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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
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次なる光明

 強制収容施設の後、再びヴィショップ達とヴィクトルヴィアが顔を合わせることになったのは、四日後のことだった。


「四日ぶりといったところかな。その節は世話になったね。そちらの人は…?」


 いつも通り屋敷の地下に設けられた一室を訪れたヴィショップ達を迎えたヴィクトルヴィアは、ヴィショップの右隣に居る人物を見て、不思議そうな表情を浮かべた。


「アブラム・ヤハドだ。お前が、貴族側の協力者か」

「あぁ、貴方がもう一人の『コルーチェ』からの協力者だね。ヴィクトルヴィア・ゴーレンスだ。この分だと、もう一脚椅子を用意する必要がありそうだね」


 名前を聞いたヴィクトルヴィアは合点がいった表情を浮かべて、ヤハドに手を差し出す。ヤハドはその手を無言で握った。


「それで? ドルメロイの方はどうなんだ?」


 握手を交わすヴィクトルヴィアとヤハドの横を通って椅子に腰掛けたエリザが、さっそく本題へと切り込む。ヴィクトルヴィアは苦笑を浮かべて肩を竦めると、ヴィクトルヴィアが座っていた椅子の横に立つ武人然とした男にもう一脚椅子を持ってくるように告げてから、椅子に腰掛けた。


「取り敢えずは、予想通りといったところかな。案の定城の地下には王族のみが知り得る通路があるようだ。昨日あたりから、その見取り図を描き始めたよ」

「昨日? 書き始めるのに三日かかったのか?」


 エリザの横の椅子に腰を下ろしたヴィショップが意外そうな声を上げる。ヴィクトルヴィアは首を縦に振って肯定すると、うんざりした口調で声を発した。


「まぁ、彼は典型的な選民思考の持ち主らしくてね。王族でもない者には教えられないといって、中々聞かなかったんだ」

「大したジジイだな、おい。自分の立場分かってんのかよ」


 ヴィショップが呆れ混じりの声を上げる。椅子が来るのを待っているヤハドが、何か言いたげな視線を向けていたが、あえて無視した。


「まぁ、彼も歳だからね。そろそろボケが始まってもおかしくはないさ」

「…中々言うな、あんた」

「それ程でも。それより、今回君たちを呼んだのは、面白い情報が入ったからなんだ」


 微笑を浮かべたヴィショップの世辞に返事を返すと、ヴィクトルヴィアは自分の紅茶のカップの横に置いてあった羊皮紙を、ヴィショップ達の方に滑らせた。


「…これは?」


 羊皮紙を手に取ったエリザが、そこに書かれている文面に目を通しつつ訊ねる。

 紐で綴じられた数枚の羊皮紙に書かれていたのは、女性のものと思しき複数の人物的特徴と、いくつかの女性の名前だった。


「国王の不倫相手のリストか何かか?」


 横から顔を覗き込ませて、ヴィショップのその文面に目を通す。ヴィショップが顔を近づけた瞬間、エリザは微かに顔を引いてヴィショップの横顔に視線を向けたが、すぐに羊皮紙へと視線を戻した。そんな彼女の逆サイドでは、椅子を持ってきてもらったヤハドが椅子に腰を降ろしながら羊皮紙の文面を覗き込んでいた。


「まぁ、似たようなものかな。それは、現時点で調べがついた限りでの国王の夜伽の相手と思われる女性のリストだよ」

「夜伽の相手だと?」


 ヴィクトルヴィアの言葉を聞いたヤハドが、訝しげな表情を浮かべる。ヴィクトルヴィアは頷いて、ヤハドの言葉を肯定した。


「その通り」

「で? こんなもん見せてどうしろってんだ? どうせ、相手は商売女だろ? それとも、こいつにそれっぽい格好させて送り込む気か?」


 ヴィショップは羊皮紙から視線を外して、軽口を叩く。


「…そうだな。こんなものが役に立つとは思えないが?」


 一拍の沈黙の後、エリザが静かな口調でヴィクトルヴィアに問いかける。その瞬間、ヴィクトルヴィアの表情が怪訝そうなものへと変わった。

 何故なら、普段…といっても、大した時間を一緒に過ごした訳でもないのだが、ヴィショップが軽口を叩けばエリザはそれに軽口で応えるのが常だった。だというのに、今エリザが発したのは呆れ混じりの軽口ではなく、味気のない淡白な返事だったのだ。そのいつもとは違う態度に、ヴィクトルヴィアは違和感を感じたのだった。


