僕の手助けによるもので、二年前に新調された鍵を持っていたのと僕がドルメロイの居場所を知り得たのは、僕が彼を強制収容施設に潜り込ませ、来たるべき時期にそこから脱出させるつもりでいたから……そんなところかい?」


 ヴィショップから言葉を引き継いだヴィクトルヴィアに向けて、頷いて見せる。

 ヴィクトルヴィアは小さく溜め息を吐くと、メガネのブリッジを指で押さえて天井を仰ぐ。ヴィショップはそんな彼の様子を眺めながら、話を続けた。


「恐らく、あんたが潜り込んだのはあんた…いや、“本物”のヴィクトルヴィア・ゴーレンスが『グランロッソ』を訪れた、二十年程前だろう。あんたが魔獣に顔をやられて顔を変えたといった、その時だ。その時に、あんたは本物のヴィクトルヴィアと入れ替わったんだ」


 それは、DNA鑑定なんてものが存在しないにも関わらず、人の顔を簡単に作り替えることの出来る力が存在する、ヴィショップからしてみれば歪な世界であったからこそ出来る芸当だった。

 対面しているヴィクトルヴィアは、じっと黙ったままヴィショップの話を聞いている。そのすぐ斜め後ろに控えている武人然とした男も同様だったが、彼の右手はいつの間にか腰に帯びている長剣の柄に置かれていた。


「大したもんだよ、あんた。二十年前っていったら、あんたはまだ十代前半だ。なのに、あんたは今に至るまでスパイとして仕事を果たし続けている。ほんと、大した…」

「それで終わりかい?」


 ヴィクトルヴィアの口から放たれた言葉が、ヴィショップの言葉を遮る。


「終わりっていうと?」

「だから、僕がスパイだという証拠は、それで全部かい?」


 ニッコリと笑みを浮かべて、ヴィクトルヴィアが訊ねる。だが、その笑顔の裏では実際は欠片程も笑ってなどいないであろうことは、ヴィショップでなくても容易に理解することが出来ただろう。

 見る者の背筋に悪寒を奔らせる、無言の圧力を孕んだ笑みを前に、ヴィショップは微笑を浮かべたまま肩をすくめてみせる。そして、ヴィクトルヴィアの斜め後ろに控える武人然とした男に視線を向けて、彼の問いに答えた。


「後ろの奴が、いまにも剣抜きかねない感じになっている、ってのはどうだ?」

「駄目だね。主がスパイ呼ばわりされたんだ。まともな忠誠心を持つ部下なら、誰だって心中穏やかじゃなくなるさ」


 笑みを浮かべたまま、ヴィクトルヴィアはヴィショップの返事を一刀に切り捨てた。

 ヴィショップは小さく溜め息を吐いて、無精髭に指を伸ばす。そして少しの間、無精髭を擦りながら考えたかと思うと、仕方が無さそうにもう一度溜め息を吐いて、口を動かした。


「あんたと最初に会ったとき、最後にあんたが言った言葉を憶えてるか?」


 ヴィショップの発した問いに、思わずヴィクトルヴィアの表情意外そうな色が浮かぶ。

 ヴィショップは二の句を発することなく、黙ってヴィクトルヴィアの返事を待つ。ヴィクトルヴィアは何かを考えるような素振りを見せたものの、やがてそれに答えるべく言葉を漏らした。


「「君は、誰か困った人に手を差し伸べてくれる、そんな人な気がしたからさ」、だったかと思うけど? これに、何か問題でも?」

「そう、それがあの時あんたが言った言葉だ。それでもって、俺にあんたがスパイだと強く思わせた、発端でもある」


 ヴィショップはそう返すと、未だに納得がいかなさそうな表情を浮かべるヴィクトルヴィアに向かって言葉を告げる。


「いいか、俺は誰か困った人間に手を差し伸べる人間なんかじゃあ、断じて無い」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴィクトルヴィアの相貌に浮かんでいた怪訝そうな表情が更に深くなる。