「……ところが、そうでもないんだ。面白いことに、このリストに載っている女性全員、商売女でもなんでもないらしいんだよ」


 だが、ヴィクトルヴィアがその点に追及することはなかった。理由は単純、エリザの隣に座っているヴィショップが、訊かないでくれ、とでも言いたげな視線を向けてきた、ただそれだけである。


「根拠はあるんだろうな」

「もちろん」


 ヴィショップとエリザの間に生じている違和感など欠片も気づいていないヤハドが、ヴィクトルヴィアに問いかける。ヴィクトルヴィアはヴィショップに軽くウインクをしてみせてから、ヤハドの質問に答え始めた。


「そもそもこれを調べ始めた切っ掛けなんだけどね。四日前、商会の最中に面白い話を聞いたからなんだ」

「面白い話?」


 一人で溜め息を吐いているヴィショップに不審そうな視線を向けてから、ヤハドは聞き返す。あぁ、と短く答えてからヴィクトルヴィアはその“面白い話”を話した。


「何でも、国王が夜伽に年端もいかない子供を呼んだらしいんだよ」


 ヴィショップの眉が微かに動き、ヤハドの顔に露骨なまでの動揺が浮かぶ。当然、二人の脳裏に浮かんでいたのはこの国に訪れる前に関わっていた一件だ。

 ヤハドの表情の変化を見たヴィクトルヴィアは、面白そうな表情を浮かべて問いかけた。


「何か思い当たる節が?」

「…いや、何でもない。それより、その話は確かなのか?」

「一応裏は取ったよ。実際に部屋の中で何を行っていたかは確かではないが、深夜に一人の少女が城を訪れていたのは確かなようだよ。流石に世間体を考えたのか部屋に入るのを見られないようにしていたらしく、部屋に入るのを見た人間は居なかったけどね。ただ、少女が訪れた時期は王が夜伽の為に女性を呼びつけている周期とは合致している。高い確率で、国王の部屋に訪れていたと考えていいだろう」


 ヴィクトルヴィアの問いを誤魔化してヤハドは話を先に進めようとし、ヴィクトルヴィアは素直にそれに従う。

 そんな饒舌に喋るヴィクトルヴィアの姿を、ヴィショップは無言で眺めていた。


「国王がそういう性癖の持ち主だという可能性は?」

「それなら、最初から少女ばかりを呼びつける筈さ。だけど、少女の前は二十代の若い女性で、その次は四十代手前の女性だ。明らかにそういった趣味からは外れてる」


 手元の羊皮紙に視線を落としながらエリザが発した問いを、ヴィクトルヴィアは否定した。その隣では、意味が分からないとでも言いたげにヤハドが唸り声を漏らす。ヴィショップはそんな二人を横目で見た後、ヴィクトルヴィアに問いかけた。


「つまり、性癖以外の何らかの法則性をもって夜伽に呼ばれている女性は選別されている、ということだ。それで、呼ばれた人間を特定しようとした訳だ」

「まっ、そういうことだね」


 口元に運んでいた紅茶のカップを置いて、ヴィクトルヴィアは肩を竦めた。


「呼ばれた女性達は、皆質素な馬車に乗って城を訪れ、安い作りのローブを身に纏って顔を隠していたらしい。別に娼婦を抱くことは禁止されているわけではないのだから、娼婦ならそういった真似はしないだろう。国王はまだ未婚だしね。そういった理由から、僕は国王が呼びつけているのは市民層の女性じゃないかと思ってね。目撃情報と、急に羽振りが良くなった住民を照らし合わせて、ある程度絞り込んだわけさ」

「だが、聞けば国王は神導魔法の使い手で、教会とは深い繋がりがあるのだろう? そんな人間が娼婦と関係を持っても大丈夫なのか?」


 ヴィクトルヴィアの話に、ヤハドが質問をぶつける。

 ヤハドの言った通り、『スチェイシカ』の国王であるガロスは自信の神導魔法の才能を使って、教会とのパイプを築いている。そんな人間が娼婦を呼びつけているというのならば少なからず問題になるだろうし、それならば娼婦が素性を隠して城に訪れるのも何らおかしくはない。そうなれば、元々明確に断定されている訳ではないこの話の前転条件がさらに揺らぐこととなる。

 だがヴィクトルヴィアは、ヤハドの問いに特に動揺する素振りも見せずに返事を返した。


「その点なら問題無いよ。現国王が王座に着いて国が教会とパイプを持った時、教会を増やしたりだとか色々したんだけど、その中にいくつかの娼館に教会のお墨付きが出されたんだ」

「神聖娼婦ってやつか」


 ヴィクトルヴィアの説明を聞いたヴィショップが、聞き慣れない単語を呟いた。


「神聖娼婦?」

「神の力を受け渡すために寄進した人間とセックスしたり、契約に基づいて寺院に売春婦として捧げられた人間のことだよ。はっきり言って、古臭いシステムだ」

「…なら、大体合っているな」


 不思議そうな表情を浮かべたエリザに、ヴィショップはその言葉の指すところを説明してやった。

 しかし、エリザが返してきたの先程と同じ様な淡白な返事だけ。軽口を叩くことも、ヴィショップの明け透けの無い物言いに呆れた表情を浮かべることもなかった。


「実際には、労働階級の人間や兵士達を癒し慰める女神からの施しである、みたいな建前だけど、まぁ、彼女の言うとおり大体合ってるよ。現国王の体制下では、この教会のお墨付きがある娼館以外は営業禁止になっていてね。それをダシに、かなり儲けたらしい。何軒か潰れた娼館もあるみたいだけど」

「儲けたのは、教会か? 政府か?」

「どっちもだよ。お墨付きを出すのは教会だけど、候補を決めるのは政府だったからね」


 小さな笑みを浮かべたヴィショップの問いに、ヴィクトルヴィアも笑みを浮かべて返答する。ヴィショップの隣では、ヤハドが下らなそうに唾を吐き捨てていた。


「で、話を元に戻すとしてだ。その絞り込んだ連中の中から、何かそれらしいもんは見つけ出せたのか?」


 カップの中の紅茶を飲み干して、ヴィショップはヴィクトルヴィアに訊ねた。すると、ヴィクトルヴィアは不敵な笑みを浮かべて、武人然とした男の方に右手を差し出した。武人然とした男は懐から筒状に丸められた紙を取り出して、ヴィクトルヴィアの右手に置いた。


「絞り込んだといっても限界があってね。精々三人とか四人に絞り込むまでしか出来なかったんだけど、その候補の中に面白い共通点を見つけたんだ」

「勿体ぶってないで、話したらどうなんだ?」


 紙を丸めていた紐を取り去りながら思わせぶりに話すヴィクトルヴィアを、ヤハドが急かした。ヴィクトルヴィアは苦笑を浮かべると、紙をテーブルの上に広げながら続きを話す。


「今回調べがついた女性五人の内、どの女性の候補にも必ず一人、『スチェイシカ』以外の人間が居たのさ。で、その候補の女性の出身地を繋ぎ合わせると…こうなる訳だ」


 テーブルの上に広げられた紙を三人が覗き込む。

 紙面に描かれていたのは地図だった。しかもそれは、国内の地理を記したものではなく、いくつかの大陸らしきものが描かれた、世界地図と呼ぶのが相応しい代物であった。


「ここが『スチェイシカ』。ここが『グランロッソ』だよ」


 海を挟んで上下に向かい合った大陸の一部を指して、ヴィクトルヴィアが聞き慣れた地名を告げる。

 だが、ヴィショップとヤハドがそれに返事を返すことはなかった。というのも、“元の世界”とは全く形の違う大陸の数々に、目を奪われていたからだ。

 そんな彼等を横目で見たエリザは、小さく溜め息を吐いてから再び視線を地図へと落とした。そして、ヴィクトルヴィアがわざわざ地図を見せている真意を知るべく、紙面に視線を這わせる。すると、エリザの目にあるものが留まった。