 だが、ヴィショップはそんなことはお構いなしに話を続けた。


「それがどうした、って顔してるな。だが、これが大有りなんだ。何故なら、俺は“この世界”で生きてきて誰かに手を差し伸べたことなんか、ここに来る前に『クルーガ』でやったのを除けば、一回も無いからだ」


 その言葉を聞いても、相変わらずヴィクトルヴィアの表情には怪訝そうな色合いが強く出たままであった。

 だが、それも当然の話である。「生まれてこの方誰も助けたことがない」、などという頭の悪いチンピラのような台詞の真意は、ヴィショップがこの世界とは別の世界から少し前に訪れた人間である、という事実を知らない限り、掴みようがないのだから。


「なら、どうしてあんたは俺にそのような判断を下した? マフィアの手助けでやってきて、交渉の為に生首ぶら下げてくるような人間相手に、どうしてそんな言葉が吐けたんだ? そう思った時、俺が導き出せる答えはたった一つだけだった」


 だが、それでもヴィショップがこの話をふざけてしている訳ではないことは理解出来たらしく、いつの間にかヴィクトルヴィアの表情は真剣なものへと変わっていた。

 ヴィショップはそんな彼の顔を指差して、彼に告げる。


「あんたは、知ってたんだ。まだ『パラヒリア』にすら満足に伝わってなかった筈の、俺とヤハドの『クルーガ』での一件をな」

「……知り合いの商人から聞いた、というのはどうだい? 確かに今この国と『グランロッソ』の関係は断絶寸前だが、全く交流が無いというわけでもない。その筋から聞いたという可能性だって有り得るだろう?」


 少し黙った後、ヴィクトルヴィアはそう反論した。

 だが、意外にもヴィショップがヴィクトルヴィアの反論を相手にすることはなかった。


「まぁ、その可能性を潰すのは俺には無理だからな。何とも言い難い。確かに俺の話は『パラヒリア』にまでは満足に届いていなかったが、『グランロッソ』なら好きなだけ聞ける。数少ない『スチェイシカ』行きの商人がその話を聞いていることは、充分に考えられる。だが、問題はそこじゃない。問題なのは、この事実が俺に、あんたを『スチェイシカ』に潜り込んでいるスパイの最有力候補だ、と考えさせてくれたところにあるんだ」

「その口ぶりだと、まるで最初からスパイが居ると知っていたみたいだね?」


 ヴィクトルヴィアの挑むような問いかけに、ヴィショップは首を横に振って答えた。


「知っていたわけじゃない。ただ、スパイが潜り込んでいるだろうと、予想を付けていただけだ。そして、そのスパイはレジスタンスの収入源になっている可能性が高い、とな」

「どうして、そう思ったんだい?」

「仮想敵国に敵対しているテロリストを秘密裏にバックアップするのは、戦争の常套手段だ。少なくとも、俺が育った国ではな」


 彼の祖国が世界の警察を気取って今まで行ってきた行為の数々を思い浮かべながら、ヴィショップはそう返した。この世界ではともかく、ヴィショップにとっては自らが舞台に上がらない代理戦争等というのは戦争のテンプレートになりつつある存在であり、真っ先に頭の中に浮かんできた戦争の手段だった。


「つまり、俺は最初からスパイが潜り込んでるものと思って、この国に来た訳だ。そんな俺にとって、貴族でありながらレジスタンスに加担しているあんたは真っ先に疑ってかかるべき存在だった。だから、必要なのはきっかけだけで良かったのさ。俺があんたを本気で疑う為の、きっかけだけでな」


 ヴィショップの言葉に、ヴィクトルヴィアは答えない。ただ黙って、笑顔の仮面を被ったままヴィショップに視線を向けるだけであった。


「…といっても」


 ヴィショップは一旦息を吐くと、少し疲れた様な表情を浮かべる。


「ここまで俺が語ってきたのは、全部確実とは言えないものばかりだ。結局、あんたから確定的なものは引き出せなかったからな。だから、もしどうしても認めたくないんなら、それでもいい」