「これは?」

「何かあったのか?」


 地図の一部を指差し、エリザはヴィクトルヴィアに問いかけた。その両隣で地図を物珍しげに眺めていた二人も、エリザの声に反応して彼女が指差した所に視線を向ける。


「…何だ、これは? 記号か何かか? それに、地図がところどころ空白だ」


 エリザが指差した場所を見たヤハドが、訝しげな声を上げる。

 エリザが指差した場所は『グランロッソ』から東にいった地点だった。そこはヤハドの言葉通り空白の部分が少なからず有り、、空白ではない部分には『グランロッソ』や『スチェイシカ』と比べると小さな国が密集していた。そしてその一部、エリザが指先を向けた場所には、五つの丸をなぞる様に捩じれた線の様なものが東に向かって伸びていたのだ。


「そこは『レーフ地方』という場所でね。いくつもの小国がひしめいている地域なんだ。国毎に特色がの変化があって、中には女神とは違った信仰を持っていたり、外部との接触を断ったり、戦争中の国もある。そういう理由もあって、まだ全部の国は正確には把握出来ていないんだ。それはともかく、この話で肝心なのはその線なんだ。この線は実は…」

「候補の女達の中で、この国以外の出身者の人間の出身国…だろ?」


 無精髭を擦りながら地図を見ていたヴィショップは、地図に視線を向けたままヴィクトルヴィアの言葉を遮ってそう発した。

 ヴィクトルヴィアの相貌に、露骨な呆れが浮かぶ。それを見たヴィショップが黙って肩を竦めると、溜め息を吐いてからヴィクトルヴィアは話を再開した。


「君の言うとおり、この線は候補者の中で『スチェイシカ』出身じゃない人間の出身地を点で結んだものだ。だけど、それだけじゃないんだ。奇妙なことに、その候補者が城に訪れたと思われる日を書いていくと…こうなるんだ」


 ヴィクトルヴィアは羽ペンを取り出して、五つの丸の下に日付を書いていった。


「…これは」


 全ての日付を記し終わったのを見たエリザが、声音に驚きを滲ませる。何故なら五つの丸の下に記された十五日程度の間隔の日付は、東に行けばいくほど新しくなっいくように規則正しく並んでいたからだ。


「ここの可能性に行き当たった時は、驚いたよ。いくら何でも、これが偶然とは考えにくい。かといって、これを意図的に行ったとしてもその意図が全く分からない。全くもって不可解だ」


 ヴィクトルヴィアは背もたれに背中を預けて、紅茶のカップへと手を伸ばした。

 確かにヴィクトルヴィアの言うとおり、偶然こうなったとは考えにくい。だがかといって、これがある目的に基づいたこととも考えられない。強いて挙げるなら、内情が掴み難い『レーフ地方』の情報収集だが、だとしたらこんな夜伽に呼びつけるのを装ってする必要性は皆無で、それこそ堂々と城に呼びつければいい。それどころか『レーフ地方』、そして『グランロッソ』の属する大陸は横に膨らんだ構造をしており、遠回りすれば『グランロッソ』を避けて『レーフ地方』に入ることは容易い。直接人員を派遣するといったやり方も可能なのだ。

 それだからこそ、地図に浮かび上がったこの歪な線の存在は不可解だった、偶然にしては出来過ぎている。だが、意味があるかどうかすら疑わしい。もはや、不気味にすら思えてくる程であった。


「で? 俺達は何をすればいいんだ?」


 部屋を支配する思考の沈黙を破って、ヴィショップが声を上げる。


「ドルメロイの確保によって、城内へ踏み込む準備は整った。だけど、まだガロス自身への対策が何も出来ていない。…彼は、当代では最強に近い実力の神導魔法の使い手だ。何の対策も無しに向かっていけば、皆殺しにされかねない」

「随分と評価するな。どんなに強くても、所詮は個人だろう? そもそも、こちらはどれだけの戦力を用意出来るんだ?」


 真剣な面持ちで話すヴィクトルヴィアに、ヤハドは訝しげな表情を浮かべて質問した。


「はっきりと決めつけることは出来ないが、市民区の人間の少なくとも三割は戦闘に参加する予定だ。その他にはこちらでも援軍を送るつもりだけど、まぁ、百人集まればいい方かな」

「民衆の三割に、プラス百人か。数は心もとないが、それでもそれなりの数にはなるだろう。本当にそれを皆殺しに出来るような力を、国王とやらは持ってるのか? 神導魔法は、直接相手を傷つける類いのものは少ないんだろ?」