 ヴィショップの右手が紅茶のカップへと伸び、持ち手を掴む。


「ただ、これだけは知っておいて欲しい。俺は別に、あんたの正体をバラして破滅に追い込みたい訳じゃない。ただ、あんたの本当の姿、『グランロッソ』の…軍人で合ってるよな? まぁ、軍人ということにしておこう。とにかく、『グランロッソ』の軍人としてのあんたと話がしたいだけなんだ」


 ヴィショップはそう告げると、紅茶の入ったカップを口元へと運ぶ。

 ヴィクトルヴィアはそんなヴィショップの姿を眺めながら、小さく溜め息を吐くと、何かを決心した様な声音で問いかけた。


「一つだけ、訊かせてくれ。僕が君にエリザのことをお願いしたのは、どうしてだと思う?」


 ヴィショップの瞳を見据えて、ヴィクトルヴィアが訊ねる。ヴィショップは静かにカップをテーブルの上に置くと、その問いに答えた。


「あんたが、あの女に惚れてるからだ」


 それだけ告げると、ヴィショップは再びカップを口元へと持っていった。

 ヴィショップの返答を聞いたヴィクトルヴィアの表情に、一瞬だけ素の表情が浮かぶ。しかしその表情は、次の瞬間にはどこか諦めたような笑顔へと変わっていた。そして溜め息と一つ吐くと、ヴィクトルヴィアは口を動かした。


「まったく……君はどこか油断ならない人間だと思っていたけど、まさかここまでとはね」

「何、人生経験の為せる技さ」

「むしろ、僕の方が歳食ってそうにみえるんだけどなぁ」


 何てことはなさそうに返したヴィショップの返事に、思わずヴィクトルヴィアの顔に呆れ混じりの笑顔が浮かぶ。そしてカップに口を付けてから、ヴィクトルヴィアはその言葉を発した。


「認めるよ。君の読みは正しい。僕は…『グランロッソ』の人間だ。所属は征煉皇騎士団で階級は千人隊長。もっとも、これはこの仕事終えた後での身分だけどね。つまり、正式には僕は軍人ではなく、騎士ということになる。この国に来た時期も君の読み通りで、ドルメロイについても概ね君が言った通りだよ」


 ヴィショップの口角が吊り上り、満足気な笑みを形作る。ヴィショップは笑みを浮かべたまま、顎をしゃくって斜め後ろに控える武人然とした男を指した。


「彼は『グランロッソ』の人間としての僕の部下だ。七年前にこちらに渡ってきたんだよ。というか、薄々気づいていたんだろう?」


 ヴィクトルヴィアが逆にそう問いかけるが、ヴィショップは肩を竦めて見せるだけで、明確な返事は返さなかった。

 もっとも、もしヴィショップが武人然とした男…ヤーゴがヴィクトルヴィアの本当の意味での部下であると考えていなければ、この話に入る前に彼に退室するように促すなりなんなりさせた筈なので、今しがたのヴィクトルヴィアの言葉が全く的外れである、ということはなさそうであった。


「ちなみに、僕がエリザに好意を抱いている、というのはどうしてそう思ったんだい?」


 恥ずかしがる様子を微塵も見せずに、ヴィクトルヴィアはヴィショップに訊ねた。


「別に、難しい話じゃないさ。あの女は所詮、代えが利く存在に過ぎない。そんな奴を死に急がないようにする理由は、好意以外にはまずないだろう」

「成る程ね。利害や戦術等だけでなく人の感情までも考えの内、という訳か。…段々、本当に僕より歳を食ってても、おかしくなく思えてきたよ」


 苦笑を浮かべて、ヴィクトルヴィアはそう発した。ヴィショップは「どうも」とだけ返すと、ヴィクトルヴィアに質問をぶつける。


「逆に訊きたいんだが、あんた、あの女のどこが気にいったんだ?」

「…それが、僕の正体を知った上で話したかったことかい?」


 穏やかな笑みを浮かべて、ヴィクトルヴィアはそう返した。ヴィショップはその一言で、彼がこの質問に答える気がないことを悟ると、諦めて本来話そうとしていた話題へと話を切り替える。


「そう言うなよ。少し、訊いてみたかっただけだ。まぁ、そんなに言うんなら、本題に入るとするかね」


 ヴィショップはそこで言葉を切ると、ヴィクトルヴィアの相貌を見据え、唇を微かに吊り上げるだけの感情の読めない笑顔を浮かべて言葉を発した。


「『グランロッソ』と『スチェイシカ』の間に戦争を起こしたい。その手伝いを頼む」


 刹那、ヴィクトルヴィアの動きがピタリと止まる。

 彼の顔は信じられないものを見る様な表情を張り付けて、じっとヴィショップの顔を見据えていた。また、彼の後ろに立つヤーゴの表情も完全に驚きに囚われ、主人以上の形相を浮かべてヴィショップに視線を向けている。ヴィショップはそれらを真っ向から受け止めると、話を続けていく。


「安心しろよ。別に、正面からガチンコでぶつかり合って欲しいわけじゃない。全部上手く行けば、とっとと首都を抑えて、後は降伏しない地方の残党狩りするだけの、張り合いの無い戦争になる筈だからよ」

「……君が言おうとしていることは、何となく分かるよ」


 笑顔を浮かべたヴィショップの言葉に対し、しばしの沈黙を貫いた後、ヴィクトルヴィアは呟く様にして言葉を発した。


「レジスタンスの部隊をドルメロイから聞き出した通路でトランシバ城に侵入させる。そして、その混乱の隙を突いて、『グランロッソ』の兵力を送り込み、一気に首都を攻略する…そう言いたいんだろう?」

「何だ、分かってるじゃないか」


 ヴィクトルヴィアの返事に、ヴィショップは意外そうな表情を浮かべて手を叩くと、身を乗り出してヴィクトルヴィアに顔を近づける。

 成功の見込み事態まだ不明瞭ではあるものの、もし仮にレジスタンスがトランシバ城に侵入してガロスを倒し制圧出来たとしても、軍事区の最精鋭部隊と貴族区の軍隊に完全に囲まれることになる。ガロスが敗れたことで、完全降伏するまでに士気が下がれば何も問題は無いが、貴族という指揮官達と最精鋭部隊という最強の駒が残っている以上、そうなる可能性は低いだろう。もしも城に籠って籠城戦になった場合、数でも練度でも劣るレジスタンスに勝ち目は無い。つまり、レジスタンスが勝利を収めるには、城の外の敵をどうにかする必要があるのだ。

 その城の外の敵を排除する為にヴィショップが選んだ武器、それこそが『グランロッソ』という一国の保有する武力だった。


「幸運なことに、『グランロッソ』方面の港がある『オートポス』から『リーザ・トランシバ』までの距離は短い。一気に港に乗りつけて、そのまま首都に踏み込める。無論、海上には警備の目はあるが、あれはあくまで秘密裏の出入国を防ぐのに充分な程度しか配備されていない。一国の艦隊で速やかに押し込めば、『オートポス』の防衛艦隊が出揃う前に容易に突破出来る。なんなら、『コルーチェ』の連中を使ってもいい。連中なら、兵士を乗せた船を一隻、怪しまれずに『オートポス』に入港させられる。その船に精鋭部隊を乗せ、そいつ等で港を確保。その隙に本体を上陸させてもいいだろう。どの道、レジスタンスのトランシバ城襲撃で、首都と目の鼻の先にある『オートポス』も混乱する筈だ。首都の制圧はともかく、『スチェイシカ』上陸までは速やかに行える筈…」