 ヴィショップの質問に、ヴィクトルヴィアは首を縦に振って返事を返す。


「確かに、神導魔法には直接相手を傷つけるような類いのものは少ない。でも問題なのは、その数少ない直接攻撃の魔法の大半が、五段階の魔導書のランクの内四段階以上に集中しているという点なんだ」

「…一体、どんな魔法があるんだ?」

「残念ながら、それは僕も知らない。ただ、広範囲の人間に対して幻覚のようなものを見せる魔法なら見たことがある。それこそ戦場一つ丸ごと射程範囲に入れるようなのを、まだ地方の部族と内戦をやっていた頃にね」


 地方の部族という言葉を聞いたエリザの眉が、微かに動いた。ヴィショップはそれを横目で捉えていたが、特に何も言わないまま、質問を続けた。


「そいつを使ってくる可能性は?」

「使ってくるとしても、かなり追い込まれた状況で、だね。僕がその魔法を見た時は自国の軍を撤退させていたし、敵味方巻き込むタイプのものなんだろう」

「だが、仲間を巻き込む覚悟でのちゃぶ台返しは有り得る、って訳か」

「そういうこと。それに、これ以外にも強力な魔法を使える筈だしね。どの道、ガロスを抑え込めるカードは持っておきたい。そして…」


 ヴィクトルヴィアは、地図に描かれた歪な曲線を指でとんとんと叩いた。


「僕は、その鍵はここにあると思ってる。だから、僕はこの奇妙な符合に隠された真意を知りたいんだ」

「……で、どこの出身者を探せばいいんだ?」


 その言葉で、ヴィショップはヴィクトルヴィアが自分達に何を求めているのかを理解した。

 ヴィショップからその一言を受けたヴィクトルヴィアの口角が吊り上げられる。ヴィクトルヴィアは満足げな笑みを浮かべて、ヴィショップに告げた。


「この線が次に進むとしたら、ここだ。『ノルスタバルスク』。今線が止まっている国で、線が向かっている方向に隣接する唯一の国だ。『スチェイシカ』と交易のある『サジタバルスク』と関係が悪化していることもあって、交易は殆ど無く、少なくとも戸籍上では『スチェイシカ』にはそこの出身者は居ないことになっている」

「居ないのか? じゃあ、どうやって引っ張ってこいというんだ。直接その国に乗り込めとでも?」


 ヴィクトルヴィアの返事を聞いたヤハドが、困った声音でヴィクトルヴィアに問いかける。だが、それに答えたのはヴィクトルヴィアではなく、エリザだった。


「密入国者だな」

「何?」

「その通り」


 エリザが呟く様にして漏らした言葉を、ヴィクトルヴィアが頷いて肯定した。


「『サジタバルスク』と『ノルスタバルスク』は共に砂漠にある国で主要な生産物もあまりなく、市民の生活は困窮している。その為、『スチェイシカ』に密入国しようとする人間は少なくないんだ。もっとも、『ノルスタバルスク』とは直接の交易が無いから、数は『サジタバルスク』に比べて圧倒的に少ないけどね。兎にも角にも、密入国を扱っている人間を当たってみる必要があるだろうね。今この国で密入国をやっている人間はかなり限られるから、総当たりでも何ら問題は無いだろうし」

「ふむ。まぁ、出身者が居るかどうかの問題についてはいいとしよう。それで、もし見つけ出せたとしてもどうすればいい?」

「もしそういった誘いが来たら、受け入れて後にその何が起こったかを話してくれるように説得してくれ。金に糸目は付けなくていい」


 分かった、とだけ言ってヤハドは首を縦に振る。

 すると今度は隣に座っているエリザが、ヴィクトルヴィアに質問をぶつけた。


「だが、こちらが目を付けた女性が必ず唾を付けられると決まった訳ではないだろう。それに、既に接触があった場合に関してはどうすれば?」

「こちらでも色々と手を打ってはみるが、最終的には君達に任せることになりそうだ。説得の時に、その女性に目を付けられやすいように振る舞ってくれと頼むなり、自分達の他に似たようなことを訊いてくる人間がいたら、こちらが目を付けている出身者を紹介するように情報提供者に頼むなりでね。既に接触されていた場合に関しては、向こう以上の報酬をちらつかせて寝返ってもらうしかないだろうね。ただ…」


 ヴィクトルヴィアはそこで一旦言葉を切る。そして両手を顔の前で組んでから、続きを話す。


「これはそもそもが確定性の無い推論に基づいた、成功の見込みの低い作戦だ。こちらの情報源は、現国王の政策によってかなりの数が駆逐された犯罪者の内、まだ生き残っている犯罪者の中の、密入国を扱う人間という限定的なもののみ。対して向こうは、牢獄にぶち込んだ犯罪者から聞き出すという手もある。『ノルスタバルスク』出身の人間だって本当に居るかは分からない。居たとしても、エリザの言うとおり国王がその女性を選ぶとは限らないし、既に接触されている上に懐柔出来ないかもしれない。だから、どちらかと言えば初めから無駄骨を折るつもりで臨んで欲しい」


 ヴィクトルヴィアは三人の顔を見つめながら、はっきりとそう言ってのけた。

 その言葉を受けたエリザとヤハドの相貌に、驚いたような表情が浮かぶ。この作戦の成功率などあってないようなものだというのは、二人とも理解していた。だがここまではっきりと、成功するとは思うな、と言われるとは思っていなかったのだ。

 だが、二人が呆気に取られた表情を浮かべる中、ヴィショップだけは別だった。顎に生えた無精髭を無言だ擦りながら、ただただじっと地図を眺めている。だが、彼の意識が地図になど向けられていないのは、ヴィクトルヴィアには一目で理解出来た。


「で? 期限は?」


 地図に目を向けたまま、ヴィショップが問いかける。


「はっきりとは分からないが、今まで通りのペースを守るとするなら五日ぐらいだろうね。それを超えたら、もう手遅れだと考えた方がいだろう」

「……分かった。それで? 他に何か話しておくことは?」


 少し間を空けてから、ヴィショップが訊ねる。ヴィクトルヴィアが首を横に振って答えると、ヴィショップは無精髭を擦るのを止め、横に座っている二人を交互に横目で見てから、口を動かした。


「悪いが、二人とも席を外してくれ」

「な、何?」


 ヴィショップの発した言葉に、ヤハドの顔に戸惑った表情が浮かぶ。そして何を考えているのかを問いただそうとするが、それは横から伸びてきた手によって止められた。


「お、お前…」

「長くなるか?」


 振り返ったヤハドの言葉を無視して、彼の肩を掴んでいる張本人であるエリザは、ヴィショップに訊ねる。


「少しな」

「…分かった」


 ヴィショップが返事を返すと、エリザはヤハドの肩から手を放して立ち上がり、入ってきた扉に向かって歩いていく。ヤハドは、遠ざかっていくエリザの背中とヴィショップを交互に見比べた後、名残惜しそうに「後で説明してもらうからな」とだけ言い残してエリザの後を追った。


「良かったのかい? 彼、納得いってなさそうだったけど」

「最初はあいつも同席して、エリザだけ返させるつもりだったんだが…話が変わった、それだけのことだ。後で説明すれば大丈夫だろ」


 部屋を後にしようとするヤハドの背中を目で追いながら、ヴィクトルヴィアはヴィショップい問いかけた。それに対して返ってきたのは、どこか投げやりな返事だった。


「にしても、エリザはエリザで嫌に素直に君の言うことを聞いたね。何かあったのかい?」


 苦笑を浮かべて、ヴィクトルヴィアが訊ねる。


「何、少し飲んだだけさ。昔話をつまみにな」

「そうかい。何にしろ、協調性が深められたようで何よりだよ」

「それはともかく、あんたに訊きたいことがある。結構プライベートに突っ込む話題なんだが、構わないか?」


 微笑を浮かべながらヴィクトルヴィアは、構わないよと言って返事を返す。


「ならよかった。あんたの、身分について教えて欲しいんだ」

「特に改まって話すことはないと思うけどな。エリザが言っていたと思うけど、僕は貴族…」

「いやいや、そうじゃないんだ」


 不思議そうな表情を浮かべるヴィクトルヴィアの言葉を手で遮ると、ヴィショップは微笑を浮かべて、改めて問いかけた。


「あんたの“本国”での身分だよ、『グランロッソ』のスパイさん?」

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