「それは分かってる」


 ヴィショップの言葉を、ヴィクトルヴィアが静かな声音で発した言葉が遮った。

 ヴィショップは、彼の要求通り口を動かすのを止め、彼に話の主導権を譲る。


「確かに、君の言うとおりだ。レジスタンスと『グランロッソ』の兵力による同時攻撃。成功の見込みは高くは無いが、決して低くもない。だけど、僕の上司はそれを望んでいないんだ」

「侵略戦争の上に漁夫の利を得る形になって、外面が悪いからか?」


 ヴィショップの問いかけに、ヴィクトルヴィアは素直に首を縦に振る。いくら険悪な関係にあるとはいえ、革命で混乱の真っただ中にある国に電撃的に戦争を仕掛けるのだ。そのようなやり方が批難の的として上がるのは、想像に難くなかった。

 ヴィショップは呆れ混じりの溜め息を吐くと、ヴィクトルヴィアに告げた。


「なら、上司にはこう言っとけ。その理屈も分からくはないが、『グランロッソ』の本格的な介入無しにはレジスタンスは絶対に勝ち得ない。そうなると、近い将来『グランロッソ』は『スチェイシカ』相手と小細工抜きで戦争しなくちゃならなくなる。その時、『スチェイシカ』相手に果たして本当に勝てるのかどうかを、よく考えて見ろ、とな」

「…言い切るね」


 明け透けなヴィショップの物言い対し、ヴィクトルヴィアは苦笑を浮かべた。


「まぁな。それに、こいつは完全に私事だが、スパイ一人送り込んでる癖に、今更やり方がどうのだとかごたごた抜かすな、って感情も無いとはいえない」


 笑みを浮かべて、ヴィショップはそう発した。

 ヴィクトルヴィアの両手が顔の前で組まれる。組んだ両手で口元を隠しながらヴィクトルヴィアは溜め息を吐くと、もう一つ質問を投げかけた。


「一つ、君に聞いておきたいことが出来た」

「何だ?」


 紅茶を喉に流し込んで、ヴィショップが短く返事を返す。


「仮に、本国が協力して勝てたとしよう。その場合、どうなるか君は理解出来ているのかい?」


 真剣な面持ちで、ヴィクトルヴィアが問う。だがヴィショップは、何を当たり前のことを、とでも言いたげな退屈な表情を浮かべて、その質問に答えた。


「まず間違いなく、この国は『グランロッソ』の隷属国になるだろうな。そこからどうなるかは『グランロッソ』の良心次第だが、少なくともレジスタンスが思い描いていた未来が実現できるとしても、時間が掛かることになるだろうよ。下手したら、百年近く植民地同然になるかもな」

「…そこまで分かってて、君は『グランロッソ』に介入するように要求するのか」


 ヴィクトルヴィアがそう問いかけた瞬間、ヴィショップは露骨なまでに失望の念を滲ませた溜め息を吐く。そして薄っぺらい笑みを浮かべて、ヴィクトルヴィアに語りかけた。


「なぁ、ヴィクトルヴィア・ゴーレンス。この世で、最もお近づきになりたくない人種は何か、あんたは知ってるか?」


 ヴィクトルヴィアは答えない。ただじっと黙って、ヴィショップの顔に視線を向けるだけだった。

 だが、ヴィショップはそんなことはお構いなしに、今しがた自分が発した問いの答えをヴィクトルヴィアに告げた。


「それはだな、求められているだけの力が無い癖に、何かに妥協する覚悟も持てない、信条やらプライドを守ることを目的にすり替えちまっている連中だ。てめぇがマスかいたところで誰も助からない、何も成し遂げられないってことに気付かない、大馬鹿野郎と言い換えてもいい。とにかく、そういう連中に出来るのは一つしかない。周りの人間を巻き込んで破滅すること、それだけだ。そういう連中は、単純に人殺しや強姦魔よりタチが悪い。そう、俺は考えてるよ」


 ヴィショップがそう発しても、ヴィクトルヴィアは口を開かなかった。ただ彼に出来たのは、険しい表情を浮かべてヴィショップの視線に抵抗することだけだった。

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